第1章 ロンドン塔の三悪人①……霧隠才蔵

 爆死した!

 いや、別にガチャではない・・・・・・。

 現代日本において、爆殺される機会などまずないだろうが、だけどその”まず”が起きた。

 テロリストが暴れて自爆。そんで俺は好きなあの子を庇って爆発四散。

 世の中物騒になったもんだ。

 まあ、悪くない死に方だが、未練が無いわけじゃない。

 もし叶うなら、もう一度生き返りたい。

 そして泣きはらしたあの子の涙を拭いたい。

 そんな事を思っていると、本当に生き返った。

 いや、生まれ変わった!

 そして天を呪った。

 誰だよ、俺を忍者に生まれ変わらせたアホは、と・・・・・・。


「目ぇ~覚めたかぁ、才蔵ぉ~。もう夕方、時間だぞぉ~!」


 間の抜けた、妙に語尾のイントネーションが高い声で呼ばれた。

 そう、この世界での俺の名は霧隠才蔵。気が付けば忍びに生まれ変わっていた。

 年の頃は十七か十八。忍者らしい黒い忍び装束に黒の覆面。中肉中背、あまり特徴のない顔に鍛え抜かれた肉体。それにどういう訳か、子供の頃から忍びの修行をした記憶と経験が脳みその中に詰まっていた。

 その状態から開始してはや一年。俺は戦国武将真田幸村の、そして武田信玄の配下として様々な忍び働きをこなしていた。


「なんだぁ?寝ぼけてるのか才蔵ぉ~」


 そしてさっきからうるさいのは俺の相棒。忍者にあるまじき真っ赤な忍び装束にキラリと光る金の鉢金。


「起きてるよ。佐助」


 猿飛佐助。たぶんこいつも俺と同じ転生人だ。この同年代で痩身痩躯の猿面男は、俺を真田忍軍に陥れた張本人だ。おかげで今までえらい目に遭って来た。いつか仕返しする予定だ。

 ちなみに何故たぶんと言ったかというと、どうも転人者は自分の前世を喋れないのだ。もちろん書くのも駄目。その他、いくつかこの世界の世界観を壊す事柄に関して制約があるようだ。理由は分からない。

 未来人の俺は、色々歴史上の知識を持っているにも関わらず、今までそれを生かすことも出来ずにむず痒い思いをしてきた。

 まあ代わりといっては何だが、ありもしない筈の忍びの業と剣の才を与えられて、それで何とかやって来れた。


「二人とも準備しやがれ。そろそろ出番だぞ」


 もう一人の、灰色の外套を羽織った男が声をかけてきた。俺たちより年齢はやや上。ハードボイルドを気取って帽子で顔を隠したこの髭野郎の名は、筧十蔵。

 鉄砲のプロフェッショナルだ。


「ほいよ。始まったのかい、胸くそ裁判」


 佐助が下を覗き込んだ。

 今、俺たちは塔の上にいる。ロンドン塔だ。

 いや、言いたいことは分るが至って真面目である。

 俺たちは今イギリス、正確にいうとブリテン王国に来ている。

 確かに俺が一年前に転生した先は戦国時代の日本で、その時点でヨーロッパとは縁もゆかりも無かった筈だ。

 それが一月前、武田領にある諏訪湖が突然霧に覆われ、不気味な光を発するようになってから一変した。

 調査に出た俺たち真田忍軍は、その霧の先が見たこともない異世界が広がっていることを発見したのだ。

 更に調査を続けた結果、程なくその地がブリテン島中西部にある湖畔地方のバダミア湖だという事が分った。

 そこから信玄公の動きは早かった。地形、政情、生産力、軍事力その他、必要な情報を調べ上げ、瞬く間に侵略の準備を始めた。

 そして方針を決めた信玄公から、俺たち三人に与えられた指令は……。


「あの騎士を救い出せってか?」


 眼下の中庭で始まった魔女裁判、その法廷にかけられた小柄な騎士を拐かす事だった。


「しかしやる気になんねえなあ~。魔女裁判ってんだからこう、ムチムチの美女とか裁けよ。何が悲しくて野郎なんぞ助けなきゃいかん?」


「魔女裁判といっても結局は財産目当てのただの異端狩りだ。男も普通に裁くし、女も大抵身寄りのない婆さんだ。ただ、あれは……」


 刑場の騎士を指して十蔵に目配せした。この中で一番目が良いのはこの髭面の狙撃手だ。


「ああ、ありゃあ女だな」


「なぬ!?」


 身を乗り出して猿男が確認する。たぶんこいつは頭より先に股間から生まれて来たはずだ。


「あ~らホント。喉仏ねえや」


 年の頃は一四か十五。その騎士は少年なら声変わりと共に出てくる筈の喉仏が無かった。


「どうする?女だとしたら御舘様の策に支障が出ないか?」


「表向きは男だし、問題は無いだろう。それに……」


 ちらりと佐助を見る。


「ああ、ありゃ~……」


 そそくさと降下準備をしながら佐助が言った。


「滅っ茶苦茶!カワイイぞ!」


 ニヤリと笑う。


「まあ、賛成だな」


 俺は苦笑いしつつスラリと刀を抜いた。

 切先両刃造。切先から刀身半ばまで両刃となった珍しい作りの、さらに黒く塗られた刀が微かな妖気を放つ。


「そんじゃまっ!騎士モードレッド誘拐作戦!」


 俺と佐助がそれぞれ窓の縁に手足を掛けた。


「開始!!」


 ロンドン塔の最上階から、二匹の忍びが翔んだ。


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