第16話 幼馴染を探す

 車から降りたユウタは、後ろから呼び止める声を振り切るように全速力で走る。


  左手側に海が見える中、足を動かし続ける。


  直ぐに息が切れ、何度も立ち止まりそうになりながらも、セフニャーショーが行われた場所まで急ぐ。


  シルバーバックから逃げる為、河が氾濫したかのように出口に殺到する人が迫ってきた。


  ユウタは、最初は人数が少なかったので、なんとか避けながら進んでいたが、どんどん人の波は大きくなり、壁際に避難するしかなかった。


  壁にくっつくように歩くも、前から来る人は多く、何度もぶつかって中々進めない。


「フワリ姉、フワリ姉!」


  呼びかけてみても反応はない。そもそもユウタの声は逃げる人々の悲鳴と足音とサイレンでかき消されてしまっていた。


「フワリ姉、どこにいるのー! フワリ――わあっ!」

 

  突然、後ろから何かが地面に突き刺さる音と、押し寄せた土煙に吹き飛ばされた。


  見ると、今自分が通ってきたところに、荷物を詰めるコンテナが縦に突き刺さっている。


  シルバーバックが両手でコンテナを掴み、逃げ惑う人々に向かって投げつけていたのだ。


  ユウタはコンテナが突き刺さったところが、赤く染まっていくのを見て、小さな悲鳴をあげて尻餅をついた。


「ひぃ」


  その正体を想像しただけで、腰が抜ける。


 意識を手放したかったが、フワリのところに行く為に何とか繫ぎ止める。


  ユウタは両手両足を使ってまるで虫のような動きでその場を離れた。




「フワリ姉、フワリ姉どこにいるの? お願いだから答えてよぅ。フワリ姉!」


  積もった瓦礫と、車の上で踊るように燃える火災を避けながら、フワリがいた場所に到着した。


「ああ、そんな……」


 ユウタは身体が重くなったような感覚に襲われる。


 ショーが行われていたであろう会場は跡形も無くなっていたからだ。


  シルバーバックに投げ飛ばされたのか、展示されていたE-ペッカーが会場を押しつぶし、煙を吹いている。


  瓦礫や倒れている人を踏まないように気をつけながら、幼馴染の姿を探す。


「これ……」


  拾い上げたのは、猫の顔を模したショルダーバックだ。


  肩紐がちぎれたそれはフワリが持っていたものとよく似ていた。


  ユウタは、バッグを抱いて、その場で卵のように蹲ってしまう。

 

  全身から力が抜けていくような感覚を味わっていた時、爆発音と悲鳴の隙間に微かな声が混じって聞こえてきた。


「……くん。ユー……」


  どんな嫌な事があっても心を癒してくれる優しい声。


「えっ、フワリ姉?」


  辺りを見回すも、煙と土埃で視界が悪い。


「ユー……いるの? ユーく……」


  それでも自分の名前を呼ばれている事が分かった。


「フワリ姉? フワリ姉なんだよね! どこにいるの。僕はここにいるよ!」


  土埃が晴れて来ると、こちらに近づいて来る人の姿が次第に見えてくる。


  黒のハイソックスにスカート。


 白のセーターに包まれた右手を頭の上で振りながら、ピンクのショートボブの女性が土埃の中から現れた。


「ユーくん。無事だったのね!」


  生きているフワリの姿を目にして、ユウタの視界が涙で滲む。


「フ、フワリ姉? 生きてる? 幽霊じゃない、よね?」


 ユウタは滲んだ視界を元に戻す為に目をこする。

 

  その間に近づいてきたフワリが、自分の体温を伝えるようにユウタを抱きしめた。


  温かさと柔らかさがユウタの全身に伝わってくる。


 目の前にいる幼馴染が生きている事を実感して、身体の芯が温かくなっていくのを感じた。


「フワリは生きてるの。幽霊じゃないよユーくん」


「うん、うん。フワリ姉が使ってたショルダーバックがあったから、本当に死んじゃったかと思って、でもどうやって助かったの?」


「セフニャーが助けてくれたの」


「セフニャーって、ショーやってたセフニャー?」


  頷くフワリの顔は、決して冗談を言っているようには見えない。


「そう。気づいたらセフニャーにおんぶされてて、ゲートまで連れてってくれたの」


  フワリをゲートまで連れて言った後、セフニャーは、何も言わずに会場に戻ったらしい。


「多分。他の人達を助けに行ったんだと思うな」


「でも、何でここにいるの?」


「ユーくんを探しに来たんだよ」


「僕を?」


  フワリは大きく頷いた。


「連絡取ろうとしたけど、携帯端末オーパスはどこかに無くしちゃったから、どうにもならなくて……そんな時車から飛び出す人影がユーくんに似てたから追いかけて来たの」


  そっか、あのゲートの集団の中にフワリ姉がいたんだ。


「さあユーくん早く逃げよう……痛っ」


  立ち上がったフワリが、突然顔をしかめて足を抑える。


「フワリ姉。足から血が……」


  どこかで無くしたのか靴を履いておらず、落ちていた破片で切ったのか、足の裏が切れて黒のソックスが真っ赤に染まっていた。


「大丈夫。大した傷じゃないよ」


  フワリは立ち上がるが、その苦虫を噛み潰したような表情は、ユウタの目からも痛みを堪えているのは明らかだった。


「さあ逃げようユーくん。こんなところにいたら死んじゃうよ」


  もう一度立ち上がったフワリはユウタに右手を差し伸べる。


  足の裏を怪我して立っているのも辛そうなのに、そんな素振りを見せずに微笑んでいた。


「うん」


  ユウタはフワリの手を掴んで立ち上がる。


  こういう時に助けてもらってばかりの自分をぶん殴りたくなるが、今は二人で一緒に逃げ出すことに集中する。


  痛みを抑えて立ち上がったフワリと共に、歩き出そうとした直後、後方から腹の底に響く爆発音と硬いものがぶつかり合う音が聞こえてきて、思わず振り向く。

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