プロローグ2 戦闘

「ギギギギ、ギャシャシャ!」


 叫び声を上げ、ずらりと並んでアレン達を威嚇いかくするそいつらの背丈は小さく、血色の悪い緑色の肌、かぎ爪のように曲がった鼻の付いた醜悪しゅうあくな顔をしていて、各々おのおのが自分の背丈ほどもある武器を持ち、残忍ざんにんな笑みを浮かべていた。


「なるほど、ゴブリンか。ってことはさしずめ森の奥の洞窟に住み着いた魔物の取り巻きか?」


 人間の言葉が分かるはずもなく、かけられたアレンの言葉に対してゴブリン達はただ「ギギギッ」と笑うのみ。


 ゴブリンの見た目は九十センチほどと小さく、ほそって見える。だが、その見た目にだまされて油断してはいけない。実際はとても筋肉質で、強靱きょうじんで引き締まった筋肉を持つ。自身の大きさと同じ、もしくはそれ以上の大きさの武器をその腕力を使って軽々と使いこなす。


 さらに彼らはよく群れる習性を持っているため、一人で相手をするとなるとかなりの危険が伴うのだが、アレンは不敵ふてきな笑みを浮かべる。


「一、二、三……後ろのリーダーぽいのも入れて二十一体か、ちと多くないか? いったいどこに隠れてたんだか」


 くいくいとアレンが手招きすると、それに応じて先頭にいた小剣ショートソードを持ったゴブリンが襲いかかった。


 ゴブリンの欠点、それは知性の低さである。二対二十一という圧倒的に有利な状況で、一斉に襲い掛かればいいものを、アレンの挑発に乗ったゴブリンが一体、単身で突っ込んでくる。


 アレンは、やたらめたらに小剣を振り回すゴブリンの攻撃を易々やすやすと長剣ではじき返した。ギンギンと金属同士がぶつかる音が響き、火花が散る。


「……すごい」


 その様子を後ろから見ていて、アリシアは素直すなおにそう呟いた。


 相当なパワーで繰り出されているであろうゴブリンの斬撃ざんげきを、アレンは軽々と受け止めている。細身で、そんな膂力りょりょくなど無さそうに見えるというのに。


 この人、実はとんでもなく強いのかもしれないとアリシアがおどろく中、アレンは笑みを浮かべて剣を振るう。


「なかなかやるじゃん……よっと!」


 ゴブリンの大ぶりの横なぎを受け流し、がら空きの胴体を長剣で軽くいだ。


 あっさりと、切り捨てられたゴブリンが血泉を吹き倒れる。


 断末魔をあげ、事切こときれた仲間を「ギギギギギギ」とあざ笑う残りのゴブリン達に、アレンは剣先を向けた。


「今度はこっちから行くぞ、蹴散けちらしてやる」


 そう言い放つと、彼は地を力強く蹴り突進する。


 ゴブリン達が慌てて武器を構えた頃にはすでに、間合いに入り込んでいた。


 まずは一番手前にいたゴブリンが長剣によって袈裟けさりにされた。


 先ほどとは違い力の込められた一撃──そこで起こった事にアリシアは目を見開いた。


 切り捨てられたゴブリンが、易々と骨まで断たれ、けながら吹っ飛んだのだ。


 まるで伝説の魔獣、ドラゴンの強大な力で振り払われたかのように。


 その光景に呆気あっけに取られたのはアリシアだけではなかった。


 血泉けっせんをしぶかせながら吹き飛ぶ仲間に気を取られているゴブリン達に、アレンは容赦ようしゃなく斬りかかる。


 あまりにも簡単に、まるで冗談であるかのようにゴブリン達が倒れていく。


 嵐のようなアレンの怒濤どとうの攻撃からゴブリン達が距離を取った頃には、数の利も生かせないまま、彼らは半分にまで減っていた。


「ギ! ギギャギャ!!」


 血の海に沈んだ仲間達を見て、リーダー格のような特徴的とくちょうてきかぶとを被ったゴブリンが叫ぶと、それに応じるかのように二体のゴブリンが斬りかかってきた。


 明らかに格上の存在だと、判断された上でのゴブリン二体による斬撃。それは確実にアレンが回避できないモノだとアリシアは思った。


「アレンさん! 危ない!」


 手を出すな、と言われてはいたけれど……と、思わずアリシアが杖を構えた瞬間。


 あろう事か、アレンは彼女の方を振り向き微笑んだ。


「───へ?」


 アレンが前に向き直った時には、ゴブリン達の攻撃はもう、アレンの目と鼻の先だった。


 しかし、その剣筋けんすじをアレンは見切みきり、華麗にかわす。彼らの斬撃は、むなしく空を斬った。


 最小限の動きで二振りの攻撃を避けつつ、同時にアレンの長剣がゴブリンに叩き込まれる。


 一体が頭と胴体を切り離され、もう一体が返す刀で体の真ん中から切断される。


 続いてまた二体が突っ込んでくる。今度は一体が大盾おおたてを持ち、その後ろに戦斧せんぷを担いだ奴が続くが。


「そんなもの意味ないわ馬鹿め!」


 思い切り振り下ろされた長剣に盾もろともくだけ散った。


 残されたもう一体が剣を振り下ろし隙ができたアレンに戦斧を叩き込む。だが、アレンの無茶な態勢たいせいからの力任せの斬り上げにあえなく吹き飛ばされた。


 血しぶきを上げ地面に仰向けに倒れた持ち主の後を追うように、折れた戦斧も乾いた音を立てて地面に落ちる。


「ギギッ! ギギャギギャギャ!」


 リーダー格の一声で、残りの六体が一斉に向かってきた。


「一人で来ても全員で来ても変わらないっての」


 アレンを囲むように襲い来るゴブリン達に対し、彼は長剣を腰の辺りに構えると、勢いよくよこぎに振り払った。


 叫び声を上げながら、圧倒的な数の有利を持って襲い掛かったゴブリン達が切り飛ばされる。


「さて、残るはお前だけだぞリーダー君」


 最後の一体にアレンは鋭い視線を向ける。


「ギ、ギギギギャギャギャッ」


 それに応じるようにゴブリンは自分の背をゆうに超える長剣を構える。


 好戦的こうせんてきで残忍な種族である彼らに、逃げるという選択肢はない。


 じりじりと、半円を描くように、少しずつ二人の間をせばめながら、歩を進める。


 じゃりっとアレンが小石を踏む音が響く。


 それと同時に、ゴブリンが地を蹴った。


 ギャギャギャ!と雄叫おたけびを上げながらアレンに向かってゴブリンは長剣を振り上げる。


 そのまま勢いに任せてアレンの上体に向けて振り下ろされた一撃は、いとも簡単に受け止められた。


 金属と金属が擦れ、火花が散る。


 アレンは力任せにつばぜり合いの状態を崩した。大きく体勢を崩したゴブリンに彼の長剣が吸い込まれていく。


「ギギャァァァァァァァァ───」


 断末魔だんまつまを上げ、上下二つに切断された最後のゴブリンがいきえた。


「終わったぜ」


 長剣に付いた血を振り払い鞘に納めながら、アレンはアリシアに声をかけた。


 一部始終を唖然として見ていたアリシアは、声を掛けられ我に返ると、アレンに駆け寄った。


「凄かったです、アレンさん。いけ好かないところの多い屑野郎くずやろうだとばかり思っていましたが、戦いになるととても強いんですね。少し見直しました」


「屑野郎?」


「しかし、これは少し暴れすぎというか、散らかしすぎというか……」


「あれ? 無視ですかアリシアさん⁇ ……だけどまぁ、確かにこれはなぁ」


 河原はゴブリンの亡骸なきがらと、それから吹き出した血しぶきでひどい惨状さんじょうになっていた。


「さすがにこれを放置するわけにもいかんなぁ。お前、火の魔法でこれ燃やしてさ、水の魔法で血を洗い流せたりしないか?」


 名案だとばかりに嬉しそうな顔でアレンはアリシアに問いかけた。


「その程度の魔法ならたぶんできますけど──」


「その答えを待っていた! 後は頼んだよアリシア君! 男が散らかし女が片付ける。そういう風にできてんだよなぁ世界って!」


「そういう考え方、嫌われますよ……普通にありえないです」


「まぁそう言いなさんな!」


 アレンはガハハハと笑いながら豪快にアリシアの背を叩く。


 せっかく少しだけ見直したらすぐこれだ。ゴブリンもろとも片付けてやろうかしら、なんて思うアリシアだった。


「はぁ、どうしてこんな事に……」


 アレンが暴れた後を片付けながら、アリシアは五日前のことを思い出していた。

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