第十二話 夢なんて見なくない
覚えていない。思い出したくない。思い出させるな。もう嫌なんだ。何で私だけこんな目に遭う。何で私以外は笑う。他にもこんな人がいるなんて言葉なんて聞きたくない。誰も私を見てくれない。誰も私を
何で、何で、何で、何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で──
「大丈夫か?」
気が付けば学校の階段に座っていた。そして目の前には担任でもなんでもないそこらを通り掛かった教師がいた。心配しているようだが余計なお世話だ。
「今は授業中のはずだが、どうしてこんなところに座ってるんだ?」
こっちが聞きたい。気が付いたらここに座っていた。もしも今までのことが全て夢なのだったら、今すぐにでも死んでやろう。
自殺するのは勝手だが人に迷惑にならないようにしろ、と人は言う。己以外は死んだところでどうってことないんだ。あるとすれば、人が死んで迷惑だという不快感だけだ。
「ほら、クラスの仲間が待ってる」
あんな奴ら、仲間でもなんでもない。そう言おうとしたが、何故か口が開かない。まるでジッパーで閉じられているかのように、口は動くのに開かない。
「ほら、クラスの仲間が待っている」
「さあ」
「皆待ってるよ」
「遊ぼう」
「皆、最高の──」
あまりの精神的苦痛からだろうか。教師の他に人が増えてくる。そして皆、それぞれの言い分を押し付けてくる。
──うるさい。
私はただ頭を膝の間に下げているしかなかった。何も考えたくない。何も見たくない。
「仲間なんだからいいだろ?」
「ノリ悪いなぁー」
「いつまで座ってんだよ」
「おいおい、やめてやれよw」
何でこんなものを見ないといけないのだろうか。ただただ苦痛だ。
みんな違ってみんないい。そんな言葉は、言葉として存在しているだけで人間の考え方を変えるきっかけにはならない。
どんな生き物も、十のうちの一が異質な存在ならばその存在を残りの九側と同じにしようとしてくる。その生き物の意思なんて関係なしに。
何が人間が一番偉いだ。何が人間は弱肉強食のトップだ。何が人間は仲間を大切にする生き物だ。
自分以外はどうでもいい。育ててくれる親だって、お前を育ててやってるのは誰だ、なんて言って嫌そうな表情をする。だったら最初から子育てなんてするな。
今起きている差別とか争いとか、そういう問題は全ての生き物が全く同じ考え方をしていない限りはなくなることはない。
「みんなで協力して……」
「さっさと死んでしまえ」
「仲良くしよう……」
「邪魔なんだよ」
こんなことなら、もう何も見たくない。現実も、生き物も、星も、植物も。そして、夢すらも。
見るのは暗闇だけでいい。もう何も思い出したくない。思い出すのが楽しみなんて記憶は何一つない。
忌々しい記憶一つで、簡単に心は壊れる。
──こんな最悪な夢なんて……見たくない……。
────────────────────────
日は沈み、すっかり森の中は真っ暗になった。明かりがなければ、辛うじて木の影は見えるがそれ以外は全く見えない。
「…………」
そんな森の中にある廃墟の屋根に、私は寝転がって空を見ていた。空には雲があり、その雲が夜間の森に光を与える星々を隠している。雲は光を隠す障害物……そうまるで、私の心のようだ。
「……夢って……なんだろ」
夢がわからない。夢って何なんだ。
夢とは生き物が見るのものなのか。それとも自分をそう思い込ませるための逃げ道なのか。それとも、自分のトラウマや思い出したくないことを脳が克服しようと見せるものなのか。
「……考えても出てこない……か……」
答えが出ないのならば考えるのはやめよう。そう決めても、自分の意思とは関係なしに頭の端っこで長々と考えている。
──無駄なのに。
「ここにおったか」
下から仙狐様の声が聞こえた。どうしてここにいるとわかったのかと疑問を抱いたが、仙狐様のすぐ横にいるウルさんが鼻をクンクンしているところを見て理解した。
「こんな真っ暗だと言うのに、よくもまあここまで歩いて来れたのぉ」
「……私だって、ここまで来るつもりじゃなかったんです」
目が覚めて夢について考えたかった。だから、少し一人になろうとして置き手紙を置いた後に森の中を歩いた。
そして、しばらく考えながら歩いているうちにここに辿り着いた。はっきり言って、帰り道とか全くわからなかったのでとりあえず廃墟の屋根に登った。そして現在に至る。
仙狐様はウルさんを待機させた後に屋根の上に登ってきた。そして、私の隣に座る。
「……一つ知らせじゃ」
「何ですか?」
「人間達が魔王軍との戦闘が再開したそうじゃ」
魔王軍……つい最近聞いた単語なのに、何故か久しぶりに聞いたような気分になった。
魔王軍とは文字通り魔王側の軍である。そして、その侵攻を止めるためにあのクラスがこの世界に召喚された。
アイツらは魔王軍と戦っているのかと気になったが、そんなことに一々興味を持つのも馬鹿らしくなった。何で向こうの心配をしなくちゃならないんだ。あんな人間達のことを。
「そして、戦闘が再開したということはじゃ……」
「……負の感情も増えて、妖が増える……ですよね?」
「その通りじゃ。全く、これだから戦争は嫌いなんじゃ」
仙狐様が屋根に大の字で寝転がる。こういうところだけを見れば完全に子供だ。
それはともかく、人間と魔王の戦争が生む負の感情は恐らくはいつも以上。そして、仙狐様の家に帰る前に遭遇した妖のように、負の感情が増大すると妖が増えるだけではなく、妖自体の力が強くなるのだろう。とても厄介だ。
「……近頃この結界も破られるじゃろう」
「え?」
「人間が幻惑を無効にする魔道具とかいうとんでもないものを作りおっての。魔王軍の強力な幻惑魔法に対抗するために作ったそうじゃが……」
「……人間はこの森のことを、知っているのですか?」
「知っているも何も、かなり前から目をつけられておる。『入ると必ず入った場所に戻ってくる森』なんて言われてな」
だからと言って、そんな簡単に結界が破られるなんて有り得ない。私の勝手な想像だが、結界はとても大きく頑丈なものだと思っている。それが人間が作った道具に敗れるだなんて到底思えない。
「今は大丈夫じゃ。まだ試作段階らしいしの」
「でも、近頃というのは……」
「少し先の話じゃ。その魔道具がさらに進化すれば、わしらは今度は人間と戦わねばならなくなる。そうすれば、間違いなくわしらは負けるじゃろう」
「どこにそんな確信があるんですか!?」
「魔道具が進化するということはじゃ、他の所も色々と進化するってことじゃ。魔力を封じる魔道具とかがその時に出来ていたとしても不思議ではない」
いつかこの森も人間に侵略され、伐採され新たな町の土地として利用される。そんな未来の想像が容易に出来てしまう。そして、元々そこに住んでいたエルフや猫族、そして私達妖狐などの種族は皆奴隷にされる。まるで、戦時中に幾つかあった植民地だ。
人間は他人が自身と少しでも違うところがあれば、それを無理にでも自分と同じにしようとしてくる。これは何度も私の中で言っている。それはもう、口癖なのかという程に。
そして、人間は嘘も上手だ。国の王様が少しでもそれっぽい話をすれば国民は疑心暗鬼に陥る。そこに事実っぽい証拠を適当に見せれば簡単に信じ込む。そしてその嘘は他の種族達を騙すくらいに上手だ。
きっとこの森を攻める時には、人間特有の自分勝手な理由で生き物を殺し森を焼くのだろう。本当に、愚かな生き物だ。
「まあ、今現状では何も出来ん。向こうも戦争中。わしらはただ妖を倒すことしか出来んのじゃ」
「……もしも」
「ん?」
「もしも、この森が焼かれてなくなるなんてことが起きたら、どうしますか?」
ちょっとした、本当にちょっとした疑問。誰もが抱く
「さあの。そんなことは考えん」
「考えない、ですか……?」
「うむ。そういう事は考えないようにしとる。そんなこと考えて色々と先走るのも嫌じゃしな」
「でも……」
「安心せい。そもそも、この森を焼くなんてことをさせるわけなかろう。わしが嫌いなのは結果を想像することじゃ。どうせ、想像上の結果が全くその通りになるなんてことはありはしないんじゃ。結果なんて、少しでも支障が出ればすぐに変わるわい」
仙狐様は体を起こして立ち上がる。そして、廃墟の屋根をゆっくりと降りていく。
「そろそろ戻るぞ。腹も減る頃合いじゃろうし」
確かに、少しお腹が空いてきた。それもそのはず。もう夜遅いし、何より私はまだ夜ご飯を食べていない。ここは仙狐様の言う通りにそろそろ戻った方がいいだろう。
──ご飯抜きはもう嫌だ。
「わかりました」
私はそう返事した後に仙狐様に続いて屋根から降りる。そして、下で待機していたウルさんの所に向かって歩く。
「……一つ質問いいですか?」
「なんじゃ?」
「仙狐様にとって……『夢』って何ですか?」
それは今まで私が悩んでいたこと。仙狐様の夢の考え方が少しでも参考になればと思い、ここで質問した。
「夢……そうじゃのぉ……」
仙狐様は「うーむ」と言いながら考える。そりゃ、いきなりこんな質問されてパッと答えられるわけがない。
それからしばらくして、仙狐様は私の方を向いてといの答えを言った。そしてその答えは……
「わしにはないの」
──私と全く同じであった。
「は、え?」
その答えに私は間抜けな反応しか出来なかった。
夢がないということは、自身が生きる理由がないということ。仙狐様に生きる理由がないだなんて……なら、今まで生きてきたのは何が理由なんだ。
「言ったじゃろ? わしは結果を想像するのが嫌いじゃ」
「でも、それとこれとでは」
「同じじゃ」
「っ……」
仙狐様がいつものような優しい表情から、突然険しい表情になる。その表情と気迫の変化に、私はつい怯んでしまう。
「こうなって欲しいと想像するのがぬしらの言う夢じゃ。眠っている時に見る夢も同様じゃ。その夢だけを見ている生き物はどうじゃ。その夢に向かって生きているか? 夢を想像通りに実現しておるか? 少なくとも、わしが生きてきた中でそんな生き物は見た事も聞いたことも無いわ」
「……仙狐様」
「……すまん。ちと熱くなりすぎた」
「いえ、大丈夫です。それに、仙狐様の言うこともご最もです」
人は皆、将来の夢というものがある。警察になって悪い人を捕まえる。医者になって人を助ける。教師になって子供に勉強を教えたい。漫画家になって有名になりたい、エトセトラ……。皆その夢に向かって努力もする。考えもする。
そして、将来の夢である何かになれた。
しかし、それはあくまで将来の夢の大きな関門を突破したに過ぎない。将来の夢とは成功するまでが道だ。決してその職に就けたからと言って人生勝ち組だなんて美味しい話はない。
「じゃが、これだけは言っておくぞ。生きることに理由なんて求めるでない。どうせ、わしらも
そう言って仙狐様はウルの背中に乗った。そして、私に向かって手招きをしてくる。
「ほれ、明日もあるんじゃ。さっさと帰るぞ」
「……そうですね。わかりました」
私は仙狐様の後ろに乗り、そのままウルさんは仙狐様の家に向かって走り始めた。
──生きることに理由なんて求めるでない。
生きることに理由はいらない。確かにそうだ。夢なんて無理に持つ必要は無い。ないのならないでいいじゃないか。
夢なんていらない。ただ自分の意思で生きていればいいんだ。
私の考えた結論はこれであった。理由なんて求めない。ただ仙狐様達と何事もなく、ただ生きれればいい。
昔のことを思い出すな。ただ今を生きればいいんだ。逃げてもいい。言い訳だってしていい。誰にも、何事にも縛られずに生きればいいんだ。
もう人間としての■■■■はいない。ここにいるのは、神子としての結城神子なんだ。
この日私は、ほんの少しだけ変われた気がした。
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