第二十四話 神子と◾◾◾
──目が覚めた。
そこは明かり一つない真っ暗な一室で、とてもジメジメしていて、岩がゴツゴツしていた。ここはどこだろう。
立ち上がろうと足を動かす。すると、ジャラジャラという引きづり音が聞こえかと思うと足が前に出なかった。膝が動くということは恐らく、両足首を拘束されているのだろう。ついでに両手も拘束されているようで、両手を離そうとしても痛いだけで一向に離れない。
「目が覚めたか」
近くで誰かの声が聞こえた。一度聞いたことがある声な気がするが思い出せない。私の中では割とどうでもいい方の人なのだろう。
「気分はどうだ?」
「……んー」
「って聞いても、それしてたらまともに話せないよな」
今気がついたが、私の口には布が挟まっておりこれで言葉を発することができなくなっている。精々出せる言葉は「んー」くらいだ。
「そこ真っ暗だろうが我慢してくれ。バジルさんからここに入れとけって言われてるんだ」
「………」
「おっと、逃げ出そうなんて考えるなよ。お前を縛ってるのはただの鎖じゃない。そいつは封魔の鎖。魔力の保持量が多い相手程強度が増す代物だ。並の攻撃なら傷一つ付きやしねぇよ」
今の状況を一言で言うなら、囚われの身。逃げるなんて正直考えていないが、もしも脱出しようとしても多分無理だ。恐らくこの場所は人間の本拠地的な場所で私がいるのはこのジメジメ感からして地下だ。雨によるジメジメかもしれないが音が聞こえないのでなんとも言えない。
まあどっちみち逃げようとしても無駄だ。今は大人しくしておこう。どうせ逃げたところで、私にはもう帰る場所なんてないのだから。
あれから体感で数日が経過した。それと言って特に変わったことは無い。言うならば、運ばれてくる食事がただの汁と物体だ。美味しくないという表現ができない微妙な食事だ。
それと感覚的に変わったことだが、毎日の食事が貧相なためか多分痩せた。そんな気がする。
「よくもまあ、こんな暗闇の中ずっといれるな」
見張りの人がそう言ってくる。私だって好きでこんなところにいる訳じゃない。外に出られるのなら外に出てやりたい。
一体今あの森はどうなっているのか。そう思うが、こうやって別のことも考えられることからかなり冷静だ。焦りひとつ無い。あれだけお世話になった場所なのだからもう少し心配してやってもいいじゃないか。しかし、そんなこともできない程に、この数日で私は酷い人に変わり果ててしまったらしい。
『……〜♪』
誰かの鼻歌が聞こえてきた。声の高さから女性……いや、男性か。ハッキリとわからないくらい中性的な声だ。そしてその鼻歌は、とても美しいわけでもなければ下手くそという訳でもないなんとも言えない感じのものであった。
その鼻歌を聞いていて少したった辺りで違和感に気がつく。私の目には視界を遮るようなものはしていない。それなのにくらいということは、窓一つない密室に閉じ込められているということだ。そして、ここにいるのは私だけだ。だけど、その鼻歌はこの部屋の中で聞こえている。それにどうやら、見張りの人達には聞こえていない。
だとしたら、歌の主は誰だ。そして、どうやってこの中に入って来たのか。
「……誰?」
『えー、覚えてないのー?』
「………」
『まぁいいやー。楽しければそれでいいし』
そうしてまた鼻歌を歌い始めた。一体何がそこまで楽しいのか、私にはわからない。
あれからまた体感で数日が経過した。多分一週間くらい。こうずっとくらい空間にいると気がおかしくなりそうだ。
『暇じゃないの?』
「……暇って言っても、何も起こらないでしょ」
そりゃ暇に決まってる。ここには何も無いのだから。
『──じゃあさ、外に出てみない?』
声の主はそんなことを言った。ただの冗談なのだろうが、正直なところ面白さの欠片もない。
「……今の現状わかってる?」
『わかってるよ。少なくとも、
「……どういうこと?」
すると突然、この空間に光が差し込んだ。それはこの空間の出入口である扉からであった。
──開いている。
私はその扉に向かって歩いて行き、外を覗き込む。扉の外には不思議なことに誰もいなかった。それどころか人の気配一つ感じられない。
『その鎖だけど、少し引っ張るだけで取れるよ』
その声に従って私は自分の両手両足を拘束している鎖を引っ張る。すると、前はビクともしなかった鎖がパキンっと音を立てていとも簡単に取れた。
『君の妖刀はこの国の王城の武器庫に置かれてるよ』
「……何者?」
恐らくだが、これら全ての原因はこの声の主にある。それ以外に考えられない。だとすると、この声の主は一体何が目的で私にこんなことをするのか。特にメリットもないというのに。目的が読めない。
『うーん、それは言えないけど、あえて言うなら
友達なんて言われても、私にはこんな声をしている友達なんて知らないし見たことも無い。だが、この声の主が私のことを知っているということは何らかの形で私の情報を得たのだろう。どっちみち謎は解けないままだが。
そして、その声の主は何故かあの空間から出てこない。簡単に出られるというのに、どうしてだろうか。
『さあ神子、行っておいで』
「……わかった」
何故出ないのかはわからないが、私は特に気にすることなく妖刀が置かれている武器庫へと向かって走り始めた。ギギギという、扉が独りでに閉まる音を気のせいだと思いながら。
あれから誰とも会うことなく地下から地上に出ることができた。一体今どういう状況なのだろう。もしかすると、人間側の人手が足りなくなってここの見張りをしていた人達も戦いに行ったのだろうか。
それから何事もなく目的の王城前の庭へと辿り着いた。あの時の、私がまだ人間だった頃に見ることはなかった庭だ。
「見たことない花……」
その庭には薔薇に近いが茨がなかったり、チューリップかと思えば虹色という見た事もない色をしていたり、私からすれば未知の花が沢山あった。
そんな花道を歩いていると開けた場所に出た。きっとこの花を見て楽しみながら紅茶でも嗜む為のスペースなのだろう。
「突然の来客だね。こんな忙しい時にいらっしゃい」
その場所にあるベンチにいたのは少し変わった服装の女性。あの森にいた人達のような服装ではなく全身タイツのような体にピシッと張り付いた服を着ている。武器はベンチに立てかけている青い槍と見て間違いない。
しかし、あの女性は私が人間の頃に一度も見た事はない。だからどう言った人物なのかというのが全く予想がつかない。
「それで、なんのようかな?」
「その城の中に用があるだけです」
「なるほどね。つまり、王様の首を取りに来たのかな狐さん」
「………」
女性は槍を持ってベンチから立ち上がる。完全に戦闘態勢に入っている。溢れ出る殺気から、下手な行動をすれば即戦闘に入るだろう。
それにしても、私は王様の首なんて興味はない。強いていえば、ここにいる人間になんて興味はない。
だがしかし、今思えばこの事態の発端はこいつらじゃないか。だから、ここで森に侵入した人達のトップであるこの国の王様を殺せば、とりあえずは事態を収めることができるのではないだろうか。
「私──アリシアはこの国を守る
槍先を私へと向けてそう言う。その構え方からしてかなりの手練ということがわかる。この場を任されているだけはある。
「最初は王様なんて興味なかったけど、気が変わった」
「それは、王様を殺すと捉えても?」
「………」
「そう、だったら……」
「っ!」
一気に溢れ出た殺気に反応して反射的に腕に付いていた切れた鎖を使って防御の体制に入る。その瞬間、猛スピードで突っ込んできた国の槍使いアリシアが私に向かって槍を振り下ろす。
「……封魔の鎖か。どうして切れてるのかな……?」
「くっ、てや!」
「おっとっと」
私が鎖で槍を抑えているところに足に付いている鎖をムチのようにして攻撃するが、やはりと言うべきか簡単に避けられる。だが、これが避けられるのならばこの戦闘は私が圧倒的に不利であり、勝機なんて天地がひっくり返らない限りは起こらないということだ。
鎖による攻撃はアリシアの槍による瞬間的な威力で攻撃するものでは無い。鎖なんて普通に叩けばただ少し痛いだけの傷しか負わせられない。そんなので勝てるなんて到底思えない。しかし、一度相手に向けて振り、そこから勢いよく手元に引けば丁度相手あたりで鎖がぶつかり爆発的な破壊力を生み出す。それを当てることこそが勝利へと鍵だ。
「普通なら特殊な魔力で切れないはずだけど、まあどうでもいいや」
「札はなし。妖術は使えない……」
お互いに今の状況を冷静に解析する。私の言う妖術の札については、バジルとの戦闘の時に使ったのが最後だ。まだあったりはするが、刀と同様に全て取り上げられている。それに何も知らない人間のことだ。恐らく妖術の札なんて口だけただの紙切れだと思って捨てているだろう。
とりあえず、今できることはこの常に相手の一歩後ろの鎖でここを突破するかを考えろ。今まともに戦って勝てる相手じゃない。
「あなたは一体いつ死んじゃうのかな!」
私がどう突破するかの作戦を考える隙を与えないかのようにアリシアはその槍で私を貫かんと猛スピードで攻撃してきた。
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