第4話 アレンの過去

 戦闘の後を片付け、二人はまた森の奥へ進む。ゴブリン達を仕留めたのはいいが、今回の依頼内容は森の奥にある洞窟に住み着いているであろう魔物の討伐とうばつだ。


 依頼主の使用人が見たという魔物は、かなりの大きさだったという話だから、ゴブリン・キングなどの可能性は低い。


 しばらく進むと、ちょうど良い広さの開けた場所を見つけた。近くには川の上流があり、山の上で雨でも降ったのか、流れは急だが飲用の水をむくらいは出来そうだった。日も暮れる頃というのもあり、二人はそこで野宿をする事にした。


 パチパチと焚火の薪が小気味良くはぜる音が薄暗い空間に響く。


「使うか? この時期とはいえ夜は冷えるぞ」


 アレンがおもむろにバックパックから薄いタオルケットを取り出した。


「いえ、私はこのローブで十分暖かいので。あなたが使ってください」


「じゃあ遠慮なく。そういえばお前、そのローブを脱いでるとこ見たことないけど、暑くないのか?」


「え、ええ。別に暑くはないです……」


 聞いてきたアレンに、なぜかアリシアは俯いて答える。


「そうか?でも昼間は暑そうに見えたけどな」


「そんなことないです!」


「……? なんでそんなムキになるんだよ」


 怪訝けげんそうな顔をするアレンにアリシアは慌てたように訊いた。


「そ、そういえばアレンさんって小さい頃からナーサリアで暮らしてたんですか?」


「ん? 違うぞ。あそこに住み着いたのは二年くらい前だ」


 アリシアのおかしな様子を不思議に思いながらも答えるアレン。


「そうなんですか? じゃあ私と同じように都会に憧れて? ご両親はどうされているんですか?」


「あー、それはな」


 アレンがどことなく寂しげな表情を浮かべたので、アリシアはすこし驚いた。彼のこういう顔を見たのが初めてだったからだ。


「両親は死んだよ。俺が九つの頃にな」


 アリシアが息を飲む。


 飲んでいた葡萄酒ぶどうしゅの革袋を置き、アレンは続きを語りだした。


「十二年前、国中で不作ふさく続きで飢饉ききんが起こった。 俺が住んでた村は国境近くの小さな村でな。被害もかなり少なかった。貯蓄ちょちくもあってなんとか食い繋げてた。だがある日、村が襲われた。盗賊団に」


 ゆらゆらと揺れる炎をじっと見つめながら、淡々とアレンは語る。


「王都から遠くて食料がある。飢えた盗賊達には格好の的だったのさ。その時、俺は親に家の地下にある狭い貯蔵庫に隠されてた」


 彼は、拳を握りしめながら続ける。


「親父は元騎士でさ。おふくろと結婚したことを期に田舎に移ったんだ。必死に戦う音がした。おふくろの悲鳴も、親父の叫び声も、盗賊の笑い声も聞こえた。俺はただ震える事しか出来なかった。どうか見つかりませんようにって……。力の無い俺は……俺はッ───」


 アレンの声が、いつもニヤニヤと笑いをたたえていた彼の唇が、震えている。


 うつろな目で、焚火の炎から目を離さない。まるで炎の奥に過去の惨劇を見ているかのように。


「もういいですっ‼」


 気が付いたら、アリシアは話を遮っていた。


 はっとしたような顔でアレンは焚火の炎からアリシアの方へ視線を移す。


「ごめんなさい……。自分で聞いておいて……。でも、あなたが、アレンさんが苦しそうだったから」


 その言葉を聞いたアレンの顔に、ふっといつものような笑いが戻った。


「なんだお前。別に気遣わなくたって良いんだぜ。俺みたいな奴にアレンさんだなんてのも、いまさらなんだが気持ち悪いからやめてくれ。呼び捨てで良い。それと……」


言葉を区切り、少し間をおいて


「なんだ……結構優しいんだな」


 ボリボリと頭を掻きながら照れ臭そうにつぶやいた。


 そんなアレンに、アリシアがなんと声をかければいいのかと考えているうちに、彼が手をぱん、と叩いた。


「酔いでもまわったかな、なんか昔を思い出してつい話し過ぎちまった。俺はもー寝るっ」


 そう言い、この話はもう終わりだと言わんばかりの勢いでタオルケットをかぶると横になって寝てしまった。


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