第三十九話 黒の猫族との決着

 神子の痕跡を辿って森を歩く。周りは変わらず木しかないが、わしからすれば馴染みのある場所であった。


「まさか森の中心にいるとは……」


 森の中心には定例会を開いていたあの大木があり、同時に人間達との戦いが始まってからの本拠点となっておる。


『前方、強力な魔力反応です』

「………」


 メシアがそう言った刹那、わしの視界に黒い人影が映りこんだ。そしてその人影の正体がはっきり見え始める。


「……レーナか」

「仙狐、お前なら必ず来ると思っていた」

「何故生きておる、ぬしは確か……」

「確かに私は妖……いや、神子に食われた。だが、次は神子によって蘇らせられた」

「やけに色が黒くなったのはその影響か」


 凄まじい殺気。そして、まるでこの先には通さないと言わんばかりに道のど真ん中に立ち塞がっている。これらのことからわかること。それは、今のレーナはわしの邪魔をする敵であるということ。


「……最後に聞く。どうしてもそこを退く気はないんじゃな」

「無論。今の私は神子のために動いている人形。そう命令されたからには従うのが道理。だけど、そこから前ではなく後ろに回って一歩出るなら、私と仙狐が戦うことはない。もし仮にそこから前に出た場合、即座に攻撃する」

「上等じゃ。帰るつもりで来るわけなかろう」


 そして、わしは右足を前へと踏み出す。


 ──刹那、猛スピードでレーナが剣を抜いて接近して来る。それに対してわしもいつもの刀を抜き、レーナが振り下ろしてきた剣の刃にぶつける。


「それにじゃ。ぬしは既に死んだ身。そんな奴が、わざわざ蘇ってまでわしの邪魔をするな!」


 レーナを倒す……いや、殺すことに躊躇う必要は無い。既に死んでいるのじゃから、本来あるべき道へと戻してやる。


 救うことは出来ない。神子による支配が精神的なものからならば翡翠刀を使えば可能性はあるが、それはできない。翡翠刀の能力の使用は一度使うと精霊であるメシアの使命が達成され消滅、能力の発動には多大なる魔力が必要になるため、メシアのサポート無しでは発動自体それっきり不可能になる。

 この能力は神子に使う。じゃからこそ、レーナを助けるなんて考えはしない。わしが助けるのは神子だけじゃ。


「妖術『炎舞』──!」


 わしの周りから魔力で構成された炎の蝶が辺りを舞い木々を燃やして動きの制限を謀る。しかし、蝶が木々に火を点ける前に、全ての蝶が水の魔法が纏われた矢によって撃ち落とされる。


 何となくじゃが、以前よりも動きが鮮麗されている。全て最低限の動きで最大の威力を発揮している。

 お互い、一撃でも被弾すればすぐに決着が着く。


「もう一つ腰にある剣は使わないのか?」

「生憎じゃが、これはレーナ用ではなくての。それに、今のままでも十分渡り合うことはできておる」

「舐められたものだな。だが、いつまで余裕でいられるかな!」


 レーナは弓の弦を引き三本の矢を放つ。それらは光を吸収するかのよう程に黒く、同時に通常の矢よりも攻撃力を増していた。


 一本目──事前に貼り付けていた札から妖術『氷風』を発動させ無力化。

 二本目──刀を振り上げ弾き落とす。

 三本目──振り上げた刀をそのまま振り下ろし弾き落とす。


「まだまだ行くぞ!」


 三本の矢が元から全て防がれることを知っていたのか、三本目を防ぐ以前にさらに矢を放つ。それもそのはず。レーナはわしとの面識は猫神とその神子の次に多い。それに、誰しもがこの程度ではわしを倒せないと思うことじゃろう。

 常に一歩先を行く者が勝敗を制する。それが戦闘においての常識じゃ。

 それを知らずに自身の力を過信し少しでも相手の技量の見極めを誤ればその時点でその者は敗北者となる。戦闘という今に集中するのも大事じゃが、その中で渦巻く考えはを読むことも大事なのじゃ。


 ──刃がぶつかる。その刹那、また刃がぶつかり火花が散る。それがひたすらに繰り返される。


 レーナは恐らく自身の体に流れる魔力を操り身体的な強化を施しているはず。そしてわし自身も、魔法ではなく妖術による効果で一時的な身体能力の底上げをしている。


 お互い、本気の殺し合いをしている。


 挑発的な言葉の交わり以外に声はない。何故なら、少しでも気を抜けば一瞬で決着が着くような勝負で、挑発的な言葉以外の言葉は油断しているに等しい。


 これは単純な力較べだけでなく、精神的な強靭さでも競っている。どちらかが先にボロを出せば、その時、積み重ねたものを蹴り飛ばした時のように一瞬で崩れ落ちる。


 ひたすらに耐えろ。この命を賭けた我慢比べに。


「埒が明かない……ならばここで勝負に……っ!?」

「──!」


 一度距離が開きレーナが勝負に出ようとした途端、レーナの足元に紫色の茨がまとわりつき動きを止めた。


 これを、この瞬間を待っていた。


 わしがただひたすらに斬り合いをしていると思ったら大間違い。隙ある度、密かに地面に札を貼り土を被せて隠していた。

 札から発動する妖術は『茨束縛しそくばく』。文字通り発動すると茨が辺りに伸び、物体を拘束する。


「この程度の足止めで!」


 拘束するもすぐさまレーナは魔力を放出し茨を振り払う。やはり茨程度の簡易的な拘束妖術では精々動きを止められても三秒ほど。


 だが、その三秒という時間でもわしには十分な準備時間じゃ。


「──来るか!」


 永遠に続く斬り合いの中、僅かに時間を稼ぎ作るということは、この斬り合いを終わらせる一撃の準備に他ならない。

 わしが少し早くにこの斬り合いの中体内に蓄積していた魔力を全て右腕に集中する。右腕にはこの魔力の他に、既に全属性最高の攻撃力を持つ妖術を発動する札を貼り付ている。


 対するレーナも即座に弓を構える。そして、そこに矢ではなく剣を引く。

 あまりにも意外過ぎることだが、気が付けばその剣は形を変え、一本の漆黒の矢になっていた。その矢からは今までに感じたことの無いほどの禍々しいオーラを感じた。それにこの魔力の濃さと溢れ出している量からして、尋常でない破壊力を秘めている。


 間違いなく、お互いに出せる


 多量に放出される魔力が突風を引き起こし、同時に稲妻が辺りに走る。


「妖術──」


 手の平を広げ前へと突き出す。その瞬間、わしの視界は白く染る。


「『世界をフィリイン──」


 それとほぼ同時に、レーナも技の準備を終え矢を引ききっているのが僅かに見えた。その瞬間、わしの白い光を遮るように黒い光がレーナの姿を隠す。


「『星光照せいこうしょう』──!!」

「──黒く塗り潰せバクワールド』!!」


 放たれる二つの光。一つは白い光を切り裂きながら、もう一つは黒い光を包み込みながら、光は衝突していた。

 しかし徐々にではあるが、黒い光が白い光を押し返していた。このままでは押し切られるのも時間の問題。


 わしの最大レベルの妖術は継続して魔力を放出し続けることに意味がある。それに対してレーナの矢は一発放てばそこから体を動かすことが可能。今は多大な魔力を消費したことで膝を着いているが、いずれは立ち上がる。

 まさかここまで魔力量に差があるとは思わなかった。流石は神子と言うべきか。


 じゃが、すぐにやられるわけにはいかない。それに、わしの妖術はまだ終わりではない。


「今じゃウル!」


 わしの合図と共にウル率いる数匹の狼がわしの後ろへ着く。


「全ての狼よ、己の魔力を仙狐様へ送るのだ!」

「了解!」


 左腕を後ろに向けると、ウルが噛み付く。更にそこから他の狼達も噛み付き始める。かなり痛いが、同時に魔力が回復していくのがわかる。


「助かった。後はここから離れて休め」

「わかりました……」


 魔力を行動可能ギリギリまでわしに送った狼達は、今出せる全力を出してこの場から離脱する。

 ある程度回復した魔力を妖術発動中の右腕とは逆の左腕に集中させる。左腕には既に右腕同様に札は貼られている。


「妖術──」


 噛み付かれたことで血塗れになった左腕を前へと持って行き、集中させた魔力を解放する。


「『闇祓やみばらい』──!!」


 発動中の『星光照』と組み合わせると、星光照の周りに緑色の光が渦巻き始める。二つの妖術が合わさったことにより更に威力を増し、『闇祓い』の効果が加えられる。その効果は──


「──っ、矢が!」


 矢に纏われていた漆黒の魔力が拡散していき、その魔力がわしの『星光照』と組み合わさる。そして魔力を拡散された矢は元の剣の姿に戻り、わしの妖術によって吹き飛ばされた。


 『闇祓い』──文字通り闇を祓う妖術。本来の使い方としては僅かな魔力を込めて発動し、対象者にこれから起きるであろう厄災を祓うといったもの。言い換えれば厄祓いじゃ。

 しかし、この妖術に通常よりも多く魔力を込めて発動させると、それは単なる厄祓いではなくなり、負の感情を浄化する妖術へと化す。


 今起きた現象は、矢に纏われた妖の魔力──つまり、負の魔力が浄化されたのじゃ。


 わしの『星光照』を遮るものは無くなり、一気にレーナの元に向かって飛ぶ。しかし、レーナに届くまでに『星光照』は突然爆発を起こす。

 恐らく、本来交わることの無い光と闇が無理やり交わろうとしたことで爆発が起こったのじゃろう。


 爆発による爆風で土埃が舞い、お互いの視界を塞ぐ。


 ──じゃが、既にこの時、勝負は着いていた。


「──っ!」


 砂埃が突如として晴れる。

 きっと今頃レーナの視界には、砂埃が晴れるほどの勢いで目の前に突っ込んできたわしの姿が写っているはずじゃ。


 砂埃で視界が遮られようと、わしら二人はお互いの位置を把握していた。じゃから、例え相手が見えなくても接近戦に持ち込むことは可能であった。


 魔力が切れた状態のレーナは動けない。しかし、一度魔力を回復したことで余裕ができたわしはまだ動くことが出来る。

 たったそれだけのことで、わしらの勝敗を分けた。


「トドメじゃ!」


 手に持った刀を辛うじて防ごうとするもレーナが持ちうるのは弓のみ。防げないことを悟ったのか、レーナは弓を手放し──


「──私の……負けだ……」


 自身への一撃を受け入れた。


 そのままの勢いでレーナを押し倒す。しかし、レーナからは抵抗しようという意志を感じられなった。


「これは……」

「矢の魔力を払ったものと同じ妖術じゃ」

「そうか……。ちゃんと、私を完全に殺す策を立ててきてたのか」

「………」


 左腕に貼った『闇祓い』の札の、残りの効力を刀へ回しレーナに流れる妖の負の魔力を浄化していく。そして同時に、負の魔力で構成されていた体も徐々に消えていく。


 肉体が無くなれば再び生み出すことはできない。それは、妖を取り込み多量の魔力を手に入れた神子でさえもだ。あくまで魔力で本来の体に似た器を作ったに過ぎない。その魔力が浄化されれば、魔力による物質の固定が困難になり、形作っていたものは全て崩壊する。


「……仙狐」


 自身が消え行く中、レーナはわしにそっと呼び掛ける。その呼び掛けはあまりにも柔らかな声で、わしはそのような話し方のレーナを知らない。それ故、わしはレーナに対して、悲しみを感じた。


「何じゃ?」


 わしは呼び掛けに応じる。最後の立会人として。そして何より、わしの友の一人として、呼び掛けに応じるべきじゃ。


「遺言とかは私の性に合ってないけど、これだけは言わせて」

「………」


 これが最後の言葉になるとレーナは感じたのか、ゆっくりと右腕を星々輝く夜空へ向け……



「────必ず、神子を救ってみせろ」



 そして、満足気な笑顔をして完全に消滅した。最後に見せた表情は冷酷なものではなく、いつも見せていた真のレーナのものであった。


「言われるまでもなく、救ってみせるとも」


 残存魔力は僅か。本来ならば休息を取り魔力を回復するべきなのじゃろうが、わしは前へと進む。

 早く行かなければ取り返しのつかないことになる。それは既に経験している故、確信が持てる。

 それにこれ以上、神子に罪を負わせるわけにはいかない。

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