第十三話 初めての料理
丁度昼頃。私は木刀を持って仙狐様と軽い模擬戦をしていた。模擬戦と言っても、一方的に私が攻めて仙狐様がそれを避けるという剣道で言う掛かり稽古に近い。
「はぁ……はぁ……」
「うーむ、やはり体力がないのぉおぬしは」
「運動なんて……していない……ので……はぁ……」
私の特徴とも言えるこの体力の無さは、種族が変わっても健在。まあ、種族が変わったからと言って体力が増えるなんて都合の良いことあるわけないとわかっていた。
「少し休憩を挟むぞ。昼食の時間じゃしの」
ということで休憩になった。時間は十二時半を超えている。通りでお腹が空くわけだ。
仙狐様の家に入ると、私と仙狐様は手を洗い仙狐様は台所に向かった。私は何をすればいいのだろうか。
「そうじゃ神子。ぬしも台所に来てくれんか?」
「……? わかりました」
仙狐様に呼ばれたので私も台所へと向かう。そして台所には、油揚げや麺、野菜や米など様々な食材が並んでいた。
「えっと……これは?」
「食材じゃ」
「いや、見ればわかりますよそれくらい。どうして並べているんですか?」
「答えは簡単じゃ。今からぬしが調理するんじゃからな」
「なるほど。そういうことですか……ってえぇ!?」
ちょっと待った。私は正直なことを言うと料理とかそういうのはしたことがない。自分でしたことがあるのはカップラーメンを作るという料理とはまた違う部類のものだけだ。
そんな私が食材を調理するだなんて、絶対に失敗する。
「不安のようじゃが、物は試しじゃ。それに、結果を想像するのはよくないぞ」
「………」
確かに結果を想像して決めつけるのは良くない。それにもしかすると、初めての割には上手くいくかもしれい。これも結果の想像だが、やる気は起こってくる。
「わかりました。やってみます」
「その意気じゃ。ここにある食材ならなんでも使っていいぞ」
「……それが一番困るんですけどね」
後はよろしく頼むぞぉーっと言って仙狐様は台所から出て行った。
「さて、何を作りますか……?」
料理をしたことがない私は料理名を知っていてもその過程を知らないものが多い。目分量とか大さじとかそういうのに関しての知識は全くない。
「油揚げは絶対入れなきゃダメだし……」
とにかく、唯一作り方がわかる米を炊こう。おかずは想像だけで作るしかない。この世界にはネットなんて便利なものは無い。
そもそも
「やるしかないかぁー……」
──そうして、私の初めての料理が始まった。
■■■■
白米は無事に炊けて、サラダも野菜を切って並べて冷蔵庫とはまた違う道具で冷やされていたドレッシングをかけた。この二つは上手くいった。
しかしおかずに関しては、結果から言うとダメだった。焦がしてはいないが調味料とかの量を間違えた。何と言うか、一体どうやったらこんなものができるんだってくらいの料理になった。
「……色は悪くない。だけど、完全に失敗だ……」
匂いはとても香ばしい。色も真っ黒だとかそんな色ではない。むしろ想像通りの色だ。
しかし問題は味だ。はっきり言ってしょっぱい。途中塩と砂糖を間違えて、塩を同じ量を入れようとしたら焦っていたためか塩をかなりの量入れてしまった。しょっぱいのもそれが原因だろう。
塩分が多くなってしまった料理にはサラダがいいと聞いたことがあったので私特製のサラダを作っておいた。本来ならば作る予定はなかった。
「あのー……」
「おっ、完成か?」
「完成と言われれば完成なのですが……その……」
とりあえず机の上に作った料理を置いた。勿論私と仙狐様の二人分。
「白米と野菜はわかるのじゃが、この料理はなんじゃ? 初めて見る料理じゃ」
「えっと、ジャーマンポテトっていう料理です」
「じゃーまんぽてと?」
そう、私が作ったのはまだ人間に対して何の感情も抱いていない小学生の時の教科書で一度だけ見たジャーマンポテト。なお、作り方はうろ覚え。
ジャーマンポテトと言うのはその名の通りじゃがいもが入っている。その他には玉ねぎとかベーコンとか。こんな感じの想像だけでほんの少しだけ覚えている作り方を元に作った。何故かベーコンはなかったので、多分それっぽい肉で代用しておいた。
「それじゃあいただこうかの」
初めての料理だが、なんて言われるのだろうか。そう思いながらバクバクとなる心臓の鼓動を抑えようと深呼吸した後に仙狐様を見る。
仙狐様は箸を持ち、まずは白米を食べた。
「んー、おぉ、中に油揚げが入っておるではないか」
白米の中には油揚げをいくつかに切り分けて炊く前に混ぜておいた。確か炊き込みご飯も炊く前に具を入れると聞いたので同じようにした方がいいのかなと思っての調理方法だ。
そして次に仙狐様は、問題のジャーマンポテトに手をつけた。
「はむっ……」
ジャーマンポテトのじゃがいもを口へと運んだ。
ちゃんと皮を剥いて芽も取った。それくらいの知識はある。
「おぉー、美味いではないか。……ちょい甘しょっぱいがの」
「それに関しては反省します」
「まあ最初にミスは付き物じゃ」
「ありがとうございます。それと、その塩分の多さにはサラダがいいと聞いたことがありまして……」
「なるほど、この野菜の集まりはさらだと言うのか」
じゃがいもを飲み込むと、次にサラダを食べ始める。どうせならキャベツの千切りとかにすべきだっただろうか。
「うむ、このかけてある調味料がいい感じにあっとるの」
「それは良かったです」
「初めてにしては結構できているとは思うぞ? 調味料の間違いさえしなければじゃが」
「うっ……今後は気をつけます」
「まあなんじゃ。ぬしも早く食べんか?」
「そうさせてもらいます。お腹空いてるので」
この後すぐに飲み物がないことに気がつき、お茶を入れてから私も自分で作ったお昼ご飯を食べ始めた。
お昼ご飯を食べ終えると食器やらの片付けをし、しばらく休憩した後に再び模擬戦を再開した。
「ていや!」
「太刀筋が見えとるぞ」
どう頑張っても防がれる。フェイントも入れてみた。少し変わった攻撃もしてみた。しかし全て防がれた。
「はぁ……はぁ……」
「神子、ぬしの攻撃は気配が丸わかりじゃ」
「気配……?」
「そうじゃ。わかりやすく言うと、攻撃してくるタイミングが何となくでわかるんじゃ。動きに関しては、まあ体格が変わっておるからのぉ。そこは慣れるしかない」
言われてみれば、私はこう攻撃しようと考えながら木刀を振るっていた。そして恐らくは、その考えが丸々動きに出ていたのですぐに対応されたのだろう。
だからと言って、何も考えずに攻撃しても仙狐様には届かないだろう。そもそもの技量が違いすぎる。
「……まあそろそろかの」
「何がですか?」
「神子、木刀を置いて妖刀を持つのじゃ」
「……? わかりました」
私は仙狐様に言われた通りに、家の前に置いておいた妖刀を持ち木刀を妖刀が置いてあった場所に置いた。そして仙狐様のところに戻る。
「どうじゃ、何か変わったことはあるか?」
「変わったこと?」
「何でもいいんじゃ。以前その刀を握った時と何か変わったことはあるか?」
妖刀を持って変わったことを考える。重さに関しては元々片手で持てるくらいの軽さになってるし、妖刀自体も何も変わってはいない。一度抜刀すれば何かわかるだろうか。
そう考えた私は早速妖刀を鞘から抜いた。そしてその瞬間、仙狐様の言った「変わったこと」というのがわかった。
──軽い。
「む、何か気付いたようじゃの」
「……やけに軽いです。以前抜いた時よりも」
実を言うと、妖刀を抜刀したのはこれが初めてではない。今朝、模擬戦を始める前に一度抜刀して何回か振った。その時は軽くはなっていたもののブンブン振り回せはしなかった。
しかし、今の妖刀はそれが可能なくらいに軽くなっている。
「どういうことですか?」
「その刀より若干重いであろう木刀で模擬戦をしたんじゃ。するとどうなると思う?」
「……錯覚ですか?」
「正解じゃ!」
仙狐様がニヒヒと笑いながら返答する。
「持ちたいものよりもちょい重いものを持って何度か動かすと、脳が勝手にその重さを基準にするんじゃ。そしてその基準よりも少し軽い持ちたいものを持つと、いつもよりも軽く感じるっということじゃ」
「……どうやって妖刀よりも丁度いいくらいに重たい木刀を用意したんですか?」
「用意する前から木刀はその重さじゃ。ざっと五百グラムと言ったところじゃ」
「五百……って、それなら妖刀は五百グラムよりも軽いってことですか?」
単純に考えればそういうことだ。もしも妖刀が木刀より軽いのならば刀自体が脆いということ。空の箱よりも中身のある箱の方が強度があるのと同じだ。
「いや、実際はかなり重い。軽く感じるのはその刀の使用許可がある者のみじゃ。どういう原理かはわからんがの。まあ、わしも同じような刀を持っとるし、元々はわしの練習用に買った木刀じゃしの」
この発言から、使用許可が必要な刀は使用許可が降りた際に感じる重さは大体同じのようだ。
そして、今回仙狐様の木刀が私にとって少し重く感じたということは、仙狐様が自身の刀を持った時に感じる重さと私が感じる重さはほとんど同じということだ。なんという偶然であろうか。
いや、今思えばこの体のモデルは仙狐様だ。感じる重さがほとんど同じなのはそれが理由だろう。
「それじゃあ、今度はその刀で模擬戦再開じゃ」
「え、危ないですよ!?」
「大丈夫じゃ、今の神子の攻撃に当たる気がせんからな」
「中々酷いこと言ってるって自覚ありますか?」
いくぞぉーっと仙狐様が意気込み、その意気込みを裏切るのは少し申し訳ない気がしたので妖刀を握って仙狐様に向かって行った。
しかし、私が仙狐様に攻撃を仕掛ける前にウルさんの声が聞こえ、足を止めた。
「仙狐様!」
「ん、なんじゃウル。今は神子との模擬戦中じゃぞ?」
「取り込み中申し訳ありません。しかし」
「あの、何でそこまで焦っているんですか?」
走ってきたウルさんはやけに息を切らして焦っていた。まるで、命からがら逃げてきたように。一体何があったというのだろうか。
「妖です! それも、以前までのと比べてかなり強いです」
「まあ、向こうは戦争中じゃしの。こうなることくらいは予測できていたんじゃ」
「どうします?」
「勿論向かう。強いというのであれば尚更じゃ」
そう言いながら、仙狐様はウルさんの背中に乗る。今回ばかりはかなり急ぎのようだからなのか、ウルさんは誰かが背中に乗っても何も言わない。
「ほれ、神子も乗れ」
「え、あ、はい!」
てっきりまだ力不足だから置いていかれるのかと思ったが、仙狐様は元から私を連れていく予定だったらしい。
そして私がウルさんの背中に乗ると、ウルさんは全速力で妖が出現している場所に向かって走り始めた。
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