第18話 無残に押しつぶされる希望

  ユウタはフワリに手を引かれながら、トラックが突き刺さった高機動車の脇を通ってゲートを通過した。


  街に人影はない。皆近くの地下シェルターに逃げ込んだのだろう。


  道路の両脇には、エレカが綺麗に一列に整列している。


 AI操作の無人パトカーがサイレンを鳴らしながら、地下シェルターへの避難を促しながら、人気のない街を走っていた。


  下を見ると、拾う時間も惜しかったのか、カバンや携帯端末オーパスに靴等が乱痴気騒ぎの後のように散乱している。


  その中でユウタの目を引いたのが、上半身と下半身が二つに割れたガーディマンのソフビ人形だった。


 ヒーローが、スティール・オブ・ジャスティスがいれば……あんな奴!


  後方からは、何度目か分からない激しい爆発音が轟く。


  ユウタが後ろを確認しようとすると、その度に、左手を強く引っ張られた。


「ユーくん。早く」


「ごめんフワリ姉」


  後方で起こる激しい衝突音や爆発音が気になって何度も振り向こうとした。


  けれど前を歩くフワリは違う。


  耳をつんざく爆音が聞こえていないかのように、ずっと前を向いたまま歩き続ける。


  すると、近くのビルに向かって入り口の前で立ち止まる。


 しかし、数秒待っても自動ドアは入る事を拒否するように開いてはくれない。


  非常事態が発令され、防犯の為、建物の入り口も窓も全てオートロックされているからだ。


  フワリも、その事を分かっているはずなのに、ガラスの入り口を左手で押したり引いたりを繰り返す。


  ユウタは子供のように手を引かれながら、フワリにここから離れる事を促す。


「ねえ。ここにいたら危ないよ。早く逃げないと」


「ビルのエレベーターから地下シェルターに降りた方が早いよ」


「そうだけど……」


  ユウタの説得に耳を貸さず、フワリは開いているビルの入り口を探し続けた。


 五箇所目の入り口も開かず、六箇所目に向かっていた時、ユウタは掴まれている右手が湿ってきた事に気付いた。


  それはフワリの手汗だった。


  見ると、前を進むフワリの身体が小刻みに震えている。


「フワリ姉。震えているけど具合悪いんじゃ……フワリ姉?」


  道路を横断し反対側のビルに向かっていた時、足下に赤いスタンプが点々と押されている事に気付いた。


  フワリが歩くたびに足の形をした真っ赤なスタンプが押されていく。


「フワリ姉! 血が凄い出てる! どこかで休んだほうがいいよ!」


  ユウタは、フワリが必死になって付近のビルの入り口を探す本当の意味を知った。


「フワリは大丈夫。そんなことより早く避難しないと、ここにいたら死ん……じゃう」


  フワリは歩道の真ん中で、横向けに倒れてしまい、二人の手が離れる。


  ユウタは屈みこんで、痛みに耐えるように眉間にしわを寄せるフワリの様子をみる。


  足の裏には何個もの傷口が開き、今も血を吐き出し続けている。


  見ているユウタの痛覚が錯覚を起こすほど、酷く裂けていた。


「こんな、……どうしようどうしよう」


  ユウタは学校で教わった応急処置のやり方など覚えてないので何もできない。

 

 だからといって、周りを見渡しても助けてくれそうな人はいない。


 そんな時フワリの手が伸びてユウタの肩に触れる


「ユーくん。早く逃げて……フワリの――」


「置いていかないよ!」


  ユウタはフワリを起き上がらせようとするが、自分の筋肉のなさを痛感するだけだった。


 脂汗を浮かべながらも、ユウタの事を心配するフワリ。


「……いいから早く逃げて……」


  そんな彼女を見ていて、自分の情けなさを痛感するばかりだ。


「大丈夫だからね。一緒に逃げれるから!」


  ユウタが再び起き上がらせようと試みると、


「どうしました?」


  無機質な男性に声を掛けられた。


  正体はヒューマノイドのOF-60だ。ユウタ達の姿を見つけ、こちらに近寄ってくる。


「助けてください! フワリ姉が足に酷い怪我して、動けないんです!」


「怪我人ですね? 分かりました。今119番に連絡します。暫くお待ち――」


  OF-60が立ち止まった直後、まるで狙っていたかのように、真上から降って来た車に潰された。


 希望は無残に押しつぶされてしまった。

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