第四十話 私が望んでいたこと

闇夜の森に溶け込んだ影を伸ばす。だが、その影は瞬時に消滅させられる。


「……は?」


 あいつは今、何をした。影が光に多少弱い性質だとしても、元々が妖で構成されている。光だけでは消滅なんて絶対にしない。


「驚いた? 魔法を飲み込む性質のそれが、まさか返り討ちに遭うなんて思わなかっでしょ?」

「なんで、なんで魔法なのに、こっちが負けるの!」

「私のこれは特別な魔法。攻撃力がないから生き物に対しては目くらまし程度にしか使えないけど、その影が光に弱いって言うのなら別の話」

「そんな魔法聞いたことない!」

「だろうね。だって、この世界でこの『聖光魔法せいこうまほう』を使えるのは私だけで、特に強くもないから世の中に広まってない。要は未知の魔法だからね」


 私は影を様々な形に変形させて攻撃するが、全てミラの体に触れる前に消滅する。自身の魔力をさらに込めて影の強化をして攻撃するも、消えるまでの時間がほんの僅か伸びただけ。


 このままだと、負ける……!


 私は焦っていた。この力を得てからの初めて現れた天敵に。真正面からの勝負で押されているという事実に。

 だが、どんな魔法にも必ず魔力を消費する。これだけ撃ち合っていればいずれ魔力も切れる。ミラの魔力の貯蔵量は有限でも、私の貯蔵量はほぼ無尽蔵にある。


「例え、一時間や一日掛かっても、私より微量な魔力量では」

「──勝てないって言いたいんだろうけど、それは勘違いだ」

「強がっても無駄! そんな未知の魔法を使っても魔力は使うし、いずれ無くなる!」

「だけど、この魔法は少し違う。消費する魔力は他の魔法と同じでも、その魔力の供給源が違う。私の聖光魔法はこの世全ての光から魔力を生成し、そこから初めて発動できる。要するに、この世界のどこかに光がある限り、私は無限にこの魔法を使える」


 その言葉を聞いて空を見上げる。そこにあるのは星が輝く夜空でこの場所にある光はミラの放つ光のみ。光なんて微量に輝く星だけだ。ここらの町の灯りを含めても、そんな僅かな光であれだけ大きな光を生み出せる程の魔力を精製できるはずがない。


 ──いや、もしもこの世界が私が元いた世界と同じ形であれば話は別だ。ここが夜の場合、こことは真反対の場所には日が昇っている。

 つまり、光が存在している。その光からも魔力を生成できるのならば……いや、そうとしか考えられない。でないと、あれだけ大雑把に魔法を発動しても魔力が切れないことに対して辻褄が合わない。


「大体の魔力は世界中から集めて、それを魔法という形にするだけの微量な魔力を私から出せばいい。だから、私の魔力にはまだまだ余裕がある」

「ずるい……そんなの。何もかも優秀で、自分だけの何かがあって。みんなずるい!」


 影を伸ばす。しかし消される。数を増やしても全てにおいて対応される。


 どうして、どうして包み込めば消せるような光に負ける。どうして内側からの光に負ける。どうして……


「どうして、わたしを倒すためだけに特化した魔法を、こんな都合良くお前が持ってる!?」

「こればっかりは生まれつきとしか言えない。だけど、私はこの魔法のせいでこれまでの人生かなり苦労した」

「だから何!? 例え私以外の人も苦労していたとしても、結局は他人事だ!」


 ──既に百もの攻撃が防がれた。それでもなお、まだミラには余裕があるように見える。


 いつも上手くいかない。必ず誰かが邪魔をする。まるで、私のしている事は常に間違いであると決められているかのように。

 どうしてそこまでも私のすること全てを、この世界は止めようとする。私は自由では行けないのか。誰かに縛られずに、自分の思ったことをしてはいけないのか。


 そんなの、あまりにも理不尽だ。人間達が適当に理由を付けて好き勝手してるのに、どうして私だけが許されない。


「何でいつも上手くいかないの……。どうしてみんなだけ幸せになって、私だけが踏み台にされるの!?」


 心から叫ぶ。感情に任せて言った言葉は、まるで子供の言う我侭そのものだ。

 そして、その我侭を受け入れて納得できるような返答を期待した。この人は、私のことを助けようとしている。だからこそ、この人は私の言うことを理解してくれる。



「──それで満足した?」



 返って来たのはとても冷たい言葉。


「……は?」


 その予想外の返答に唖然とした。そして同時に、怒りが込み上げてくる。


「結局、君がしてきたことはただの我侭だ。復讐でもなんでもない。その考えを他人に押し付けているだけ」

「………」

「それに、君は自分以外は幸せだと言っているが、少なくとも私は、今まで自分が幸せだとは思ったことは無い。君が思ってるよりも、幸せな人なんてこの世には存在しない」

「……そんな言葉ばっかり……幸せな人程そう言う」


 幸せじゃない幸せじゃない。そういう人程よく笑顔を見せる。笑ってへらへらとして、何も知らないで楽しそうで。


「そんな人ばかりだから、私は人間をやめた! 人を殺した!」


 怒りで目の前が赤くなる。

 私がこうなっても、自分には関係ない。勝手にやって勝手に満足して、幸せを手に入れたのかと言われた。


 手に入れられるはずがない。憎い誰かを殺して得られるのは一瞬の快楽のみ。幸せなんて程遠い。


 だからやめる、なんてことは許されない。引き返すことは出来ないし、私自身が引き返すつもりなんてない。コイツらは許してはならない存在だから。


「私から何もかもを奪った奴らが、私の何がわかる!」

「わかるわけない。私は私で君は君、誰かの気持ちを真に理解できる生き物なんていないんだから」

「──もう、いい……こんな……こんな、誰もわかってくれる人がいない世界なんか──敵ばっかりの世界なんか消えてしまえばいい!!」


 体の中にある魔力を全て絞り出し、まるで津波のように影を動かしミラを飲み込もうとする。


 これで終わりだ。もうこれ以上、私を見てくれない人達は見たくない。この攻撃でここにいるヤツら全員を飲み込んでやる。


 怒りのまま我を忘れて影を伸ばすと同時に、ミラは光の玉を作る。そして……


「──『イルミネイトダークネス』」


 その一言を引き金に光の玉は夜空を明るくする程のとてつもない光を放つ。それにより、津波のように襲い掛かる影が一瞬のうちに塵一つ残さずに消滅する。そして、私の視界も光により遮られる。


「うっ……」


 痛い。とてつもなく痛い。

 まずい、早く次の攻撃の準備をしないと。でも、痛くて体が動かない。言うことを聞いてくれない。


 ──光が止む。そこで最初に視界に写ったのは、私が拘束した男が持っていた剣を向けるミラの姿。


 ミラはの魔力を無力化できる。だから、今までみたいに傷を回復することは出来ない。だから、ここで刺されれば間違いなく私は死ぬ。


 ──死ぬ? 


 この狂った世界から開放されるのだから別に良い事じゃないか。

 なのにどうしてここまで死ぬことに躊躇いがある。どうしてここまでと思う。


 わからない。一体、何が私をそう思わせる。

 憎い種族に殺されることに嫌悪感を抱いているのか?


 いや違う。この思いは憎しみによるものじゃない。だったら、この思いは──


 その答えが出る間もなく、ミラがやって来て私に剣を……


「──あ、れ?」


 ──刺されることはなかった。そして、恐怖の代わりにやって来たのは、懐かしい暖かさだった。


 気が付けば、私は抱き締められていた。


「……やっぱり、私に君を殺すなんてことはできない」

「──なん、で」

「君は、私の弟にそっくりだった。見た目は違えども、その気持ちがよく似ていた」

「………」


 たった一度だけ、ずっと前に感じたことのある心の温もりに、唖然とするしか無かった。

 すぐにでも影に魔力を回して攻撃することは出来た。だけど、体も意思もそうすることを望んではいなかった。


「私の弟は人を恨みながら処刑された。何の罪もなかったのに。私は、それをただ見ている事しか出来なかった」

「……私は、お前の弟じゃ」

「わかってる。アイツはアイツで君は君だ。それが理解出来ていても、こうやって体が勝手に動いていた。殺そうとなんて、心で思っても体がそれを拒む」


 胸が痛い。心が痛い。締め付けられるような感覚。とても、苦しい。


「……今まで、よく頑張ってきた。辛かったな。苦しかったな。だから、もういいんだ。それ以上自分を追い詰めるな」

「ミラ……さん……」


 ああ、そうか。どうしてここまで、死ぬ事が怖かったのかがわかった。


 いるかもしれない自分を受け入れてくれる人と、離れたくないと思ったからだ。誰かにこうやって、今までのことに「頑張ったね」と言われたかったんだ。


 この憎しみを浄化して欲しかったんだ。


「君にはもう、そんな力は必要ない。だから……そんな力は捨てて、今度こそ、君の生きたいように生きてくれ。それと、最後に──」


 その瞬間、突然私を抱き締めていた力が弱まった。声も段々と弱弱しくなっていく。


「──あの時、結果的にだけど、騙すようなことになって、ごめんね……」


 その言葉を最後に、ミラは膝から崩れ落ちそのまま地面に倒れた。一瞬呆然としていた私はしばらくして我に返る。


「……ミラさん?」


 しゃがみこんで倒れたミラをよく見てみると、腹部から血を流していた。一体どこで負傷していたのかはわからない。

 でも、少なくとも私はやってない。私の攻撃は全て防がれてたし、この瞬間には攻撃すらしていない。あれ、でもあの時はミラは怪我一つしていなかった。なのに、どうして急に負傷した?


 何が何だかわからず呆然としていると、徐々に影が倒れたミラに近づいていく。そして、ミラを包み込もうと影を広げていく。


「──!」


 その行動が、影がミラを捕食するための行動だとわかった時、私の体は知らず知らずのうちにミラをその陰から遠ざけていた。


「だめ! この人は食べたら!」


 勝手に動く影に向かって、なぜこの言葉を発したのかはわからない。だけど、この人は死なせてはダメだと本能が訴えてきている。


「……もしかして、負傷させたのは……」


 影の私の意思を無視した行動からして、一体誰がどうやってミラを負傷させたのかが容易に推測出来た。そして同時に、とてつもない罪悪感が私を襲った。

 影が攻撃したということは私が攻撃したも同然。自分を受け入れてくれた人を、今度は私が裏切ってしまった。その事実に、あの時のような自殺衝動に駆られる。


 だが、まだミラは生きている。誰かがここに来るまで、抑えが効かなくなったこの達を食い止めなければならない。それが、私が今やるべきことだ。


「やめて、勝手に動かないで……!」


 私から溢れていた負の感情のお陰で今までコントロール出来ていた。だからきっと、その負の感情自体が薄らいできたからこうやってコントロールができなくなったんだ。

 ここまで心が動いてしまったのだから、もう何もかもを憎んでいた私には戻れない。もう一度、この影達を操るのは不可能だ。


「うぐっ……!」


 影に体を殴られる。自身の命と直結していることを理解しているのか殺さない程度に殴り、ミラの体をかばうように覆いかぶさった私を退けようとする。

 だが、決して手は離さない。ここまで来て、憎んでいた人間を守るだなんて影達からすれば裏切り行為だ。こうやって殴られて傷つけられるのも理に適っている。これが今までしてきたことに対する仕打ちなら、私はそれを受け入れる。


 さっきまで戦っていた猫族やエルフ、そして拘束していた男も今は気を失っている。もし仮に意識があったとしても、助けることなく私を殺すだろう。

 ここまでやって誰かが助けてくれるとも思わない。だけど、きっと誰かが助けてくれるというほんの僅かな希望も持っていた。


「誰か……助けて……!」


 私の小さくて悲痛な叫びは、そのまま闇夜を流れる風によってかき消された。


 ──その瞬間、誰かの足音が聞こえた。

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