第三十二話 質と量の戦い
ルカが手に持つ剣でレーナさんに向けて切りかかる。だが、そんな正面からの攻撃が通じるわけなくすらりと避けられ、レーナさんはルカの背後へと回り込む。
「──!」
背後を取られた瞬間、ルカは即座に右に飛ぶ。するとその瞬間にレーナさんの剣がその場所に振り下ろされる。
振り下ろされた剣は風を切り裂き、私がいる辺りにまでその勢いで吹いた強風が来る。よく見ると、レーナさんの振り下ろした剣の剣先を中心にほんの少しだけ地面がへこんでいた。たった軽く振り下ろしただけだと言うのにそのへこみ具合から威力は一目瞭然。
そんな攻撃がまともに当たればただでは済まない。そんなことは誰にでも理解出来た。
「そんなに魔力使って、バテるよレーナさん」
「相手よりも自分の心配をした方がいい」
「そっちこそ!」
ルカは再びレーナさんに向けて切りかかる。その攻撃に対して、先程のように攻撃を避ければ対策として追撃を加えてくると読んだレーナさんはあえてその攻撃を剣で受け止める。
「まだ終わらない!」
剣と剣がぶつかった瞬間、ルカは自分の剣に手を当て魔法名を言わずに何らかの魔法を発動させる。
魔法がかけられた剣が少し光ったと思うと、持っている一本の剣が受け止められているというのに、本来有り得ないルカによる
「──っ」
魔法の発動が目の前で見られたからこそレーナさんはその攻撃に反応でき、振り下ろされた二本目の剣を受け止める。
「……ふーん、そんな魔法もあるんだ」
元々一本だった剣がいつの間にか二本になっているのは、先程ルカが使用した魔法による効果だ。その魔法の効果は恐らく、発動後に最初に触れた物と同じ物を複製するという効果だろう。その証拠に突然現れた二本目の剣の見た目が最初に持っていた一本目の剣と全く同じだ。
「複製魔法なんて初めて見た。どこまで汎用性があるんだろう」
一度触れたものならなんでも複製できるのか、それとも武具に限るのか。そればかりは戦闘中か食べてみないとはっきりしない。
「その武器を増やしたところで、お前は私には勝てない」
「それはどうかな。質で負けるんなら量で圧倒するさ!」
ルカは後ろへ飛び、その後二本のうち一本の剣をレーナさんに向けて投擲する。その剣をレーナさんは簡単に弾き、離された距離を詰める。
「『複製』──!」
再びルカは複製魔法を使い武器を作って攻撃を防ぐ。その後すぐに何かを察知したのかまたもレーナさんとの距離を離す。
そして今回複製された武器も今持っている剣ではなく違うものだ。別の剣を懐にでも隠しているのか、或いは一度触れたものは永久的に記録され何度も作れるのか。
だとすると、戦闘経験はレーナさんの方が上でも武器の貯蔵量ならルカの方が上だ。これは、量と質のどちらが上なのかという勝負になる。
「複製された武器はその武器を忠実に再現する。勿論、その武器が持ちうる能力さえも」
「唯一複製魔法を使えるが、武具しか複製できないお前にしかできない戦略。たが、それはあくまで再現であり本物ではない」
「何度もそう言われたな。レーナさん、あなたに」
「だからどうした。今更になって命乞いでもするのか?」
「命乞いなんてまさか。あたしはただ、あなたにこの戦術がどれだけ通用するかを考えてるだけだ」
ルカは先程複製した剣を地面へと突き刺す。それに続きまた別の剣を複製しては遠くに投げて地面に刺す行為を繰り返す。剣以外の武具である槍や刀なども同様にする。
「これは、あたしがまだあなたには見せたことがない戦術だ。あたしが持つのは複製魔法だけじゃないしな」
「全力で来い。でなければ、私がお前を殺す」
「わかってるってそんなこと」
武具を辺り一帯に投げて地面に突き刺すが、その行為をレーナさんは止めようとはしない。ルカの行動が自身のを有利にするものであったとしても止めないのは、レーナさんがルカの全力を見たいからなのだろう。
これは純粋な殺し合いだ。誰かを助けるためではない。相手を打ち負かすためだけの戦いだ。容赦なんて、お互い全く許さない。
ルカがある程度武具を設置し終えると、次に強化魔法を全身に付与する。その後、辺り一帯を囲むように結界魔法を発動させる。
「わざわざ準備が終わるまで待ってくれるなんてな」
「私はお前の本気が見たい。それだけだ」
「だったら、今出せる本気を出し切ってやるさ!」
その瞬間、ルカは先程もよりも爆発的な速度でレーナさんへ接近し、既に複製され手に持っていた剣で切りかかる。しかしその速度での攻撃すらもレーナさんは見切った後受け流し、そのまま剣の刃をルカの首元に持っていく。
ルカの首にレーナさんの剣が当たる瞬間、突如としてレーナさんの背後から何か鋭利なものが飛来した。
「──っ!」
レーナさんはルカの首元へ近づけていた剣を瞬時に飛来物を方へ持って行きそれを弾く。その後すぐに、再度攻撃をしようとしているルカの剣を受け止める。
「なるほど、そのための武具設置か」
「ちっ……!」
自身の戦術がどのようなものなのかというのを見切られルカは舌打ちをする。
「遠くに刺した武具を魔力で動かした……。あれは私にはできない芸当だね」
私は影を自分の意思で動かせるけど、一度分離させた影は事前に私が記録した行動以外はしない。あれだけ遠くにあるものを自由自在に動かせるのは私以上に魔力の扱いが上手いからだ。
はっきり言うと、以前の私では経験と反応速度、そして手数で負けていた。
「ハァッ!」
「──っ!」
ルカの死角などあらゆる方向からくる攻撃に対して見事なまでな反応速度で対応するレーナさんは、ついにルカの持つ剣のうち一本を砕く。しかし、即座に事前に刺した剣を自身の手に引き寄せ再び二刀流のスタイルに戻す。
「複製する時間を短縮したのか……!」
「複製には武具の構造解析、魔力を流す、物体として発現の三手順故に時間が掛かる。だったら、事前に複製物を準備してしまえばいいだけだ!」
その考えは正しい。長ったらしい手順を踏むくらいなら先に準備してしまえばいい。そうすると、準備した分の複製物が無くなるまではその手順をカットできる。魔法発動に必要な魔法名を言うという過程をもカットできるのでより戦闘に集中できる。
誰が見ても効率的で翻弄もできる良い戦術だ。だが……、
「ハァ……ハァ……」
──それはルカの体力が持つまでの間にのみ可能な戦術であることに変わりはない。
複製魔法にどれほど負荷が掛かるのかは不明だが、少なくとも常に全身に強化魔法を施し未だ理由もわからない結界を展開し維持しているのだから長期戦になればなるほど不利になっていく。この戦術は短期決着を前提にしている。
それに対してレーナさんには、私が影から得ている底なしの魔力による自然回復がある。つまり言うところ、その戦術は今のレーナさんに対しては相性は悪い。
──さて、どこまで耐えられるかな?
少しバテかけているルカを見て、私はそう思った。
そして二人の戦闘が開始されてからおよそ十分が経過した。
その頃になると、地面に刺さっていた武具の数は残り二本。そして今ルカ自身が持っている剣が二本と、最初と比べてかなり消耗していた。だいぶ息も上がっている。
それに対してレーナさんは体に切り傷などが付いているがルカほど消耗はしていない。切り傷についても自然治癒のお陰であと数分もすれば完治する。
「ハァ……ハァ……」
「……やるな」
「よく言う、まだ余裕あんだろ。得意の弓をまだ使ってないんだからな」
「そうだな。それなら今の私の全力、この場で見せてやろう」
「──っ」
その瞬間、とてつもない殺気とドス黒い魔力が溢れ出す。その魔力の濃度により近くの草は枯れ果てる。
「光は闇に呑まれ、やがて到達する誰も悲しまない虚無の世界。それを私は実現しよう──」
レーナさんは剣をその場に捨て、背負っていた弓を左手で構える。そして空いている右手に溢れ出した魔力と体の内側の魔力を集中させ、無から漆黒の矢を作り出す。
「──今だ!」
ルカは先程からずっと展開していた結界の効果を発動させる。その瞬間、結界が砕けると共にとてつもない量の魔力がルカの体内へと取り込まれる。
なるほど、結界を使って結界外にある魔力を付近まで集めていたのか。そしてそれを砕き、結界に使用した魔力を回収。その際に結界の破片に集めていた魔力を付着させ一緒に体内へと取り込んだ、というわけだ。
結界維持のために使用した魔力なんて取り込んだ魔力に比べれば僅かなもの。きっとレーナさんの必殺の一撃に備えて対策をしていたのだろう。大技を隠し持つ相手に対し対抗策を準備するのは当然のことだ。
「『複製・ミストルティン』──!」
レーナさんが作り上げた漆黒の矢に魔力を流し終える前にルカは持っていた二本の剣を投げ捨て、新たな剣を複製する。複製されたのは私が見たことのない形をした黄金の剣であった。
そして、その黄金の剣は複製物だというのにただならぬ気配を感じる。
「あたしの全魔力をこの一撃に!」
ルカはレーナさんと同様に、自身のから溢れる魔力と体の内に流れる魔力をミストルティンと呼ばれた剣に集中させる。
「闇を照らす光、今ここに希望を見い出せ」
「漆黒の矢、今こそ全てを無に還せ」
ルカは魔力が溜まったことで刃に光を纏わせたミストルティンを振り上げ、同時にレーナさんは更に魔力を加え禍々しいオーラを纏わせている漆黒の矢を弓で引く。
「──光射す路、ミストルティン!」
「──闇に沈め、ヴォイド・アロー!」
ミストルティンが振り下ろされると闇を照らす黄金の斬撃が。漆黒の矢を射ると一筋の黒い影が。お互いから放たれた最大の一撃を破壊すべく飛来する。
そしてそれらがぶつかると同時に、辺りは爆発音とともに暴風の如く風が吹き、それにより膨大な量の砂埃が舞う。その砂埃は目視できていた二人の姿を隠す。
──それから間もなく、その砂埃は右手に光を纏う黄金の剣を握った者によって晴らされた。
「──っ!」
砂埃が突如として晴れた先にあった光景は、左腕を失っているルカが手に持つ黄金の剣で所々が血塗れのレーナさんに切りかかる寸前であった。
ルカの不意打ちにギリギリ反応したレーナさんは剣を構えてその攻撃を防ごうとする。しかしそのタイミングで、先程投げ捨てた二本の剣と地面に刺して残っていた二本の剣、合計四本の剣でレーナさんを囲むようにして放たれていた。
もしも仮にどれか一本の剣を弾いたところで、ルカの一撃と残り三本の剣がレーナさんを襲う。回転斬りをしようにも、不意打ちなこともあり回転斬りをするには体勢が悪過ぎる。
──これは、避けられない。
レーナさんは自身の敗北を悟ったような表情をし、最後の悪足掻きと言わんばかりに最初に当たるであろう右から来る一本の剣を弾く。そしてその直後……
「レーナァ───………!!!」
渾身の叫びと共にルカはレーナさんの体を切り裂いた。
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