第二十六話 愚かな種族に絶望を

 私は城に入った。その瞬間、辺りは真っ暗になりただ白い人達が案内するように道を作る。


「な、何だこいつ!?」

「侵入者! くそっ、アリシア殿はどうしたんだ!?」


 進んで行くとそこにはとても混乱している人間達がいた。そしてその人間達は私に向けて剣を構えて攻撃してくる。


 ──ああ、なんて愚かなんだろうか。


「ぐあああああ!?」

「やめろぉ、やめろォ!」


 近づいて来た人達は私に剣を振るう前に突然頭や体を抑えてうずくまる。とても苦しそうだ。

 たった私の記憶と経験したことを直接脳内に送っているだけなのに。ただの疑似体験なのに、ここまで怯むなんて、なんてか弱いのだろうか。


 だからこそ、こうやって自分の醜さと弱者であることを実感させてあげる。こうして生き物は強くなる。


「あ……ぁ……」

「あ、はははは」


 少ししただけなのにヨダレを垂らして放心している人や狂ったかのように笑い始める人が出てくる。よくもまあ、その精神力でここまで生きていけたものだ。


「なーんだ、つまらない」


 こんな壊れた人なんて見ていても面白くない。もっと苦しむ姿が見たい。私を苦しめ、存在を否定して、理想を夢見るだけの人間の嘆く姿を見たい。


「何にしようかなー」


 さっきはステーキを食べたから、今度はさっぱりとした感じのが食べたい。思いつくのはやっぱり野菜を使った料理だ。


「サラダになーれ」


 私はまるで魔法をかけるように人間に指を指すと、ポンっと煙が出たあとに美味しそうなサラダが出てきた。なんと特製ドレッシングとかかっている。


「い、一瞬で体を……」


 何かほざいている様だが、今は食事の時間だ。放っておこう。


「はむ……んー、イマイチ」


 サラダは妙に美味しくなかった。ドレッシングが悪かったのだろうか、とても鉄の味がした。今度はもう少し甘めがいい。


「よくも、カイを」

「邪魔」


 食事の邪魔をしに来た人間を掴んで一瞬で握り潰す。

 あれ、今どうやって人を丸ごと掴んで握り潰したのだろう。あの人間がいる場所に向かって手を伸ばしてぐってやっただけなのに。

 そしてどうして、ここまで心地いいのだろう。攻撃を受けても気持ちがいいし、潰しても気持ちがいい。


「あは、あははははははははははは!」

「く、狂ってやがる」

「狂ってる? 違う。その逆、君達が狂ってるだけ」


 また一人、人間を握り潰す。しかし、これだけではバリエーションガなくてつまらない。


「そうだ、皆であの人達を飲み込んで」


 私がそう言うと、地面から生えるように出て来た白い人達がここにいる人間達にまとわりつく。そして、一瞬ではなくジワジワとまとわりついた人間を飲み込んでいく。


「ぎあああああー!」

「やめろ……来るなぁ……!」

「来るなって、もうまとわりつかれてるのにね」


 ジワジワと飲み込まれた人間は遂にその存在自体が消滅する。まるで、元々そこには白い人達以外にいなかったかのように。

 それもそうだ。なんたって、存在という事実を食べたのだから。存在という事実が消えてなくなれば消滅するのは当然の事だ。


 そしてここにいる人間達を食べ終えたのか、ここら一帯から音が消えた。私の心拍音と呼吸音以外に何も聞こえない。


「玉座までお願い」


 白い人達を呼び出してお願いすると、まるでエレベーターのように白い人達が私を持ち上げどんどん城の上に昇っていく。天井があっても食べればいい。障害物なんてあってないようなものだ。


 それからほんの数分後、上に行くことを邪魔する天井を食べ、新たな部屋に出たところで白い人達は止まった。どうやら到着したみたいだ。


「ほぉ、中々に禍々しい……」


 声の方へ振り返ると、そこにはギラギラの装飾がされた玉座にこの国の王が座っていた。といっても、これで会うのは二回目だ。


「お久しぶりですね、王様?」

「貴様のような化け物と会ったことなんてないな」

「へー、覚えてないのですか。それは残念です」


 ゆっくり、ゆっくり、確実に王に向かって足を進めていく。

 今までは権力と身分という壁があったが、今はそんなくだらない壁はない。殺そうと思えばいつだって殺せる。この時をどれほど待ちわびたか。


「貴様、これ以上進むとあらば我々が」

「うるさい」


 また邪魔者が出て来たところで白い人達を呼び出して飲み込む。今度はゆっくりではなく一瞬で。さぞかし痛みがなくて幸せな死に方であっただろう。


「なるほど、あの森には貴様のような化け物がいるのか。利用価値はありそうだな」

「……化け物化け物と」

「なに、私は見たままのことを言っているまで。一体どこにご不満かな?」

「私をこんな姿にしたのは、お前達人間だろうに!」


 感情的になり、体内から大量の魔力を放出する。そしてそれと同時に、周囲が更に暗くなる。


「……まあいいですよ。これからその恨みを果たせばいいだけですから!」


 そして私は王に向けて手を伸ばし、王の体をぐっと掴んで……


「あれ?」


 おかしい。いつもならば届いてもいいはずの距離なのに届かない。それどころか感覚がない。


「どれほどのものかと思ったが、その程度とはな」

「あれ、切られてる?」


 王の目の前で手が切られ、ボトボトと床に落ちている。だけど血は出ない。


「ほらほらどうした?」


 そのままどんどん体が切られていき、ついには両腕を切断された。だが、痛みもなければ出血もない。あるのは腕の損失感だけだ。


「私もこの国を収める王だ。王が戦えないと思うでない」

「……へー、意外。王様なんて口だけの虫けらかと思ったのに」


 よく見れば王が聖剣のようなとても綺麗な黄金の剣を手にしている。持っているだけでとても心が誠実そうに見える。


 ──だからこそ、あの剣は人間が持つべきものでは無い。ああ憎い。とても憎い。今すぐ消し飛ばしたい。


「これでトドメだ」


 王はその黄金の剣を振り上げる。すると、その剣に光が集まってくる。


「闇を払え、『ライトスラッシュ』──!」


 王が光が集まった剣を振り下ろすと、巨大な光の斬撃が現れる。そしてその斬撃は私の方に一直線に飛んでくる。

 恐らくだが、私を切った時もあれと同じく光の斬撃を放っていたのだろう。そして、その斬撃で私の腕を切れたことからその攻撃が効果的だと思ったのだろう。


 そんな考えをするから、初戦は人間なんだ。


「いただきまーす」


 私はその斬撃に向かって口を開け、斬撃が来ると同時にその斬撃を口の中に入れて飲み込む。

 美味しくはないが、不味い訳でもない。言うならば味がなく、すぐに飽きそうな感じだ。


「なっ、馬鹿な……!?」


 私が斬撃を飲み込んだことに王は大層驚いていた。

 それもそうだ。なんたって、一番私に効果的だと思っていた最大の攻撃をいとも簡単に飲み込まれたからだ。


「闇を払うのは光だ。何故だ……!」

「じゃあね、醜く愚かな王様」


 私は右手で王様を掴み、そのまま闇の中へと引きずり込んだ。

 ぐちゃぐちゃにしてやりたいところだが、どうせなら恐怖に歪んだ顔を拝んでからにしたい。きっと今の体なら、そんなことをするなんて容易いことだろう。


 王を引きずり込んだ闇の中に私自身も入り込む。


 ほんの数分前だ。私が自分の体と一体となっている存在の正体に気がついたのは。

 私と一体になっているのは、あの森にいた全ての妖だ。一体何故、私が妖と一体になっているのかはわからない。そして恐らく、あの白い人達の正体こそが今まで私と仙狐様が倒してきた妖なのだろう。

 要するに、今の私は私を核として存在している巨大な妖ということだ。


「ここは、どこだ……?」

「ここは私の中。つまり、私の精神世界」


 今いるこの精神世界はとても暗く、憎悪や憤怒などの感情が入り交じっている。ここに王を引きずり込んだのにはちゃんと理由がある。そうでなければ他の人間同様に存在ごと食べている。


「これは……」


 王がそこで見たのは私の人間だった頃の記憶。それも、ちょうどこの世界に来た時のものだ。それを見た王はどうやら私の正体に気がついたようだ。


「なるほど、君はあの時の男か……」

「勝手な理由で殺されかけた、あの時のね」


 ああ、とても気分がいい。これ程までに楽しいことが今までにあっただろうか。

 さて、次はどうしてやろうか。そう思っていた時、突然王は口を開き、訳の分からないことを言う。


「どうしてこんなことをした?」

「……はい?」


 わかっているはずなのに、何故か今していることについての理由を問われる。あの気分の良さが一瞬のうちに失われる。


「人間である貴様が、どうしてこんな」

「消えろ」


 とてつもなくくだらない問をしてきた王の存在を今度こそ完全に食べ、消滅させる。とても呆気ない。

 しかし、やはりあいつも人間だ。余裕がある時は偉そうに慢心して、いざピンチになれば自分自身を正当化して助かろうとする。本当に、所詮は人間だ。


 さてと、それじゃあ手始めにこの町の人間やありとあらゆる生き物を食べるとしよう。魔力を持った何かを食べないとやってられない。


「それじやあ、いただきまーす」


 そうして私は誰もいなくなった静寂の城を後にし、あの王が収めていた国の一部を滅ぼすべく町に出た。

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