第13話 新兵器お披露目

  「すいません……あの、すいません通ります」


  新兵器お披露目会の会場は港にある地下ドックの真上だった。


 昼食を食べフワリと別れたユウタが着いた頃には、すでにたくさんの人が集まっていて、見えるところまで人の波をかき分けていくのも大変だった。


 よく見ると子供連れの家族の姿が多い。


 男の子が多いから、巨大ロボットの噂を信じて両親に見たいってせがんだのかな?


  どうやら『巨大ロボット』というフレーズは、何歳になっても男子を引きつける力があるらしい。


  子供を肩車している父親らしき男性の目も輝いているように見えた。


  全長五百メートルのタンカーも余裕で入る大きさの地下ドックから、地上につながる両開きのゲートに集まった人々の視線が集まっている。


 その前には、今日のイベントの為にステージ会場が作られていた。


  ステージの足元にはテレビ局の関係者が所狭しと並び、カメラマンが一挙手一投足逃すまいとカメラを構える。


 空から空気を叩くような音がして見上げると、報道関係のヘリが飛んでいた。


  会場の左右にはスーツを着たいかにもお金持ちといった雰囲気の男性や、勲章が沢山ついた軍服が似合わない恰幅の良すぎる軍人がパイプ椅子に座っている。


  彼等の背後で、サングラス越しに周囲に指すような視線を送るのはボディガードかもしれない。


  進行役だろう一人の女性がステージに上がると、マイクを介して、よく通る声で観客の耳に言葉を送った。


「それでは、お時間になりましたので、これより防衛軍新兵器お披露目会を始めさせて頂きます」


  ユウタを含め、集まった人々が雑談をやめて女性の言葉に注目する。


  まず始まったのが、椅子に座った人々の紹介だ。


 スーツを着た人物は政治家で、軍服を着用した人物は、当たり前だが軍関係者だった。


  彼らは紹介されると、今回の新兵器のお披露目に立ち会えてとても光栄とか等々を話す。


  だが、ユウタとそこに集まった大勢の観客の気持ちは一致していた。


  いいから早く終わって。


「……ありがとうございました。それでは次に新兵器開発チームの方々をお呼びしましょう」


 携帯端末オーパスの液晶を見ると、たった五人の紹介で、始まって三十分も経っていた。


  つまらない話を聞いたのがいけなかったのか、また電池残量が少なくなっている。


  開発チームの人にも話聞くよね。何人くらい出てくるんだろう? 長いのかな? 取り敢えず新兵器の姿を先に見せて欲しいんだけどなー。


  そんな飽き飽きした空気が観客達――特に子供――から漂う中、地下ドックに通じる小さなゲートが開く。


  現れたのは、シワだらけの白衣を着た男性で、そのままステージに登っていく。


  ん? 何の匂い?


  潮風が運んできた肉が焦げたような匂いにユウタは鼻をしかめる。


 それを確かめる前に、両開きのゲートが音を立ててゆっくりと開き始めたので、興味はそちらに移ってしまった。


  観客を焦らすように、ゲートがゆっくりと開いていく。


  半分ほど開いたところで下から黒い布に覆われた物がせり上がってきた。


  布に覆われ正体は分からないが、十三階建てのビルのように大きい。


  まるで小さな山が目の前に現れたような迫力に、観客は見上げるような格好になった。


  大きいな。本当にロボットなのかも。


  進行役の女性の声が観客の注目を集める。


  彼女の隣に立つ白衣を着て、紺のスラックスに革靴の男性を紹介していく。


「私の隣にいらっしゃるのが、開発チーム主任、反復讐吾ハンプクシュウゴ博士です」


  紹介されたても無反応なシュウゴは、生まれてこのかた日焼けしたことなさそうな生白い肌の持ち主だ。


  オールバックの黒髪は整髪剤をつけすぎたのかテカテカで、頰がこけた顔は生気を感じない。


 しかし、今にも倒れてしまいそうな頼りない雰囲気からは想像できないほど背筋はまっすぐ伸びている。


  シュウゴは右手を白衣のポケットに突っ込んだまま、人数を確認するように周りを一度見渡す。


  読んでも反応がないからか、女性がもう一度呼びかける。


「あの、シュウゴ博士?」


  シュウゴは沢山の人を前にして緊張しているのか、マイクを使っても聞き取りにくい小さな声で応える。


「ああすいません。ここ連日はとても忙しくて」


「お疲れのところ申し訳ありません。今回の新兵器の事をお聞きしたいのですがよろしいですか?」


「ええ構いませんよ。他のメンバーは最終調整の作業があるので来れませんが、そのかわり私が答えられる事は答えていきますので」


「よろしくお願いします。まずは皆さんも新兵器の勇姿を見たいと思うので、布を取ってもらってもよろしいでしょうか」


「ええ」


「それでは皆さん。これより新兵器を披露いたしますので、ご注目ください。博士お願いします」


  シュウゴは右腕を白衣のポケットに突っ込んだまま、左腕の腕時計を口元に持っていく。


「これが、我々が開発した新たな兵器EC- 2070シルバーバックです」


  その言葉を合図に、山のような新兵器を覆っていた布のフックが解除され後方に巻き取られる。


 会場からどよめきが上がった。


  現れたのは、黒い装甲に覆われた人型巨大兵器だったからだ。


  本当にロボットだったんだ。でも……。


  スティール・オブ・ジャスティスを参考にして作られたと聞いていたが、ユウタが想像していたものとは違った。


  二本の長い腕に、二本の足で膝を立てて座っている姿勢から、人型のロボットかと思いきや、一番重要な頭部がない。


  両肘と両膝からは装甲に覆われたケーブルのようなものが繋がれていて、それが背中に向かって伸びている。

 

  分厚い胸部には大きな赤い球体があるのだが、まるで感情のない一つ目のお化けのようだ。


 ユウタは何となく嫌な気持ちを覚え、始まる前までの高揚していた気持ちは背中に氷を入れられたかのように冷めてしまった。


シュウゴはどよめきが収まるのを待ってから、腕時計に話しかける。


「……シルバーバック起動」


  シュウゴの命令を受けて、シルバーバックが立ち上がる。


  足よりも長い両腕で上半身を支えた前傾姿勢は、名前の通りゴリラのようだ。


  シルバーバックは主人の命令を待つ忠犬のように微動だにせず、胸部のビー玉を巨大化させたような赤い球体で観客を見つめているようだった。


  しかし、当の観客達はもちろん、政治家も軍関係者も不振には思わず、起動したシルバーバック逞しい姿を見て拍手を送る。


  進行役の女性はその威圧感に押しつぶされそうなのか、口調がぎこちない。


「シ、シュウゴ博士。シルバーバックの紹介をお願いします」


  シュウゴは頷き、観客にもよく聞こえるようにマイクに近づく。


「このシルバーバックは十八年前に数々の怪獣を駆除し、今は消息不明のスティール・オブ・ジャスティスの実戦データを参考にして作られた対怪獣兵器です」


「あの伝説のヒーローを参考にした割には、だいぶフォルムが違うようですが……」


進行役の女性が見上げながら訪ねた。


「それは当たり前だ!」


  言葉が癇に障ったのかシュウゴは今にも殴りかかりそうだ。


「私はスティール・オブ・ジャスティスを作ったのではない。それを超える存在としてシルバーバックを作った。この装甲はレールガンやプラズマミサイルは勿論、あのメカキョウボラスの自爆にも耐えられる」


  唾を飛ばさん勢いで喋り、進行役の女性が口を挟む隙間を作らせない。


ユウタを含めた観客達も、先程とは違う狂気の熱を帯びた雰囲気に呑まれていた。


「シルバーバックには遠距離の武装はありません。それは何故か。厚い装甲と機動力を両立させる為です。内部にも外部にも武装を取り付ける事は装甲に継ぎ目を作り、どうしても重くなって動きも鈍りますので」


  そこまで一気に話すと、シルバーバックの大きなクレーン車のような手を指差した。


「あの手をご覧ください。殴るのは勿論、クローを展開ひ、対象を潰したり引きちぎったりすることも容易にこなせます。そしてシルバーバックの名の通り、ゴリラの動きをトレースさせました。これにより効率よく両腕の力を生かすことができます」


  見た目からは想像できない饒舌さに誰もが言葉を失い静まり返る。


  その状況を見渡してシュウゴがポツリと漏らす。


「因みにゴリラの性格は組み込んでません。温厚な性格は戦いには邪魔なので……今のはジョークです」


  いきなりそんな事を言われて、笑う者などいなかった。


  その中で、進行役の女性が台本どおりの進行をこなそうとする。


「博士一つ聞いてもよろしいですか」


  シュウゴは「どうぞ」と言いたげに隣に立つ女性に目を向けた。


「EC- 2070のECとは何の略なのでしょうか。噂だとEnemyエネミー-Counterカウンター。つまり侵略者を迎え撃つと言う意味では……」


  進行役の女性の言葉を遮ってシュウゴは口を大きく開けて笑い出した。


「アハハハハ! エネミーカウンター? 侵略者を迎え撃つ? 傑作だ。そんな発想は浮かんでこなかった。面白い面白いなぁ。ククク……」


  なんか変だぞ。あの人。


  ユウタは言い知れない不安で、写真を撮ることも忘れてシュウゴの話を聞いていた。


  早くここから離れたほうがいいと脳は指令を出すが、身体は言う事を聞かず、シュウゴから目が離せない。


「いいでしょう。ECの本当の意味を教えてあげます。よく聞いてください」


  シュウゴの観客を見る目は自分より下等な種族、まるで虫でも見るようだった。


「ECはEarthアース-Conquestコンクエストの略だ」


「つ、つまり……?」


  シュウゴは、改めて聞いて来た進行役の女性を蔑むような目つきで睨む。


「地・球・征・服だ。こう言えば分かるか。バカ女」


  シュウゴはずっとポケットに入れていた右腕を何の前触れもなく引き出した。


  手に持っていたのは、先端が青く輝くメタリックシルバーの万年筆のような銃だった。


  それを進行役の女性の眉間に突きつけながらシュウゴが衝撃的な発表をする。


「お前らは一人残らず死ぬんだよ。このシルバーバックに殴り殺されるんだ」


 人々の不安が形になったように、真っ黒な雲が晴れわたった午後の空を覆っていく。

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