第8話 防衛軍装備展示祭り
買い物を終えてからも、ユウタは無言だった。
今はテレビを付けていないので、静かで、どこか気まずい雰囲気が流れている。
コンビニに行く前と後で態度が急変したのに気づいたのだろう。
フワリが声を掛けてくる。
「ユーくん。コンビニで何かあったの」
その口調は質問ではなく確認のようだった。
「えっ、な、何、いきなり?」
「何か様子おかしいよ。もしかして、コンビニの駐輪場にいた三人と何か関係あるんじゃない」
「えっ、フワリ姉。あの三人知ってるの?」
「うん。三年生だったかな。あんまりいい噂は聞かないな」
「ど、どんな噂があるの?」
「下級生をいじめてるって聞いたことがある」
その言葉に、ユウタの心臓が一際強く跳ね上がる。
「それって……本当の話、なの」
「うーん分からない。ただの噂だって言う子もいるけど、いじめられて学校辞めちゃったって言う話も聞いたな」
沈黙で支配された車内の静寂をユウタが破る。
「フワリ姉」
「なぁに?」
「もし、もしだよ」
「うん」
ユウタの回りくどい言い回しを、フワリは辛抱強く聞いてくれた。
「例えばの話だけど……もし三人が誰かをいじめているところを、見たら、ど、どうするの? その、いじめられている子が万引きを強要されてたら」
あまりにも具体的すぎる例えだったが、フワリは特に何も言わなかった。
ユウタがそこまで言い終えるのに一分近く要したのに、フワリは驚くほど明快に即答する。
「助けるよ」
「た、助けるってどうやって」
「それはもちろん、まず万引きをやめさせてから、三人の前に行って、いじめを止めてください って言うよ」
「そんなの無理だよ! 絶対三人は止めないし、フワリ姉も何されるか……」
あの三人だったら、平気でフワリ姉に酷いことするに決まってる!
「大丈夫。そんな事にならないよ。それにもしそうなったら……」
フワリはまるで「あなたが助けてくれるよね?」と言いたげにユウタの方を見た。
「きっと、ユーくんの大好きなガーディマンみたいな正義の味方が助けに来てくれるよ」
「……そ、そうだね」
自分の無力さを思い知らされるだけだった。
二人の乗るエレカの進路が、段々と車が詰まって進みが遅くなって行く。
歩道に目を向けると、沢山の人が同じ方向に向かって歩いていた。
どうやら車も歩行者も、目的地は一緒のようだ。
「みんな東京港のイベントに行くのかな?」
「多分そうだと思うよ。今日は一年に一回で大人気のイベントだからね!」
ユウタのテンションが抑えきれないほど高まっていく。
何年も前から見たかったイベントだ。
テンションが上がってもしょうがない。
だから、先程の見た事もすっかり忘れて、楽しい記憶で埋め尽くそうと、無意識に決意していた。
ユウタのテンションが上がる中、フワリの困惑した声が聞こえてくる。
「う〜〜ん。ちょっと困ったな」
「どうしたの?」
「車、渋滞で動かなくなっちゃった」
「あ〜そうだね」
前方を見たユウタも、フワリの気持ちが分かった。
道路を埋め尽くすように、車がそれこそ蛇のように連なっている。
一目見ただけで歩いた方が早そうだ。
歩道を見ると、沢山の人がいて、亀の歩みのようだがユウタ達よりも先に進んでいる。
車乗った方が早いと思ってたけど、これじゃまるでウサギとカメだ。
早く行かないと、人混みに紛れて見えるものも見えなくなっちゃうのに。
そんな焦りの気持ちに気付いたのか、フワリがこんな提案をする。
「ユーくん。ここからは歩いた方が早いんじゃない?」
それは願っても無い提案だが、一つ問題がある。
「そうだけど、でも車はどうするの?」
「フワリに任せて。近くの駐車場に止めておくから、先にユーくんはイベント会場に行ってて」
「えっ、でも……」
フワリの申し出は有難いが、彼女を置いて行っていいのか悩む。
「いいからいいから。ユーくんが今日を楽しみにしてるのはよく分かってるもん。それに……」
フワリは猫のショルダーバックから自分の
出て来たのはこれまた猫の形で、大きく開いた口が液晶画面になっていた。
「まだセフニャーのショーまで時間があるから大丈夫」
「分かった。じゃあ先に行くよ。着いたら連絡して、すぐ迎えに行くから!」
ユウタは後部座席に移ると、トランクに閉まっていたバックパック取り出して背負い、買った傘を持って外に出た。
自衛隊時代の経験を生かし、防衛日本軍は毎年様々なイベントを行い市民と触れ合う場を設けてきた。そのおかげで、世界一親しみやすい防衛軍と人気がある。
今日、東京港で行われるのは防衛軍の兵器展示イベントだ。毎年秋に行われているイベントの名は防衛軍装備展示祭りという。
港の一部を借り切ってそこに陸海空の防衛兵器を展示している。
現役の兵器はもちろん、退役した兵器などのレアな展示もあり、人気が高い。
更に、最近新しく任命されたマスコットが子供から絶大な人気を得て、ここ数年は来場者が倍増し、チケットは抽選でしか手に入らない。
これは、十年前に復活し毎年八月に行われている総合火力演習のチケットの倍率よりも高いと、
ユウタも何年も前から一度行って見たかったが、ずっとチケットは入手できなかった。
しかし「今年も当たらないだろうなぁ」と思って応募したら、ついに自分の手元にやって来たのだ。
チケットは一枚で二名まで入れたので、折角だからフワリにセフニャーのショーがあると話したら、開口一番。
『ほんと! フワリも行きたい!』
という事で、二人で来ることになったのだ。
前の人達にぶつからないように気をつけながら先を進み、ユウタはイベント会場の入り口まで辿り着く。
そこにも沢山の人が列を作って並んでいた。
コンビニと違ってゲートは十個あるが、その一つ一つに百人近くの人が並び、どうしても入るまで時間がかかりそうだ。
ユウタは手元の紙チケットを確認する。
今や紙のチケットなど使うところなど皆無。だが防衛隊関連のイベントのチケットは時代に逆行するように全て紙だった。
ちゃんとした理由がある。
チケットには、肉眼では見えず、専用の機械で判別するシリアルナンバーが入っているのだ。
どちらも転売を防ぐ為の対策だが、軍という存在を嫌う団体からは、資源の無駄違い、古臭いなどの悪評もあるそうだ。
フワリ姉。チケット落としたりしてないよね……。
チケットの半分はすでにフワリに渡してあるので、遅れてきても入れないという最悪の事態にはならない。
顔を上げ、目の前の人が並ぶゲートを見ると、どうしても心臓が高鳴る。
目の前の人を押しのけても早く入りたいという欲求を押さえつけ、他の人と同じく、日本人のマナーの良さを見せつけるように、ユウタは列に並んでいた。
見上げると天気予報で言った通りの快晴で、空に雲はない。
並ぶ人達に日差しが降り注ぐが、それは秋の陽気。
焼けるような暑さではなく、むしろ心地よい暖かさだ。
むしろちょっとでも日陰になると、海が近いこともあり、潮の香りを含んだ風が意外にも冷たい。
袖や裾の隙間に入ってくると、思わず鳥肌が立つ程だ。
ユウタの前の人数が残り十人ほどになったところで、言い争う声が聞こえてきた。
何だろう?
前の人の背中しか見えないが、聞こえる声から男女が係員と揉めているようだ。
どうやら、チケットを忘れて入場できないのか、係員が入場を断っている声が風になって聞こえて来る。
男女は諦めたのか、係員の声も聞こえなくなり、ユウタの並ぶ列が動き出す。
良かった。大したトラブルじゃなかったみたい。でもチケットないと入れない事、知らない人なんているんだ。
いったいどんな人達なんだろうと、野次馬根性で見ていると、ゲートから戻って来る男女の姿が見えた。
真ん中の男性を挟むように二人の女性が、両腕に絡みついていた。
彼女のいないユウタとは雲の上の住人のようだが、意外な事に知り合いだった。
「あっ、ソウガ君?」
ソウガと呼ばれた男性は、名前を呼ばれて始めてユウタの存在に気がついたようだ。
「ん? おお、ユウタじゃねえか」
それはユウタのよく知る人物だったのだ。
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