第四十一話 復讐の終わり
森の中を歩く。途中、残存している魔力が尽きかけていることから立ちくらみを起こす。じゃが、わしは前へと歩く。
「光が止んだ……」
先程までやけにチカチカと奥の方が光っていたが、いつの間にかその光も止んでいる。一体、何が起こっていたのか。
しかし、何が起こっていたかわからない中で、何故かわしには嫌な予感がした。それも、他の生き物達に対してでは無く、神子に対して。
その予感が更に酷くなる前に行かなくてはと、わしは前へ進む足を早めた。
──森の木々が立ち並ぶ道を抜けると、そこには沢山の人が倒れていた。しかし、全員をまだ息はあった。
そこから少し進む。その先には、必死に一人の人間を自身の影から守る神子の姿があった。
「──仙狐……様……」
神子がわしの存在に気が付き、涙目でわしを見る。その表情と雰囲気からして、今までの憎しみ支配されていた神子ではないと理解出来た。
「……なんじゃ、人間も中々やるではないか」
誰にも聞こえない程の小さな声で呟いた後に、わしは神子の元へと歩いて行く。わしが近づいて来ると、突然焦ったような顔をする。
「ダメです、来ないでください!」
「そうもいかない。わしにはわしの使命が残っとる」
「ダメなんです! この人を連れて、ここから離れてください!」
神子はそう言って倒れた人間から距離を取り、そこから影の動きを必死に遮る。その隙に、とりあえず神子が守っていた人間を抱えて一時的に後退する。
神子をここまで戻したのはこの人間のお陰と考えると、今この場でこの人間の命が失われれば今度こそあの影を分離させる機会はなくなる。
「……『治癒』」
今持ちうる札の最後の一枚を人間が負傷している腹部へ貼り付けそのまま妖術を発動させる。すると、みるみるうちに傷口が塞がっていく。
札に込められた魔力が一時的にこの人間の治癒力を向上させ、傷口を塞いだ。意識も時間が経てば勝手に戻る。
「……よかった」
救いたかった人間を助けられたことに神子は安心する。
「さて、後は神子だけじゃ」
「……まだ、私を助けようとするのですか?」
「当然じゃ」
再び神子に向かって歩き始める。すると先程とは違い、わしに向けて笑顔を見せる。
「もういいんです。私は救われましたから」
「………」
「この影達の制御はもう私にはできない。だからこれ以上近付かれると、また私は仙狐様を傷付けてしまう」
「そんなこと、承知の上じゃ」
その瞬間、神子の後ろにいた影が触手状に形状を変えわしに向かって攻撃を仕掛けてくる。わしはそれを右へ一歩出ることによって紙一重で回避する。その次に同じような攻撃が来るが、それも同じように左に一歩出ることで回避する。
誰かに制御されていない影は元が妖であるからか、自分の意志では単純な攻撃しかできないらしい。
このことに気が付いた後にわしは、一度きりだけ通用する神子への接近手段を思いつく。
「私を受け入れてくれる人がいるってわかっただけでも、満足ですから。だから、もう誰も傷つけないために、私はこの妖達と一緒に」
「──それは、神子が本当に望んでいることなのか?」
「……はい。それが、今の私がするべきことだから……」
「だったら、その涙は何じゃ」
「え……?」
神子はその言葉を聞いて、ようやく自身から流れる涙の存在に気が付く。言葉で自分を偽ろうとも、心から自分を偽ることはできない。感情が不安定であれば今の神子ならばなおさらじゃ。
「わしは、神子の本音が聞きたい。だから、わしの方から質問しよう」
一呼吸を入れ、そこから神子の目を見る。そして、わしは口を開き……
「──ぬしは今、生きていたいか?」
真剣でありながらも今までと同じように、何も変わらない話し方で問い掛ける。何も起こらなかったかのような、平和な日常を過した時の穏やかな表情で。
「──はい」
わしの問いに、涙を流し声を震わせながら答えた。
その答えが聞けて安心した。もしも、心から自身の犠牲を願っていたのならば、わしはその意志を叶えるべく殺さなくてはならなくなっていた。
「……でも、もうダメなんです。そうする以外に方法はないから」
「なら、後はわしに任せろ」
その言葉と共にわしは神子に向かって真っ直ぐ走り始める。それとほぼ同時に影による攻撃が激しくなってくる。
その攻撃を刀で弾き、弾ききれないものは回避して行く。完全に避けきることが出来ずに幾度か影の攻撃が体を掠め、わしに徐々に傷をつけて行く。
「もう放っておいてください! そこまでして、私を助けようとなんてしないでください!」
「生きたいと涙を流しながら言われたからには、必ず助ける!」
後のことは考えるな。助けに行った後の結果を考えるな。
ただ自身の思いを貫き通せ。今この瞬間、自分のすべきことだけを考えろ。
「メシア、準備はよいな!」
『既に準備は完了しています。しかし、二回目以降は向こうも接近できないよう対策を講じてきます。ここまで接近できるのはたった一度きりです!』
「上等!」
神子までの距離が残り十歩程度の辺りまで近づくと、影が突然行動を変化させわしの周囲とその上から攻撃を仕掛ける。
退路を絶たれたことから回避は不可能。そして、今のわしの刀では精々切断出来て五尺程度。一か八か、強行突破するしかない。
──そう思い刀を構えた途端、背後から見覚えのある眩い光の玉が飛来し、影を消滅させた。
光の玉が飛んで来た背後を見ると、先程安全な場所まで運んだあの人間が腕を前に突き出していた。光の玉を飛ばしたのはあの人間で間違い。
「ハァ……ハァ……前に進め、そこの妖狐──!!」
そう言った後に、人間は膝を着く。以降の援護を期待することはできない。
じゃが、先程の援護のお陰で無理に体力を使うことも無く更に接近することが出来た。そして、既に刀が届く間合いに入ることも出来た。
翡翠刀を抜こうとした瞬間、唐突な影の攻撃がくる。接近したことによって攻撃のタイミングが読みずらくなっていたわしは、その攻撃を辛うじて刀で受けるも反動で手から刀が離れてしまう。
攻撃性能が皆無の翡翠刀では弾く際に影へのダメージがないのですぐ様反撃を受けてしまう。もう攻撃を防ぐ手立てはない。
──それがどうした。防ぐ手立てがないのならば、早期決着に持ち込むまでじゃ。
翡翠刀を抜き、先程の攻撃でほんの少し離れた距離を埋める。瞬間、先程の奇襲が有効と学んだ影が同じように至近距離で触手を伸ばし、攻撃を仕掛けてくる。
しかし、同じ攻撃手段を二度も受けるほどわしも馬鹿ではない。
「──っ!!」
僅かに攻撃を受けたことで破れていた着物を無理矢理引きちぎり、それをその場で投げ捨てる。影達はその破れた着物に向けて一斉に攻撃するが、そこには既にわしはいない。
着物で姿をくらまし攻撃を回避したわしは、翡翠刀の刃先を神子へ向ける。
「神子。ぬしの復讐物語も、これで終結じゃ」
「──はい」
影が周囲から迫って来る中、わしは翡翠刀を神子の胸へそのまま突き刺した。
『──
突き刺すと同時にメシアがそう言うと、翡翠刀が刺さった神子の胸が翡翠色に光る。そしてその光が広がっていき体全体に行き渡ると、神子の体から黒色の影が現れ、完全に影が分離された神子からは、先程まで感じていた禍々しい雰囲気が消えていた。
影が分離されると、神子は力が抜けたかのように倒れてくる。それをわしが受け止め、そのままゆっくり地面に寝かす。
「大丈夫か?」
「……はい。しばらくすれば、自分で立てます」
「そうか」
無事に神子と妖を分離させることに成功した。後は、翡翠刀を使い翡翠刀と妖を結合させ、使命を終えたメシアが一緒に浄化してくれる。
最後の最後までこの刀の力に頼ってしまうが、わしに託された刀なのだからその使命を果たさなければ。
「さて、後は」
分離させた影を翡翠刀に結合しようと立ち上がり、分離した影が倒れた方を見る。
しかし何故かそこには、分離させたはずの影の姿が全くなかった。
「っ──!?」
その刹那、腹部に強い衝撃と共に痛みが走る。衝撃が来た腹部を見ると、黒い触手が二本ほど、わしの腹部から飛び出していた。いや、
触手が体から抜かれると、わしは痛みが走る腹部を抑え、そのまま膝を着く。
「仙狐様……!」
「……ぐふっ」
その様子を見ていた神子がわしに声をかける。何か返答しようと声を出そうとすると、声ではなく血が口の中から出てくる。
見ればわかる。この出血量は致命傷じゃ。
「──残念だが、まだこの妖達を浄化させるわけにはいかない」
聞き覚えのある声が聞こえる。振り返ると、そこには白狐の看病をしていたはずの黒い妖狐が立っていた。それも、先程までの神子同様の禍々しいオーラを纏って。
「ぬしめ……。これが目的……じゃったのか……」
「無論。そいつが使っていた妖達を取り込むことが、俺の目的だ。まあ、これは目的の過程であるだけだがな」
わしが神子と分離させるまで、ずっと何処かに身を潜めていたのじゃろう。そしてチャンスが出来た今、分離させた影達を取り込んだ。まんまとわしは利用されたということじゃ。
「神子……」
徐々に遠くなる意識の中、地面に寝かせた神子に手を伸ばす。あと少しで届くという所で、わしは意識を失った。
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