第6話 背水の陣

 ゴッ‼‼ と。


 アレンの体が数十メートルも跳ね上げられた。重力を感じない。視界がぐるぐると回り、そして思い切り地面に落下した。


「がぼぁっ」


 血を吐きながら、まるでゴミくずのように地面を転がるアレン。筋肉きんにく骨格こっかくかたまりの攻撃を、もろに食らって無事であるはずがなかった。上体を守っていたアーマーは大きく内側にへこみ、今では彼の体を守るどころか呼吸を妨害ぼうがいしている。


「アレン‼‼」


 急いで地面に倒れるアレンの元へ駆け寄るアリシア。


 おかしい。明らかに彼が弱くなっている。


昼間、あのゴブリン達に圧倒的な力の差を見せつけた彼と同一人物なのかと疑うほどだった。


「馬鹿お前……なんで逃げていない……ゴホッ」


「そんなことできません!」


 アリシアが、苦しそうに血を吐くアレンをかばうようにして後ろを振り返ると、近づいてくるオーガと目が合った。口元を残忍ざんにんゆがめ、美味そうな獲物が二つと言わんばかりのその鋭い眼光にアリシアは萎縮いしゅくする。


「行くんだ!」


 とアレンが再びアリシアを促す。


 ふと、アリシアの脳裏のうりにアレンの言う通り逃げてしまおうかという考えがよぎる。自分一人だけなら逃げられるのではないかと。


「何考えてるのよ!」


 そんな考えを振り払うように頭を振り、立ち上がる。


 おびえる心と体を奮い立たせ、近づいてくる怪物と対峙たいじする。自分にだって、足止めくらいはできるはずだ。


大地に繋ぎ止め、捕縛せよプレへデレ・ラーディクスッ!」


 ありったけの魔力を込め、魔法を放つ。


 何本ものたくましい木の根がオーガの足下から飛び出し、全身にまとわりつく。


「グォォォォォ!」


 鬱陶うっとうしそうにオーガが身をよじる度に、ミシミシと根がきしむ。この隙に何とか──。


 突然、閃いた彼女はアレンを抱え起こす。


「お、重いッ」


 自分よりも大柄おおがらなアレンを肩を組むように抱え、よろよろと歩き出した。


「何を……する気だ……。俺なんか見捨てて……早く逃げ……」


「嫌です! 絶対に見捨てません! そんな馬鹿なこと言ってる暇があったら自力で歩いてください!」


「死んでも知らねぇぞ……」


 ふっと肩に掛かる重さが軽くなった。アリシアに体重を預けながらではあるが、アレンが歩き出したのだ。


「どうするつもりだ……? あぁ·····、なるほど……」


 聞いたアレンだが、彼女の向かう方向を見て何か合点がってんがいったという顔をする。


「グォォォォォ」


 後ろではオーガが大剣を使い根を振り解こうと足下を斬りつけている。魔法から抜け出すのも時間の問題だろう。


 焦りながらアリシアは足を速めた。


 あと少しでそこにたどり着くというところで、ズシンという音が聞こえた。


 オーガが根を完全に振り解き、逃がすものかと一歩踏み出したのだ。ズシンズシンと重い音を響かせながら追ってくる巨体から二人は必死に逃げる。


「グオオオオオオオオオ」


 怒声とともに振り下ろされる大剣が二人を捕らえる寸前で。


 二人は増水し流れの急な川に飛び込んだ


 すんでの所で獲物に逃げられたオーガの咆哮ほうこうが、森の中に響く。

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