第2話 捕縛

 アレンが目を覚ますと、そこは室内だった。


 寝泊まりするのに必要最低限の家具がそろった殺風景さっぷうけいな部屋の中、アレンの向かい合う先のベッドには、アリシアが姿勢正しく腰掛こしかけていた。


身動きが取れず視線を下げてみれば、頑丈がんじょうな木の根のような物で椅子いすくくり付けられている。


「これはどういう状況かな」


 視線を正面に戻し、アレンが訪ねると、怒りを抑えた声でアリシアは言った。


「それはこっちの台詞セリフです、どうして私の巾着袋をあなたが持っていて、その上中身がこんなに減っているのか、説明してくれますか? いったいこれはどういう状況なのか」


 巾着袋の中に入っているのは、金貨一枚と銀貨が十二枚になっていた。


 それに対し、アレンはきょとんとした表情になった。


「それはお前、偶然大金が入った袋を拾ったもんだから、これはラッキーと思って使ったんだよ、ぱぁっと。武具とか新調して借金も返済してそれから宴会して。あの場に居たんだから分かるだろ? もしかしてお馬鹿か?」


 謝るどころか開き直る彼に、頬が引きつるアリシア。


「一体どんな神経をしていたらそんな事ができるんですか……」


 怒りを通り越して呆れさえするアレンの態度に、アリシアは軽く眩暈めまいを覚える。


「いや、悪気はなかったんだぜ? 見たこともない生地に変な装飾とか付いてるし、てっきりいけ好かない貴族のババアの財布かと思ってな? あいつらにとっちゃ金貨三枚くらい、落としたって気にもならない端金はしたがね程度の物だろ? じゃああいつらの代わりに金に困ってる俺が使ってやろうと思ってな? いやほんと、お前みたいな可愛い少女の落とし物だとは思わなくって! すまんかった!」


 首から下は縛り付けられて動かせないので、アレンは頭だけを下げて謝る。だが反応がないのでちらりと片目を開けて様子をうかがうと。


「うっ、ぐすっ、これからどうしよう……」


 少女はくちびるを噛み、泣き出すのを我慢しながらも目に涙を浮かべていた。


「お父さんとお母さんが頑張れよってくれたお金なのに……」


 その表情を見て、アレンは罪悪感ざいあくかんに駆られた。貴族の落とした物だろうと勘違いし、アリシアの大切な金を勝手に使ってしまった。悪いのは完全に自分だった。


 酒が抜けていなかったとはいえ、深刻な状況であるアリシアにおちゃらけた態度を取ってしまったのも間違いなく悪手あくしゅだった。


「あの、ほんとに悪かった。ごめんな? さっきのはちょっとふざけてみただけだ。ちゃんと金は返すよ。だから、な? 泣くのはやめてくれ」


「な、泣いてません!」


 そう言いながらも声はわずかに震えていた。目元の涙をき、少し時間を置いて落ち着いたアリシアはまだ少し赤い目でアレンをにらむ。


「ほんとに返してくれるんですか」


「あぁ、ちゃんと返すよ。使っちまった分全部。だからとりあえずこの拘束を解いてくれないか? ちと痺れてきた」


 未だ完全には信用していないといった表情を浮かべながらも、アリシアは杖を振るい魔法を解除する。


 自由になったアレンは立ち上がると大きく伸びをした。


「それで、いつ返してくれるんですか?」


「んんっ、あぁ、それなんだが今すぐにとはいかなくてな」


 体を仰け反らせながら答える彼に、アリシアは杖を構えた。


「まさかうやむやにして逃げる気ですか? そうはさせませんよ」


「おいおい、そんなに信用ないの? 俺。まあ仕方ないか。とりあえずその杖をしまってくれ。逃げたりしない、ちゃんと返すよ。だけどあいにく今は手持ちが無くてな……」


「じゃあどうやって返すって言うんですか」


 疑いの目を向けられたアレンはにやっと笑う。


「こう見えても俺は腕利うでききの傭兵でな? ギルドで報酬ほうしゅうの良い依頼を受けてちょちょっとかせぐ。そしてその金をお前に渡す。少し時間がかかるかもしれないが、使った分は全部返す。絶対にだ」


 アリシアの信じて良いのかどうかと考えている様を見て、アレンはそんな顔されるのも仕方ないなと笑った。


「とりあえずギルドに行こうぜ。ささっと稼いで借金とおさらばだ」


 借金の返済に拾った金を使った結果、また借金を作ったアレンだった。

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