第四十三話 己との戦い

「──うあっ!」


 飛んでくる触手を全て弾く。切断することができないため休む暇もなく攻撃が来る。だが、攻撃自体は私が扱っていた時と全く同じ。故に単調であり読みやすい。

 後は、唯一攻撃性のある妖刀を右腕だけでどこまで扱えるかだ。


 最低限の動きで攻撃を回避し、回避しきれない攻撃は弾くを繰り返しながら前へと進む。そして意外にも、特に苦戦することもなく懐にまで接近する。


 ──ここだ!


 微かに見えた攻撃した後の隙を狙い、左手に持つ翡翠色の刀を前へ突こうと腕を動かす。そしてその刃は確実に彼の胸を捉えていた。


 だがここで私は、ここではそう言った確実さなど無意味だということを思い知らされる。


「なっ──!?」


 彼は私の翡翠色の刀による攻撃を、がしっと片手で掴んでみせた。しかも刀の刃をだ。


「ふんっ!」


 そしてそのまま、刃を掴んだまま刃に蹴りを入れられ刀を折られてしまい、私がバランスを崩したところに腹部に向けてもう片方の足での蹴りが来る。


「ぐっ……!」


 咄嗟に妖刀を使い防御すると、その刹那に腕が軽く痺れる程の衝撃と共に後ろへ吹っ飛ばされる。

 受け身は取れたが、その衝撃の強さから刀が手から離れてしまう。周囲を見渡して刀の場所を確認するも、その時には既に彼の出す影の触手に掴まれていた。


「侮ったな。俺はお前でも、お前とは違う生き方をしていた。戦闘スタイルが全く同じであるはずがない」


 確かにそうだ。彼は私と同じ存在ではあるが、今この時まで同じように生きてきたかと言われればそれは違う。私は私で彼は彼だ。戦闘スタイルなんて違いがあって当然だ。

 だが、その当然のことを見逃していた。下手をすればそのままやられていた。


 しかし、唯一彼から影を剥がすための刀が折られてしまった。折れた状態でも効力を発揮するかはわからないが、やってみなければそれは確信へと至らない。


「お前の武器は俺が持っている。この意味がわかるか」


 その瞬間、掴まれていた刀が握り潰される。そして刀は破片となって彼の出す影の手の上にある。

 武器が無くなったという事実も重要だが、考えるべきはこの後に来る攻撃だ。破片をあえて残したということは、恐らく──


「──!」


 その考えに至った時、彼も同時に破片を乗せた影の手を思いっきり私へ向けて振る。すると、無数の破片が私へ向けて飛んでくる。

 弾くことは不可能。数からして回避も不可能。ならば、やれることはただ一つ。


 私は体を縮こめ、頭を両腕で守る。ダメージを受けることを避けられないのならば、当たる範囲を狭めできる限り抑えるしかない。


「うぐっ……!」


 飛んでくる破片は妖刀のものと翡翠色の刀のもの。妖刀の破片は私の体を切り裂き、所々に突き刺さる。翡翠色の刀の破片は刺さりはしないものの体に強打する。攻撃性がなくとも、物体が体にぶつかれば普通に痛い。それに、その破片の硬さから元の武器に攻撃性があろうがなかろうと高速で飛んでくる。攻撃性の有無は関係ない。


 破片が全て過ぎ去り、体の所々から走る激痛に耐えながら頭を上げる。その時、私の視界に映ったのは球体状の影が飛んでくる瞬間であった。回避は勿論、咄嗟に動いたところで行動可能範囲全てがあの影の攻撃範囲内。

 少し遅かった。あと数秒、顔を上げるのが早ければ避けられていた。


 そして私は、その黒い影を全身で浴びた。


「くっ、この……!」


 命中した影は私を包こもうと外側から覆い尽くしてくる。私が必死に抵抗するも、少しだけ影が包み込む速度の方が早い。


「闇に飲まれろ。そして、もう休め」


 その言葉を最後に、私の視界は黒く塗りつぶされた。




 ──何も見えない。目は開いているのに、どうしてだ。


『死ね』『何故生きている?』『憎い』『妬ましい』『何故あいつだけ』『苦しい』『死ね』『憎い』『消えろ』『邪魔』『愛死てねる──


 かつて、ぶつけられた言葉の攻撃が頭を過ぎる。聞こえてもいないのに、自然とそういう感情を抱いてしまう。

 このままここにいては、いずれ狂ってしまう。


 どれくらい経ったのだろう。一分? それとも一時間? それとも一日か一年?


 わからない。時間の感覚が狂っている。周囲を見渡しても真っ黒だから当然だ。

 体は手足が何かに縛りつけられているかの如く重たく、いくら力を入れてもビクともしない。頭も同様だ。もしかすると、もう既に体は無くて意識だけしかないのかもしれない。


 私の心は殆ど諦めていた。私には影を払うような能力はないし、何より実力に差があり過ぎる。人を憎み、力のみを求めたのだから当然だ。私のような途中で死んではいないからここまで差が生まれる。


 もう休もう。私は負けた。全力で戦って、その結果負けた。だから誰も文句は言わない。


 ──だけど、何も償えなかったことが心残りだ。まだ、誰にも「ごめんなさい」と言えていない。

 でももう仕方がない。私はここで息絶えるしこの世界も滅びる。決していい人生では無かったが、私を許してくれる人達がいることが知れただけでも、私は……


『結果が全てですか?』


 そうではない。でも、今の結果を見ればそう思わざるを得ない。起きてしまった結果は変えることができない。


『本当に、そのまま死んでいいのですか?』


 良くない。だけど、もうどうしようもないじゃないか。ここから逆転できるような能力もないし、札もないから妖術も使えない。

 それに、もういいんだ。やれることはやった。それでいいじゃないか。


『──それを貴方は望んではいない』


 うるさい。


『まだ貴方は、心の底からは諦めてはいない』


 うるさい、うるさい! 私は諦めた、もう構うな!



『ならば、何故未だにを掴んでいるのですか?』



 ──その言葉を聞いて、私は何かを言い返すことができなくなってしまった。何故なら、未だに諦めていないという証明が、すぐそこにあったのだから。


 私の手に握られているのは折られた翡翠色の刀の剣先部分。唯一粉砕されずに済んだ箇所だ。そして、謎の声の正体は、一人称からしてこの刀だ。

 そういえば、私にこの刀を刺す時に仙狐様は誰かに呼びかけていた。その誰かがこの刀だったのだろう。確か……


「──メシア」


 声が出た。いつの間にか、開かなかった口が思うように動くようになっている。

 それだけではない。先程まで感じなかった体の感覚が全て戻っている。目には見えないが、まだ私という存在は残っている。


『……予備魔力を残しておいて、正解でした。そうでなければ、貴方は今頃本当に飲み込まれていました』

「これは、どういう状況……?」

『継続的に私の残存魔力を消費させ、私という存在に結合しては浄化を繰り返していました』

「そんなことしたらお前が……!」

『少し誤算はありましたが、何とか許容範囲内です』


 一方的に説明してくることからかなり急ぎなのだろう。現にだんだん声が薄れてきている。しかし、ただでさえ刀本体を破壊され、ボロボロなのにまだ存在を残せているとは驚きだ。


『──後は、貴方の意志次第です。このまま諦めるのも一つの手です。貴方の言う通り、誰も文句は言いません』

「…………」


 本当に、このまま諦めてもいいのだろうか。今は先程までとは違い、体の感覚がある。私の魔力は枯渇するが、あるだけの魔力をメシアへ流せば確実にここからは出られる。

 しかし、その後はどうする。果たして、魔力が枯渇した私が彼に勝てるかどうか。


『仙狐様は貴方を助けると言っていました。私はその意思に従っているだけのこと。つまり、貴方を守り助けることが私の使命でもあるのです』

「………」


 メシアの言葉を聞いて、私の脳裏には仙狐様の顔が過ぎる。

 こんな我侭な私を最後まで助けようとしていた仙狐様。仙狐様だけではない。ミラも、仙狐様と同じように私を本心から救いたいと思っていた。そして、私は救われた。


 だが、それだけでいいのか。救われたという結果だけで満足していいのか。


 ──いいわけがない。それに、こうしている間にも仙狐様の命の鼓動は消えつつある。


 それに、このまま負けていいのか。自分自身に負けて、昔の私の意思に負けていいのか。彼の考えを受け入れてしまってもいいのか。それが、今の私の望むことなのか。


 ──いいや違う。私はそれを望んではいない。


「私は……まだやれる……!」


 縛り付けられるように動かない手足に力を入れる。


 ここから出た後のことなんて、今は考えるな。先のことを考えて諦めようとするな。まだ、希望はあるのだから。


「負けられない。自分自身にだけは、絶対に!」


 そんな考えを受け入れてなるものか。今の彼の考えと行動は間違ったものだ。それを一番に理解しているのは、かつて同じ心境にいた私だ。


 ならば、その行動を阻止する。それが、今の私がやるべき事だ。


『その意思、確かに受け取りました』


 私はあるだけの魔力を全てメシアへと送る。すると、力が抜ける感覚と同時に手に握っていた刀の剣先が光を放つ。


『一時的に、私と貴方を結合します。それであの者に対抗する術を得ますが、それは諸刃の剣です』

「上等……!」

『──物質結合』


 その瞬間、異物が私の中へ入ってくる感覚に陥る。だが、不思議なことに気持ち悪さを感じない。

 そして同時に、メシアの記憶を読み取れるようになっているのか、この状況を打破する手段がすぐに頭に出てきた。


「うっ……ああ!」


 一瞬の痛みと共に全力で手足を持ち上げる。そして、私が影からの拘束から脱出すると影にヒビが入り、視界に光が射し込む。そしてそのまま光は大きくなり、やがて影をうち払った。


「ハァ……ハァ……」


 私が外へ出ると、彼はこちらを見る。その顔はまるで、有り得ないことが目の前で起こったかのような驚きの表情をしていた。

 彼の場所が影に閉じ込められる前からあまり動いていないことから、そこまで時間は経過していないらしい。


「まさか、自力で出てくるとはな」

「自力、じゃないんだけどね」

「運良く出れたか。なら、もう一度眠れ!」


 彼はもう一度私を影に閉じ込めようと影の塊を飛ばす。しかし、それを私は自らの生命力から生み出した光の剣で切り裂く。その際、体に一瞬だが激痛が走る。


「……お前、あの中で何をした」

「答える義理は、ない!」


 痛む体を無理矢理前へと突き動かす。そして、彼を倒すべく再び接近を開始する。


「行け……!」


 彼はそんな私を影で攻撃してくるが、その攻撃ごとに生命力から剣を生み出し切り裂く。


 これはメシアが自身に結合させ、メシアという存在を削って浄化していたあの技を応用したものだ。私という存在──つまり、生命力を削り浄化の力宿らせた光の剣を毎度の如く出現させている。剣そのものが浄化の役割を持っているので、当てれば影を即座に浄化することができる。


 しかし過信はするな。浄化と言えども、正確には生命力の一部を分離させ、自然に消え行く生命力と影に含まれる妖を結合し一緒に消しているだけだ。そして生命力とは所謂魂のようなもの。そんなものを分離するということは勿論、この技を使えば使うほど私と言う存在は壊れていくわけだ。一度出現させた光の剣は一度影とぶつけると消えてしまうので、決して乱用はできない。


「──その剣……それが、お前らの大好きな信じる人を守る力か?」

「いいや違う。この力はそんな言葉だけの力じゃない」


 この戦いは己との戦い。他人に対しての気持ちが入る余地はない。信じる人を守るだなんて、そんな正義の味方のような力は私には似合わない。

 私ができるのは、誰かを守ることではない。唯一できるのは、自分の敵である存在を倒すことだけだ。誰かを助けたり、巻き添えを食らって死傷するのは敵を倒す過程で生まれた事象に過ぎない。


 要するに、私が今持つ力は……


「──私がお前を倒すための力だ!」


 敵を倒す。そのためにしかこの力は存在しない。それに、この力は彼の扱う妖の力に対しては天敵。今の私は、彼を倒すことに全力だ。

 だが、それは彼とて同じこと。ここで手を抜く理由はない。


「俺を倒す、か。ならば、俺も言わせてもらおう」


 彼はこちらに向かって走り始める。影を使っての同時攻撃なんてことはせず、正々堂々と私へ向かってくる。


「俺達のこの戦いは……」


 お互いに間合いへ入る。そして、彼は足を踏み込み手を引き影を纏わせる。それに合わせて、私も同様の動作をして引いた右手に生命力を纏う。


「他の誰かの為のではなく、己の意志を貫き通す戦いだ──!」


 そして、彼の拳と私の拳はお互いの頬にぶつかった。

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