第12話 別行動

「あっインゲニウムさんだ」


  メールを送って来たのは、ユウタがフォローしているインゲニウムからだった。


  因みにイサムとはユウタのアカウント名である。


  『こんにちは。僕は今、防衛軍のイベントに来てます』


  返信すると、まるで用意されていたかのように、直ぐに返事が返って来た


『東京港でやってるやつか。やっぱりイサムもあれが気になって見に来たのか?』


『そうです。今日は防衛軍の新兵器の発表会があるから、これは見なきゃな! と思って』


『そうか。おれさまはネットで見てるよ。色々忙しいからな』


『忙しい?また新作作ってるんですね』


  インゲニウムは世界中のヒーローのフィギュアを自作しそれを投稿している。


  投稿したヒーローのフィギュアのあまりの完成度に一夜にして有名になり、今やフォロワーは百万人もいる超人気アカウントだ。


  ユウタも、インゲニウムが製作したガーディマンに感激を受け、いてもたってもいられず直ぐに感想のメールを送った。


  それが気に入られたらしく、インゲニウムが唯一フォローしているのがイサムことユウタであった。


 インゲニウムには、毎日のように世界中から製作のオファーが来るらしいが、その全てを断っている。


 以前、ユウタはその事を聞いたことがある。


  帰って来た答えは『忙しいからな』だけだった。


『まあ、新作も作ってるんだが、……暇を見つけて今日のイベントを見てるってところ』


『インゲニウムさんも、来れば良かったのに……いろんな兵器の写真も撮れるから、作品の役に立つんじゃないですか』


『いや、見た限り人いっぱいいるし、あんまり戦車や戦闘機には興味ないからな。そういやセフニャーがそこに出るらしいじゃん』


『出ますよ。えっと時間は……』


  ユウタはパンフレットで確認。


『ショーが始まるのは午後みたいですよ』


『じゃあ、それまでにフィギュア完成させるかな』


『今度は何作ってるんです?』


『秘密だ。ヒントは電脳世界の守護神とだけ言っとく。完成したらDMで一番最初に見せてやるよ』


『ありがとうございます! 楽しみに待ってます』


  インゲニウムとメールしていると、フワリからの割り込みメールが入ってきた。


  確認するともう着くとの事。


『待ち合わせ相手が来たみたいなので失礼します』


『おっ、彼女か。頑張れよ〜good luck』


  違うと否定する前に、インゲニウムは早々に退出してしまった。


  いやいや、恋人じゃないんだけどな……そりゃそう言う関係になれたら嬉しいけど……。


「いたいた。ユーくん。お待たせー」


  インゲニウムになんて返すべきだったか迷っていると、聞くだけで心が癒される声が聞こえ、電池残量が少ない事を表示した液晶から目を離した。


 見ると、フワリが左手で猫のショルダーバッグの紐を掴み、右手を大きく降って走って来た。


「フワリ姉。こっちだよ」


  ユウタは右手を振り替えしながら、あることに気づく。


  たっぷりと中身が詰まった二つの桃が大きく上下していた。


  ショルダーバッグの紐がその二つの果実の間に食い込み、より一層、その存在感を強調させていた。


  周りの人――特に男性――の視線が釘付けになっている。


  ……注意した方がいいけど、言葉間違えたら変態になっちゃうよな。


 どう言うべきか迷っている間にフワリはそばまで来てしまった。


  フワリは、右手を柔らかそうで大きな胸に置いて息を整える。


「やっと会えた。ここ広すぎて人も多すぎだよ。後、何人も男の人が声かけて来るし……」


「ええ! その、大丈夫だった?」


  ユウタはフワリを連れてきて嫌な思いをさせてしまったのではないかと思った。


「うん? 大丈夫だよ。『弟と一緒に来てます』って言ったらみんな離れて言ったよ。ユーくんそんなオロオロしてどうしたの?」


  ユウタはフワリにバレないように肩を落とす。


「い、いや特に何もないよ」


  弟と一緒か……それで男の人って退散するんだ。まあ、実際弟みたいなものだけどさ。


「どうしたのユーくん。疲れちゃった? どこかで休む」


  首を傾けたフワリは、落ち込むユウタを見て疲労困憊していると思ったのかそんな提案をして来た。


「疲れてないよ。まだまだ見たいイベントがこの後控えてるからね!」


  フワリを心配させないようにユウタは両手の力こぶを見せて元気なのをアピール。


  悲しいかな。ユウタに山のような筋肉はなく、そもそもパーカーの袖に隠れて見えるはずもなかった。


  すると……ググウゥゥゥゥと身体の内側から鳴き声が聞こえて来た。


「フフフ。食事できるところあったよね。そこ行こうか」


「……はい」


  完全にフワリ姉に聞こえたよ〜。


  ユウタはお腹が痛いわけでもないのに、両手で鳴き止まないお腹を抑えながらフワリの後を付いていく。




  二人がやって来たのはイベント会場に設けられた飲食可能なスペースだ。


 そこでは競い合うように、陸軍が豚汁、海軍がカレーを作っていた。


  スパイスと味噌の香りが、食欲をさらに刺激する。


 そこに来てフワリのテンションが一気に急上昇したのが、隣にいたユウタにも分かった。


「きゃ〜。どっち食べよう。どちらもいい匂いで選べないよー」


「フワリ姉。どっち選んでもいいんだよ。もちろん両方頼むのもありかな。しかもおかわり自由」


  唾を飲み込んだのかフワリの喉が動いた。


「う、嘘。両方頼んでおかわり自由? 待って! お金かかるんじゃ、もしかしたらお代わりするごとに追加料金取られちゃうんじゃ」


「そんな事ないよ。ほらチケットのここ見て」


  ユウタが指差した小さな文字をフワリはまじまじと見た。


「このチケット料金には、お食事代が含まれています。本当?」


「うん本当。これが人気の一因でもあるんだよ。だからお金の事は気にせずいっぱい食べて大丈夫」


  何の心配もなくなったからか、フワリのピンクの瞳に星が瞬く。


「じゃあ、早く並ばないと、量がたくさんあっても無くなっちゃう! 行くよ!」


「どわっ! フワリ姉。そんな焦らなくても……って聞いてなーい!」


  フワリはユウタの手を引きながら、起動したトラップを回避する考古学者のような俊敏さで列に並んだ。




「ごちそうさまでしたー」


  無事に昼食をゲットした二人は空いている白い丸テーブルに向かい合って座っていた。


 ユウタは海軍の兵士が毎週金曜日に食べているカレー。


  フワリは同じカレーと陸軍が作った豚汁を貰っていた。


 牛乳、給食で飲んで以来だなー。


 食べ終えたユウタが牛乳を飲んでいると、フワリは二杯目のカレー食べ終えたところだった。


 もちろん豚汁もお代わり済みである。


「ごちそうさまでした。はあー美味しかったー。軍人さんってあんまり料理作るイメージなかったけど、すごい美味しいんだね。ちょっとびっくりしちゃった」


  両手を合わせたフワリの顔は幸福の赤色に染まっていて、とても幸せそうだ。


「最近だと一般の人に食事を振る舞うイベントもあるみたいだよ」


「今度近くでやってたら行ってみようかな。もちろんユーくんも一緒に行こ?」


「うん! ……ところでフワリ姉はこの後どうするの? 僕は午後から行われる新兵器のお披露目会に行くけど」


「ユーくんが一番見たいって言ってたアレだね」


 今年の防衛軍兵器展示祭りの最大の目玉は新兵器のお披露目であった。


  以前から行われていたのだが、今年は既存の兵器とは全く異なるコンセプトの対怪獣兵器ということで、ニュースやネットで様々な憶測が飛び交っていたのだ。


「うん。噂だと、あの伝説のヒーローのスティール・オブ・ジャスティスを参考にした兵器らしいんだよね。だから僕は、二足歩行巨大ロボットなんじゃないかなって思ってる!」


  ユウタの鼻息が荒くなる。


「もう、ユーくん興奮しすぎ。本当ヒーロー大好きなんだね。セフニャーのショーはその後だからフワリも一緒に行くよ」


  フワリが気になっているセフニャーとは防衛軍の精鋭部隊CEFセフのマスコットの事だ。


 一般公募で選ばれ、その名の通り猫をモチーフにしたキャラクターだ。


  外見は、二足歩行で軍服を着てずんぐりむっくり。


  だが、そこから想像もつかない激しいアクションの動画が拡散し、女性から子供にまで大人気のキャラクターである。


  フワリがこのイベントに来たのも大好きなセフニャーが目当てだからだ。


「その事なんだけど、これ見てよ」


  ユウタはパンフレットを取り出して、イベントのタイムスケジュールを指差す。


「新兵器お披露目会はショーより先に始まるんだけど、終わる頃にはショー始まってるんだよね」


  パンフレットの予定通りなら、新兵器お披露目会が終わって観に行っても、ショーは半分以上終わっているだろう。


「本当だ。全然気づかなかったよ」


「しかも二つの会場もそれなりに離れてるから、別行動した方がいいと思うんだ」


「う〜ん」


  フワリはよほどセフニャーに会えることを楽しみにしていたのだろう。


  パンフレットを見ながら唸る。


  そして結論が出たのか、顔を上げた。


「ユーくん。フワリ一緒に行きたいけど、セフニャーも見たい。だから別々に行動することになっちゃうけどいい?」


  ユウタはパンフレットをしまいながら頷く。


「もちろんいいよ。フワリ姉はセフニャー、僕は新兵器が見れること楽しみにしてたんだから。僕の方が早く終わるから、そっちで合流しよう」


「うん。ありがとうユーくん」


  ユウタは日頃からフワリが大好きなセフニャーの事を話してグッズを集めているのも知っている。


 可愛いものが大好きなのだ。


  昼食を食べ終えた二人はまた後で合流することを約束して、食器を片付けてその場で別れた。

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