第三十八話 責任

 ──ほんの一瞬だった。


 辺りが闇で包まれた刹那に闇は晴れる。僅か数秒という間であった。

 そんなあっという間に過ぎるほどの時間で、今私の目の前ではエルフの男と猫族の女と人間が膝を付いて、今にも倒れそうな程傷を負っていた。


「……まさか、これ程とはな……」


 人間……あれ、誰だっけ……まあいいや。とりあえず、誰かが私に向かって言う。


 最初の時と少し前の時、この二回は完全に私が弱かったために簡単に負けてしまっていた。

 しかし今はどうだろうか。ほんの一瞬のうちにエルフで最も強い人と猫族で最も強い人と人間で最も強い者を簡単に再起不能寸前まで追い込むことができた。


「だが、まだ終わらん……!」

「どうせ、お前の帰る場所はないんだから、死んだって誰も困らないよ」

「元から、俺の帰る場所なんてない。勿論、お前のような化け物には尚更な」


 人間は剣を構える。その剣には魔法が纏われているのか、特殊なオーラを肉眼で捉えた。白くて明るい、人間という種族には似合わない光だ。


「せめて、腕の一本や二本は貰っていく!」


 そして人間は何も構えず隙だらけの私に向かって来る。間合いに入った瞬間、人間はその剣を振り上げ私へ振り下ろした。


 しかし、その剣は私の額に触れるギリギリところでピタリと止まる。


「うぐっ……!」


 先程の攻撃で付着させた影の一部を広げ、そのままバジルの体を拘束したのだ。魔法攻撃は取り込めるし拘束された者はまず動けないので抜け出すことはほぼ不可能。


「ずっとお前が憎かった。私が好きなものを全て奪ったお前が!」


 最初は私が唯一見えた希望を潰し、二回目は私が好きになったこの森を襲い、森の平穏を潰した。一体、どれだけ私から奪えば気が済むのか。


 そんな人間は、何も言わずにずっと黙っている。


「何か言ったらどう?」


 早く、その口から命乞いを聞かせろ。その人間達から強さだけで慕われるこいつから、情けない命乞いを言わせてやりたい。


「俺から言えるのは……」

「………」

「──勝手に思い上がっておけ。お前の行先は破滅だ」


 この男が言ったのは、相も変わらず命乞いではなかった。プライドが高いのか、敵には命乞いなんて絶対にしたくないらしい。


 もういいや。こいつの情けない姿を見れないのなら、こうして生かしておく理由もない。私の方が強いから、生殺与奪の権利は私にある。


「さようなら」

「うぐっ……あが……」


 影で縛っている人間をより強く締め付けていく。そのまま体の骨を砕き、痛みで声に出ない悲鳴を上げる。


「それ以上はやめて!」


 トドメに首の骨を折ってやろうとした時、その声は聞こえた。聞き覚えのある女性の声だ。


「……誰」


 声もわかる、姿もわかる。しかし、唯一名前だをけ思い出せない。どうしてだろうか。


「バジルを離して」

「質問にはちゃんと答えて。そうしたら考える」

「……ミラよ」


 ミラ……ミラ……あー、そんな感じの人間が確かいた。私を騙してこの人間に始末させようとしていた人だ。そういえばこの人もこいつと同じではないか。


「私を一度罠にはめて殺そうとした奴が何、また殺そうとここに来たの?」

「ってことは、やっぱり姿は違っても君なのか。フジハシユウキ君」

「──? 誰のこと?」

「……あの時は、本当にすまなかった。まさか別ルートで、バジルがあの道を捜索していたなんて思わなかったんだ」


 あの時──私が妖狐へ種族を変えたきっかけでもあるそのバジルとか言うやつに殺されかけた時のことだ。いや、正確にはもうそこで人間の私は死んでいた。

 しかしそうだとしても、結果的にこの人が私を殺そうとしたという事実は変わらない。自分勝手な判断だとしても、私は人間という種族を許さない。


「その目……やっぱり、私も許されないか」

「人間は何があっても許さない」

「罪のない人まで殺すな、なんてことは言わない。それくらいにまで、君の憎しみは大きいものってわかってる。それに、私自身が君を悪だとは思っていない。どちらかと言うと、君をそうしてしまったきっかけを作った私の方がよっぽど悪だ」


 ミラは着ていたローブを脱ぎ捨て、まるで剣士のような格好になる。魔法を主に使う戦法を得意としている割には、魔法攻撃力よりも機動力が高そうな格好だ。


「私には責任がある。だから──」

「もしかして、私がこうして化け物になったのが、この世界に来てからの一時だけが原因だと思ってる?」

「…………」

「わかってない、よね。知ってたよ、そんなこと。だって、人間の頃の私をほんの一部しか知らないもんね」


 少なくともミラが知っているのは、私がとりあえず特別酷い扱いを受けていたことと自身が今の私を作った原因であること。

 しかしその原因はほんの一部のこと。他にも様々な要因がある。ミラが負える責任なんてほんの少しのことだけ。


「何も知らない癖に、責任があるだとか。結局、自分の都合の良いように解釈して言ってるだけ」

「それは違う!」

「いいや違わない。みんな自分がしたいことに適当にそれっぽい理由を付けてるだけ。私を殺そうということに、世界を救うからとか罪を償わせるためとか責任があるからとか。結局、自分が殺されるのが怖くて後から考えた理由ばっかり! 根本的には何も変わらない!」

「待って、話を──」

「聞かない! そんな作り話ばっかり、もううんざり!」


 これまで聞いてきた話のほとんどが嘘ばっかり。誰も本当のことなんて最低限しか話さない。自分にとって都合のいいことしか言わない。

 私だって、嘘ばっかり付いてきた。だけど、私の場合はその全てが偶然居合わせた者によって真実を伝えさせられていた。


 どうしてこいつらだけ、そんな自分勝手なことが許される。どうして私だけが許されない。


「もうこんな世界嫌! 私が消えてみんなが喜ぶからって、そんな理由で私は死にたくない! そんな最後まで、お前達の手の上で踊らされて死ぬなんて!」

「ユウキ君……」

「哀れみの目で私を見るな!」


 私は影を幾つか触手状にしてミラへ向かわせる。その触手はミラ周りを囲い込んで逃げ道を無くし、徐々に縮めて影で潰そうとする。


 この影は妖の負の感情で構成されている。ミラの得意な魔法攻撃なんて全て私が飲み込んで、影による精神攻撃で再起不能にまで追い詰める。何も焦る必要は無い。私の方が強いから、絶対に負けるはずがない。


 しかしその瞬間、ミラの周りから眩い光が溢れ出したかと思うと、私の出した影が全て消滅していた。

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