第二十五話 沈み込む精神

 猛スピードのアリシアの猛攻を私は何とか鎖で防いでいる。鎖と槍がぶつかる度に火花が散る。その火花が、この攻撃の激しさをより理解させられる。


「封魔の鎖は魔力に強い鎖だけど、こうやって何にもないただの槍で突いていけば強度が高いただの鎖同然」

「………」


 突破口を探しているが、冷静に考えていられるほどに余裕はない。この場を離れようと背中を見せれば即座に背中からブスリといかれるだろう。

 それに、だんだん鎖がボロボロになってきている。いくら強度が高くても物体は物体。衝撃を受ければどんどんボロボロになっていく。防御できるほどの長さから切れてしまうのも時間の問題だ。


「ハァ……ハァ……」

「流石にこうも一方的だと消耗も激しいよね。でも、手加減なんてしないよ」


 アリシアは槍を握る手を後ろへと移動させる。そして彼女の軸足である左足を後ろに下げ右足を前に出して構える。


「『アビリティリリース・ファースト』」


 槍を構えた状態でアリシアがそう呟くと、アリシアの持つ槍が突然青いオーラを纏い始める。そして次の瞬間、槍から大量の魔力か溢れ出てくる。その量は本来不可視の魔力を肉眼で捉えられるほどのものだ。

 魔力と同時に溢れ出る殺気が増している。何か強力な一撃が飛んでくると誰もが予想できる。


「『ライトニング・スピア』──!!」


 魔力が溢れ出す槍をアリシアが前に突き出すと、槍から一直線上に槍先の形をした雷が飛んでくる、その速さは反応が一瞬でも遅れればまともに受けざるを得ないほどの爆速だ。


「っ!」


 今回は運良く事前に強力な攻撃が来ると判断することができ、即座に回避行動に移れた。だが、流石の速さに回避しきれずに左肩を掠めた。

 血が出てくる。それにあまりの衝撃に少し左腕が痺れている。もしも体を貫かれればどうなっていたことやら。


「あれ、避けられた……って訳では無いか」

「うぐっ……」

「大体初めての相手なら重症を与えられるのに。やっぱりこの構えが悪いのかな……?」


 アリシアは攻撃を当てたことよりも私が避けられたことから先程の技の改善点をぶつぶつと呟く。私には何を言っているのかは少ししかわからない。


「だけど、これでおしまいだよ」


 私が痛みに耐えている時にアリシアは先程の技を放った時と同じ構えをする。またあの攻撃が来る。だが、一度来た攻撃をそう易々と当たってたまるか。

 そう思い、私は立ち上がろうとするが、何故か私の足は震えて力が入らなかった。一瞬あの時にした足の裏の怪我が原因かと思ったが、どうやらそれだけではなさそうだ。


「なんで……」

「あーそうそう。私の槍が放つ雷は命中すると脳の放つ電気信号を狂わせる効果があるんだ。ほんの少し掠っただけでも今の君みたいに少し動きは鈍くなるよ」


 恐怖による震えでないことに安心したが、今の現状はそんなに安心していられない。一言で言えば殺される一歩手前だ。足は震えて動かないが腕は動く。どうやらその槍の効果とやらは掠っただけでは本当に少しだけのようだ。

 だからなんだと言うんだ。足が動かないんじゃあ来るとわかっている攻撃を回避できない。妖術も使えない。完全に詰みだ。


「どうせなら、即死するくらいの火力を出してあげるよ。真っ黒焦げになるくらいのね!」


 アリシアの構える槍から青いオーラが溢れ出てくる。ここまでは先程の攻撃の時と同じだが、ふんっとアリシアが力を入れると青いオーラが赤色へと変色していく。赤黒く、簡単に私なんかを飲み込んでしまいそうな禍々しいオーラだ。


「『アビリティリリース・セカンド』」


 更に魔力が体から溢れ出てくる。確実にやばいとわかっていても足は動かない。


「この一撃、冥土の土産と受け取れ『ライトニング・ツウィスト』──!」


 アリシアの槍から先程よりも遥かに威力の高い雷が放たれる。その雷は渦を巻くように、時には捻れるようにして私の方へと向かってくる。

 どうしてか飛んでくる速度が遅く感じる。人は死に際、脳が活性化し周りの動きが遅く見えるという。それが今私が見ている景色の正体なのだろう。


『──君はどうしたい?』


 そんな声が聞こえた。きっとこれもこの現象が原因で聞こえた幻聴なのだろう。

 ……だが、もしも何をしたいかと聞かれたら、私はもう何もしたくないと答えよう。色んな人に罵倒され、殺されかけ、信じた人からも裏切られ、私の意思で守ろうとした森は守れず。結局私が生まれてきた意味なんてあったのだろうか。人間をやめても何も変わらなかったのではないだろうか。


 そもそも、私は人形だったのではないだろうか。


 きっと意思の強い人ならばここで「まだ死にたくない」だとか「生きたい」というのだろう。だけど、私はそんな勇気ある人じゃない。ただの根っからの弱者、人形だ。ただ他人から定められた運命に従って生きるしかない人形だ。


『──じゃあ、後は私達にまかせてみない?』


 また声が聞こえた。しかもその声はまるで私が思っていることを知っているかのような言い方だ。もしかすると、あの牢獄にいた姿が見えないあの人と同じような存在なのかもしれない。

 それがわかったところで結局なんなんだ。生まれるのは謎。『まかせる』という言葉に関しても意味不明だ。


『簡単な質問だ。生きるか死ぬか、どちらがいい?』

「──私は……」


 生きるか死ぬか。前ならば死ぬと即答していたが、そうできないのはどうしてなのだろうか。


『悩むほどの余地はない。さあ選べ』


 急かしてくる謎の声。だが、時間が無いことは事実だ。

 私は死にたいのだろうか。それとも生きたいのだろうか。私の心がどう思っているかはわからないが、果たしてこのまま何もせずにやられてもいいのだろうか。

 いや、そんなことはあってはならない。私にはまだやるべきことが残っている。少しで生きるための道標をくれたあの人とあの人が住む森を守るという、私にとっての初めての決意を守るということを。

 そして、私が存在してはいけない生き物なら、私を殺すのはあの人だ。こんな人間如きになんてやられてしまえば、私のこの思いは一生報われない。


「──まだ、生きる」

『その理由は』

「私の、初めての決意を守るため」

『……神子らしい理由だ』


 はっと気がつくと、そこは暗闇の海の中。どんどん奥深くに沈んでいく。そしてその海の底は真っ暗だが、沢山の白色の人影が見える。その人影は私の体へと入っていき、突然私の中に心地よい感情が芽生える。死ぬなんて思えないくらいの心地良さだ。


「なっ、なんだ!?」


 その心地良さを感じた途端にアリシアの驚く声が聞こえた。まるで何か異変が起きたような驚き方だった。その時、現実に戻ってきたと理解した。

 そう言えば、先程アリシアが放った雷が消えている。私に当たった訳では無いのに、何故だろうか。


『あとはまかせて!』


 地面から生えるように現れ、私にそう言ったのはあの時に見た白い人だ。その人には口はあるが鼻と目などのパーツがない。所謂のっぺらぼうというやつだ。

 その白い人は他にも沢山の現れ、アリシアの元へと歩いて行く。いっけん気味の悪い光景に見えるが、何故か私は安心していた。


「なんなんだこの生き物!?」


 アリシアは不安そうな顔をしながら白い人に向かって槍を振るう。白い人はアリシアの槍でどんどん切られていく。そしてこの白い人達を出しているのが私と認識したのか真っ先に私の元へと向かってくる。


「君は危険な存在だ。だからここで私が消し飛ばす!」


 すると、こちらに向かって走るその足を使って思いっきりジャンプする。そしてその手に握る槍を投げようと構える。


「『アビリティリリース・ファイナル』」


 槍からはとてつもない程の魔力と雷が溢れ出す。今までの時とは違い、アリシアの体から魔力が出ていないことから全魔力をあの槍へと注いでいるのだろう。そんなものが放たれれば、たちまちこの辺り一帯が吹き飛ぶことになる。この一撃で本当に私を消し飛ばすらしい。


 ──ああ、どんな気持ちになるのだろう。


 そんなことをふと思った。あの時に感じた心地良さが忘れられない。どうすればまたあの心地良さを感じられるのだろうか。


 ──おなかがすいた。


 そう言えば、何も食べてなかった。何か食べるものは無いだろうか。


「『ライトニング・ディサピアル』──!」


 アリシアが放った大技が飛んでくる。とてつもない雷が槍を纏っており、もはや槍の姿はなく雷そのものが塊となって向かってくる。


 しかし、その雷は私の目の前で自然消滅するように消えていった。


「なんだって……これをも飲み込むのか……?」


 とても心地よい気持ちになった。あの時の日でないくらいに幸せな気持ちになった。心が躍る、跳ねる、楽しい、怖くない。

 この時私は理解した。攻撃を受ければどうしてかはわからないが痛みではなく快感を感じられると。攻撃とはつまり、私へのご馳走ということだ。


「なにこれ、お菓子?」


 雷が収まったかと思えば私の手には棒状の菓子が握られていた。少し冷たくて硬いが、食べられればそれでいい。私はおなかがすいた。

 私はその菓子を食べ始めた。硬そうに見えたその菓子は私の歯に当たると解けるように柔らかくなった。少し味は微妙だが、まずいという訳でもない。ただただ普通だ。


「くっ、この化け物が……」


 何故か手ぶらのアリシアは王城の扉に向かって逃げるように走り始める。菓子を食べている途中だったが、逃がすのは何故か嫌だったので白い人にお願いした。すると白い人達はアリシアを追いかけ、そのまま動けないように拘束する。


「なんなんだ、この生き物は……っ!」


 アリシアは抵抗するが、そんなことお構い無しに白い人達は私の元へとアリシアを連れてくる。よく見れば、とても可愛らしい顔をしている。食べてしまいたいくらいに。


 ──この人はどんながするのだろうか。


「な、なんだ……くそっ、取り付いてくるな!」


 ただ白い人達が抑えているだけなのに意味不明な発言をするアリシア。彼女には一体何が見えているのだろうか。

 それはともかく、どうやって食べようか。こうまるごと食べるのは何かと抵抗がある。もう少し一口で食べられるくらい小さくしたい。そう、一口サイズのチョコレートみたいな大きさに。


「そうだ、切ればいいんだ」


 白い人達にお願いすると、突然場所が変わり先程の暗闇の海の中になる。しかし、前と違うところといえば、自由自在に動けるのとアリシアがいることくらいだ。ここで切って食べろということなのだろう。

 だが、ここで切っても見栄えが最悪だ。人肉じゃなくてもっと食欲の啜るものが食べたい。


 だったら別のものに変えてしまえばいい。


「サイコロステーキになーれ」


 遊び感覚で無言で恐怖に脅えている人形のようなアリシアを指先でちょんっと触る。すると、まるで魔法のように煙が出た後に、私の目の前にはホカホカのサイコロステーキがあった。食べるための器具がないということは摘んで食べろということなのだろう。


「いただきまーす」


 私はサイコロステーキの一つを摘んで口の中に放り入れた。噛んだ瞬間に肉汁が溢れ出し、鉄分が強いのか少し鉄の味がするがとても美味しく感じた。先程の菓子よりも美味しい。とてもとても美味しい。

 そのまま二つ三つと口の中に放り入れていき、サイコロステーキがなくなる頃には私の心はあの時感じた死の恐怖なんてなかったかのように幸せな気持ちになっていた。まだ食べたい。きっと他にも美味しい生き物がいるはずだ。


「ごちそうさまでした」


 私は肉を触ったせいで赤く染った手を合掌する。そしてそのまま、いつの間にか戻ってきた王城前の庭から城内への扉に向かい、ゆっくりとその扉を開いて中に入って行った。きっと美味しい食べ物があるはずだ。特に、この建物の最上階にある食べ物が美味しいだろう。


「あはは、楽しみ」


 私が王城の中へ入ると、王城と庭を繋ぐ扉は静かに閉まった。



 ──庭には奇妙なことに、赤色の液体が少量とその他には何も無くなっていた。あのアリシアの姿もアリシアが持っていた槍の姿形が、まるで元からなかったかのように消えて無くなっていた。

 そしてこれより先に、アリシアを目撃した者は誰一人としていないかったという……。

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