ショートホラー(?)「Mの快感」
岳石祭人
Mの快感
その男はがっしり厚みのある体にビシッと高級そうなスーツを着こなしながら、普通のサラリーマンとは思えない鋭い目つきで辺りに視線を走らせつつ、高層ビルの建ち並ぶ表通りから庶民の活気溢れるアーケード街に入ってきた。
男は通路の真ん中をまっすぐ早足で歩いていった。行き交う買い物客たちはその全身から発散する異様な雰囲気にはっとして進路を空けた。男はこんな平和な通りにいても鋭い目つきを辺りへ素早く配ることをやめない。いったい何者だろう?
男が入ってきたのと反対の入口からなにやらただならぬ悲鳴が複数上がり、悲鳴は波のように広がりながら、通路を埋めるようにしていた大勢のお客たちが慌てて左右に分かれつつ、こちらへ押し寄せ、または脇の店や小路に逃げ場を求めて入っていった。
男の前に道が大きく開けた。
その先に、若い男がへらへら笑いながら手にした刃物を大きくでたらめに振り回していた。
まっすぐ突き進んでいた男もさすがに立ち止まると、左右に鋭く視線を走らせ、怯えてパニックになっている客たちを見ると、その場に仁王立ちし、じっと鋭い目つきで若い男を睨み付けた。
へらへら笑っていた若い男が、まっすぐこっちを睨んでいる男に気づき、ニタアッと、ますます狂ったように笑った。
男の引き締まった唇が重々しく動いた。
「やめろ。俺に近づくな」
静かに恫喝するような声に、若い男は嬉しそうな奇声を上げて走り出した。
突き出したナイフが、ズブリと、男の腹に刺し込まれた。
「くっ……」
男は苦痛にうめくと、その場に倒れ込んだ。
「きさまあ! 何をやっておるか!」
近くの交番からお巡りさんたちが駆けつけ、若い男は取り押さえられた。
「あなた、大丈夫ですか?」
酒屋の主が心配そうに覗き込むと、
「はう・・あ・・・・」
男は息をつき、ほっとしたように言った。
「もう、いいや・・・・・・・」
桃色に頬を染める男のズボンの股間が熱く濡れ、黒いシミは、やがて股間周りのアスファルトに丸く広がっていった。
ずっと我慢し続けていた尿道が、詰まったように熱く痛み、それもまた、苦しみから解放された男には心地よく感じられた。
刺された腹がズキズキ痛みだしたが、長く続くパンツの中のぬくい放尿の快感と相まって、体のこわばりの解ける開放感をいっそう高めた。
イタキモチイイカモ・・
男に新たな人生が開けた瞬間だった。
ちなみに、限界ぎりぎりまで力みきった腹筋によってナイフはごく浅く突き刺さっただけで、けがはまったくたいしたものではなかった。
よかったね。
ジ・エンド
2011年10月作品
ショートホラー(?)「Mの快感」 岳石祭人 @take-stone
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