第三十三話 化け物

 ルカの一撃により体を切り裂かれたレーナさんはそのまま地面に仰向けで倒れる。そして同時に、レーナさんを切り裂いたルカも膝を付く。


「……あたしの、勝ち、だ」

「そうだな。だが、最後の最後で、僅かに躊躇したな。その剣なら、更に踏み込めば体を両断することくらい、できただろうに……」

「………」


 ルカはレーナさんを倒した。だから、次に狙うのは私だ。

 だがしかし、ルカにはもう私に対抗する力と体力は残っていない。左腕もレーナさんの一撃により損失し、その出血量から立ち上がることすらできずに力尽きるだろう。


「ハァ……ハァ……」


 必死に地に着いた膝を持ち上げ立ち上がろうとするも、余計にバランスを崩して倒れる。もう既に目の焦点が合っていない。持ってあと数分と言ったところか。


「安心して、死ぬ前に食べてあげるから」

「………」


 返事はない。既に余力を使い果たし、残ったのは僅かな命と体だけ。ならば、さっさとそれらを取り込んでしまおう。

 取り込む前に死なれては、生命体としての情報を記録することができないので空腹を満たす以外の利用ができなくなる。


 私は影をルカとレーナさんの元に伸ばし、徐々に中へと取り込んでいく。しかしその際に、辛うじて意識を取り戻したルカは私に向けてこう言った。



 ──お前は、誰かに救われたかったのか……?



 その言葉の意味が私にはわからなかった。そんな哀れな者を見る目で見られても何もわからない。

 そして私は完全にルカを取り込みその肉体と魔力、魂を私の魔力で包み込み……、


「がっ……ぁ……!?」



 ──刹那、突如として謎の頭痛が私を襲った。



 大量の情報量が入って来る。外部の生き物達が大量に死んで負の感情が取り込まれたのだろうか。

 ──いや、違う。これは外部からの負の感情じゃない。これは……、


「あぐっ……」


 様々景色が見える。岩だらけの山や水没した町、誰かが光の如くなど、一見この現象の意味が全くわからない。

 だが、見える景色の中には共通点があった。それは、その景色には必ずしも何らかの武具が映り込んでいた。その中には先程取り込んだルカが使っていたものまである。


「記録……」


 この景色は複製魔法の過程である構造解析の時にルカが読み取った武具の記憶なのだろう。或いは、その武具に対して最も由縁のある場所や持ち主の記憶か。

 それはそうとして、この情報量を何とかしなければならない。でないと、このまま頭痛に苦しめられ最悪脳が焼き切れてしまう。


 私は影を使い情報量を分散し、地道に処理を終わらせる。そして少し時間が経った頃に情報の処理を終わらせる。


「はぁ……はぁ……」


 今までの人達ならばこんなことすら起こらなかった。興味のない人間なんてただ食べただけだから。

 だが今回の場合は複製魔法の珍しさから能力についての解析をした。その結果が情報量の多さから脳への負荷がかかった。


「……だめだ、私にはこれは使えない」


 解析だけであれほどにまで負荷がかかったのだ。ルカは地道にこの情報量を蓄えていたから良かったものの、私のような一気にしか取り入れられない者には使えた魔法じゃない。

 今後は魔法の解析はやめよう。不意にこの影が勝手にするようになってしまえばいざと言う時に不利な状況に陥ってしまう。


「……大丈夫?」

「はい。あまり気にしないでください」


 影に使って体を修復しているレーナさんが心配してくるが、それに対して私は冷たい返事をする。

 今やレーナさんは私の支配下。多少なりともこういう扱いをしても問題ないだろう。


「さて、それじゃあ行くか」

「どこに?」

「そんなもの簡単じゃないですか。この森にいる人間を殺しに行くんですよ。まだ残っていると思いますしね」

「………」


 ルカとレーナさんが戦う前に殺した人間達はまだほんの一部に過ぎない。私の目的は全人類の抹殺。まだまだ達成には程遠い。


「……あれ?」


 歩き始めようとした時に体がふらっとし、ギリギリのところで足を出してバランスを立て直す。どうして目眩なんてしたのだろうか。


「まだ、おわってないのに……」


 何とか足を前に踏み出そうとするもその度に目眩がする。視界がぐにゃぐにゃして気持ちが悪い。

 そして遂に私の足はバランスを崩し、そのまま力なく私は体が前に倒れて行く。そんな私を回復し起き上がったレーナさんが支える。


「……ぁ」

「少し休め」

「離してください。私は、人間を」

「──そんな状態でよく言う。ここ数日寝てないと見ているが、どうだ?」

「………」


 確かに、この力を手にしてからはただ人間を殺し尽くしてきた。それは本来自分の睡眠時間であった時にもしていた。

 だが、動けていた。魔力の制御も上手くいっていた。何も問題なんてなかった。なのに、どうして今になってこんなことが起こるのか。

 寝ていないだけ体調を崩す私ではない。そんな体調不良ですら関係なしに行動することはできる。だから、早くその手を離して欲しい。


「離してと言っても離さない。神子に無理をさせては仙狐様に悪い」

「……仙狐……様……」


 違う、あの人はもう私の敵だ。私を殺そうとする人達と同じだ。


 ──そう思いたくない。


 あの時、私が仙狐様本人に殺すと言ったでは無いか。何を今更思うことがあるのか。もうあの人は、私の邪魔をするから、ルカと同じ殺して当然の人だ。


 ──違う、そうじゃない。


「今は私がレーナさんを生かしている。だから、レーナさんだって私のことをただの魔力の供給源だとしか思っていない。私を助けるのもきっと、それが理由なんですよね?」

「違う。私は今やるべき使命を果たしているだけで、その使命が神子の手助けというだけだ」

「……そうですか」


 レーナさんは嘘を言っていない。少し弄ったとはいえ、私がしようとしていることに対して何の意見もなしにただ私を助けようとしている。そのことに対してはとても嬉しい。


 だがそれは、アイツらが私にして来たことと同じではないのか?


 いいように扱い、相手のことなんて考えない。それは人間達がしていることとそう変わりないじゃないか。相手の合意があるからなんて、相手の意志を捻じ曲げているのだから本心ではない。


「……化け物みたい」


 人間と同じような酷く汚れた心に誰にも負けない力を持っている者を化け物と言わずなんというか。

 結局のところ、私は人ではなかったのだ。今も、昔も、誰からも心の底から理解されるべき存在ではなかったのだ。


「だったら、化け物らしいことをしても、誰も文句なんて言わないよね?」


 化け物と呼ばれるような存在なのだから、化け物らしくしなければ。それが、私自身が望んでいることだ。


「レーナさん」

「何?」

「もしも仙狐様が立ちはだかったら、容赦なく殺して」

「……いいのか?」

「あの人を前にしたら、私は躊躇しちゃうから。でも、もしも人間を連れて来てるのならそいつだけ私の元に通して。人間は私の手で殺したい」

「わかった。神子が決めたことには何も言わない。私はただ、その指示だけに従おう」

「ありがとう」


 私がお礼を言った後にレーナさんは片足に魔力を集中させて地面を思いっきり踏みつける。するとレーナさんを中心に超広範囲の探知結界が張られる。

 そして私が歩き始めると同時にレーナさんも結界を維持しながら一定間隔を開けてついてくる。私に向かってくる生き物を探知するためにわざわざ私と少し間隔をあけているのだろう。


 しかしこれで、仙狐様が来た時にすぐにわかるようになった。結界の維持も底なしの魔力によって半永久的に貼り続けることができる。


 ──いつでも来てください仙狐様。次また来たら、永遠に私の中に取り込んであげますから。


 そして私は、人間達が集まるであろう場所へと向かった。

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