第5話 闇夜の敵襲

 それからしばらく、アレンの寝顔を見つめてアリシアは反省していた。自分の話題から話をらしたかったとはいえ、彼につらい過去を思い出させてしまった事を後悔していた。


 それに、最初は落ちていたアリシアの金を勝手に使うような、ひどい人だと思っていたが、この数日間行動を共にして、そんなに悪い人じゃないとも思えていた。


 ふと、腕を枕にして寝ているアレンのほおに食い込んでいる、古い銀製の腕輪に興味をかれた。初めて出会った時は着けていなかったはずだ。依頼を受け、一度彼の部屋に装備を取りに行った時に着けたのだろうか。


「食い込んで痛そうだな……起こしてしまわないと良いけど」


 アリシアはそっとアレンの腕をずらし、腕輪を外した。それをローブのポケットにしまい、アレンの腕を元に戻す。これで少しでも気持ち良く眠れると良いな、と思った時だった。


 音が聞こえた。まだかなり遠いが、間違いなくズシンズシンと何かが近づく音がする。


「何の音だろう……近づいてくる……」


焚火はまだ燃えている。魔物は普通、炎を嫌う。自ら進んで近づいてくる事は無いはずなのだが。


「ア、 アレンさん! 起きてください! 何か来ます!」


 慌てて杖を持ち、音の方を警戒けいかいしながらアレンを起こす。


「なんだ、一体どうした⁉」


 さいわいアレンはすぐに目を覚まして飛び起きてくれた。アリシアの膝はすでに恐怖で震えていた。


「向こうから何かが近づいてくる音がするんです!」


「……確かに聞こえるな。しかもだいぶ近いぞ」


 耳を澄まし、音を確認した後、すぐ隣に置いてあった長剣を抜く。


「炎の裏に回るぞ」


 アレンの指示通り、音がする方向と自分達の間に焚火を挟む形に移動した。


 息をひそめ、その方向を凝視していると、ぬっと、暗がりからそいつが姿を現した。


 四メートルほどの、屈強くっきょうな緑色の体躯たいく。豚のような上を向いた鼻に、むき出しの牙。尖った耳に、頭の頂点ちょうてんには一本の角が生えている。


「グオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」


 それは二人の姿を目視すると、大きな雄叫びを上げた。


「オーガだったか、この森に住み着いた魔物ってのは」


 長剣を構え直すアレン。


「山脈でも越えて来たのか? そしてまた随分ずいぶんと良い得物えものを持ってやがるな」


 オーガの手には、巨大なファルシオンのような身幅みはばの広い大剣たいけんが握られていた。


「ぴったりなサイズじゃないの。なんだ、お前ら鍛冶かじでも出来んのか」


 にやにやと笑うアレンを一瞥すると、「グオォォォォォォォ」と叫びながらオーガが横薙ぎの一撃を繰り出した。


 アレンはすっと腰を落とし、その攻撃を長剣で受け止めようとして───吹っ飛んだ。


「なっ⁉」


 優に五メートルは吹っ飛び、したたかに木の幹に叩きつけられる。


 衝撃で肺から全ての空気が吐き出され、腕と腰に激痛が走った。


「ぐっ、なんで──」


 アレンが右腕に目をやると、腕輪が無くなっていた。寝る前に外した覚えはない。痛みをこらえ立ち上がると、オーガが次の標的ひょうてき、つまりアリシアにゆっくりと近づいているところだった。あまりの恐怖に、彼女は動けないどころか腰を抜かして尻餅しりもちをついていた。


「おい!何してる! 早く逃げろ!」


 叫ぶアレンの声に、なんとか立とうとするが、力が入らないらしく、立とうとしてはこける動作どうさを繰り返している。


「ちっ」


 軽く舌打ちし、きしむ体を無理矢理走らせる。


 大きく振り上げられたオーガの大剣が、アリシアを叩き潰さんとしているところに、なんとか間に合ったアレンが彼女を抱きかかえ回避かいひする。


「馬鹿! 何してる! 死にたいのか!」


 下ろしたアリシアの目を見つめて大声で叫ぶ。それが気付きつけとなったのか、アリシアがしっかりと立ち上がった。


「あ、ありがとうございます!」


「礼はいい、それよりお前──」


 アレンが何かを言い終わる前に。


「グォォォォォォォォォォ!」


雄叫びに振り返ると、オーガが大振りの攻撃を放つところだった。


「まずいっ」


 アレンはアリシアを思いきり突き放した。そしてオーガの上段からの攻撃を横っ飛びで避ける。ドゴッ! と重い響きを立てて地面に大剣がめり込んだ。安心したのもつか、その状態からオーガは力任せの振り上げを放った。避ける余裕もなく、受け止めようと試みるが、力の差が激しく、あっけなく構えた長剣ごと弾き飛ばされた。

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