ダブルエー・デュオ~竜化の腕輪を付けた傭兵は、金髪美少女に金の借りを返す~

埋火 はるの

プロローグ1 森の中で

 うっそうと木々の生い茂る森の奥へと二人は進んでいた。


 一人は長身の男で、少し伸び気味の栗色の髪に、割と精悍せいかんな顔立ちをしている。二十かそこらの年齢に見える青年の顔には気怠けだるげな表情が浮かんでいた。くたびれて古ぼけた服の上に上体じょうたいおおうすい鉄製のアーマー、腰に長剣ロングソードを装備し、右手には古い銀製らしき腕輪をつけている。その風貌ふうぼうから傭兵ようへいであることがうかがえた。


 青年の後に続くもう一人は、十六か十七歳ほどの少女で、青年と比べると頭一つ分ほど小柄だ。新緑色のワンピース状の服の上から薄手の白のローブを羽織はおり、丈夫そうな木製の杖を持っている。腰まで伸びた金髪が時折降りかかる日光を反射して綺麗に輝いている。


 空に向かって伸びる木々の葉が、太陽に照らされ地面に揺らめくような陰を描く。


 風に吹かれて互いに擦れ合う葉の音や、遠くで聞こえる鳥の声の中に、二人が歩を進める度に地面に重なった落ち葉や小枝を踏む音が響いた。


「やっぱりお前は付いて来なくて良かったんじゃねーの? この先まだ長いぜ? それにひたすら上り坂だ」


 先を歩く青年、アレンは後ろを振り返り言った。


 このベルアの森は、北に向かうにつれてなだらかな上り道が続く。森のさらに北には、大国ゼレウギアとの国境になっているカシル山脈が横たわっていて、今回の二人の目的地はその森と山脈の境目の急な斜面にできた洞窟どうくつだった。


 木に寄り掛かり、ほぉ、意外と森の中にいると映えるな、と呟くアレンを、少女はグラデーションがかった青い目でにらむ。


「別に平気です。それに、私が付いて行かないとあなたが逃げるかもしれませんし」


 それと、と少女は立ち止まって続ける。


「さっきからお前じゃなくてアリシアという名前がちゃんとあると言ってるじゃないですか」


「あぁあぁ、そうでしたねすみませんねぇ、アリシアさん」


 アレンは深々とかぶりを振り答えた。そしてぼそっと俺だってあなたじゃなくてアレンという名前があるんですけどねぇと漏らしたが、どうやら彼女には聞こえなかったようだ。


 しかし、アレンのその飄々ひょうひょうとした態度が気に食わなかったのか、アリシアは眉をひそめる。


「なんですかその言い方は。そもそも私がここまで付いて来る羽目になったのも、あなたがこの依頼を受ける事になったのも、すべてはあなたの──」


 やれやれまたお小言か、とアレンはそっぽを向きながら水筒すいとうを取り出した。アリシアの説教を聞くのはもう四度目だった。


 水で喉をうるおし、ため息をつく。これではただの口煩くちうるさい少女との遠足である。原因は全て自分にあるのだが。


 森に入ってもうしばらつが、いまだに魔物の痕跡こんせきは無い。


 こんな事なら軽いレザーアーマーでも良かったな、などと考えながら、アレンは周りの音に耳をかたむける。


 聞こえるのは、右から左へ聞き流しているアレンに無駄むだな説教を続けるアリシアの声、風に揺られる木の葉の音、そして鳥たちの──。


「おいアリシア」

「つまりですね、もう少し常識を──って何ですか?」


 自分の口に人差し指を当て、アリシアへ静かにとジェスチャーを送ると、アレンはもう一度周囲の様子に気を配る。


「やけに静かだ。鳥の声も、いつの間にか聞こえなくなってる。それに首元に感じるこの感覚、間違いない……」


 アレンはそっと腰にたずさえた長剣のつかに手をかける。


「間違いなく、何ですか?」


 きょとんとしているアリシアはまだ状況が飲み込めていないようだ。


「殺気だ。しかも結構な数がいるな。いつから俺らを狙っていたのかは知らんが、暢気のんきに立ち話を始めたもんだから気がゆるんだんだろう。」


「私たち、狙われてるんですか⁉」


 慌てて杖を構えて辺りを警戒けいかいするアリシア。


 しかし、周りに見えるのは木や茂みばかり。


「隠れて様子をうかがってるんだ。だが俺達に気付かれた事が分かれば、飛び出しておそってくるはずだ……。おい、確かさっきひらけた場所があったな?」


「ええ、数分前に通った河原ですね?」


「あぁ、そこまで走って戻るぞ。ここじゃ狭すぎる。大勢を相手にするには危険だ」


「っわかりました」


 うなずくアリシアにアレンはにやりと笑いかける。


「よし、走るぞ。ほら行け!」


 アレンの合図でアリシアは慌てて走りだした。


 ガサガサッという音に追われながら、急いで来た道を戻る。


 説教していた時の威勢いせいはどこへ行ったのか、今にも泣き出しそうに顔をゆがませながら必死に走るアリシア。そのあとにヤジを飛ばしながらアレンが続く。


「なにちんたら走ってんだ! 追いつかれるぞ、もっと気合い入れて走れ!」


「これでも全力で走ってるんです!」


 などと言い合いをしながら目的の場所へと急ぐ。


 やっとの事で河原に着くと、アレンはアリシアを背後にかばいながら長剣をさやから抜き、彼女の方を振り向いて言った。


「お前がどれだけ戦えるのかは知らんが、ここは俺に任せろ。見せてやるよ俺の実力を」


 息が上がってまともに声が出せず、ぶんぶんと首を縦に振り意思を伝えるアリシア。そんな彼女を尻目にアレンが視線を正面に戻すと、茂みの中から一斉に何かが飛び出してきた。

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