第二話 人間──異世界の人達
それから王国一の剣士であるバジルさんと魔法使いのミラさんにありったけの話をされた。剣の振り方、構え方、しまい方。そして魔法の使い方、仕組み、属性についてなど。
皆、いつもの授業とは違い興味津々なため珍しくしっかりと聞いていた。僕は何事に対しても興味なんてなかったから聞いていなかったが。
そして実技訓練において魔法は魔力の認識とコントロールの二つ。剣は女子生徒はしたい人だけが、男子生徒は全員参加で木剣を使った素振りと軽い模擬戦の二つをするとのこと。女子生徒が剣の実技が選択制なのは筋力的な理由なのであろう。
「準備はいい?」
全生徒が返事をする。僕も小さな声でボソッと返事をした。流石に返事しないのは失礼な気がしたからだ。
「魔力は感じるもの。集中して、自分の中に流れる血液とはまた違う流れを掴む。まずは少し座って精神を統一しながらやってみて」
ミラさんに言われた通りに正座して集中してみる。他の生徒も同じようにして集中する。
どうせ魔力なんて感じられない。魔法は空想上のものなんだと思いながら、とりあえずは集中してみる。元々集中力は高い方なので、他の人よりも深く、そして長く集中していられた。
──そして、そんな魔法に否定的だった僕が一番早く魔力を感じ取ることが出来た。
血液の流れなんて感じる事は出来ないが、たった一つ。何か今までに感じたことのないものを感じた。
「これは……」
「きっとそれが魔力だよ。それより君、早いね」
「……集中はできる方なので」
「賢い人ほど魔法はできる。まあ、頭が硬いのならいくら賢くても魔法は使えないよ。魔法は想像力──イメージが大切さ」
「……頭は硬い方ですけど」
「それなら、君のそれは才能だ。きっと将来大物になるよ」
そう言われたところで素直に喜べない。大物になるということはとても目立つということ。目立つのはもう御免だ。真面目さで目立てば今のような扱いを受けているのだから、才能で目立てば更に酷いことが起こるだろう。そう確信できた。
そしてその確信はやはりと言うべきか、剣の実技訓練の時にそれは起こった。
「──よし、素振りはそこまで。十分の休憩の後に模擬戦を行う。ペアを組んでおけ。しっかりと見るために一ペアずつ模擬戦を行う」
約百本の素振りが終わった。魔法に比べてこっちは体を動かすので、スタミナがない僕は既に息が切れていた。
それに比べ、日頃から運動系の部活に所属していた生徒や毎日暴れていた生徒はまだそれなりに体力が残っておりまだまだ動けるようだ。何人かは腕は痛めているようだが。
僕は休憩を壁するために近くの壁を背に腰を下ろして座った。何故こんな望みもしていないことを他人のためにしなければならないのか。
「おい……もう息切れてんのか?」
「……そっちだって、切れてるでしょ……」
「馬鹿言え。それにしても、男のくせして魔法が人より出来て、代わりに剣ができないとか、女子みたいだな」
「……勝手に言って」
正直そんな話をするよりも休むほうを優先したい。これから模擬戦の相手も探さなきゃ行けないと考えると、もうこの場から逃げ出したくなる。
こんな僕が模擬戦をした所で、間違いなくボコボコにされて終わりだ。わかっているのにやりたいなんて誰が思うか。
「どうせ相手いないんだろ? じゃあ俺とやろうぜ。探す手間が省けるしな」
「……好きにして」
「それじゃあ決まりだな。最初にやるから、精々今のうちに全力出せるよう休憩しとくんだな」
そう言ってあの男子生徒はどこかに行った。どうせまた面倒事になる気がする。それにの僕のクラスの男子生徒のことだ。模擬戦なんて関係なしに遊びでやるだろう。人のことを弄ぶのに抵抗もなく楽しんでいる奴らの中の一人なのだから。
「休憩終了! 先程言った通りこの時間のうちに組んだペアで模擬戦だ」
模擬戦のルールは、木剣を用いてどちらかが確実に勝ちという状況になる。または、どちらかが降参するまで続く。そして、始まった瞬間に降参するのはなし。速攻で降参した場合は模擬戦は終わらずそのまま続行。判定の審議はバジルがする。よく聞く模擬戦のルールだ。
そして初っ端模擬戦を行うのは、先程あの男子生徒が言った通りにアイツと僕となっていた。心の準備が必要とのことで模擬戦の順番は挙手制なのだが、アイツに僕の意思なんて関係なしに順番を決めていた。
これが何を意味するか、他の人にわからなくても僕にはわかっていた。
「では、両者構え」
「…………」
「…………」
剣の構え方は僕とアイツも素人にしては良い構え方だ。僕は両手で、アイツは片手で違和感の無い構え方をしている。
「始め!」
その言葉と同時に動いたのは、僕ではなくアイツだ。そして動きの鈍い僕に向けて剣を振り上げ、容赦ない一撃を放ってきた。その攻撃を剣を横にして刃の部分で受け止め防御する。
しかし、元々体幹が悪く力もない僕にはそんな一撃を防ぐことは出来ず、そのまま押し倒されてしまう。
本来ならば、ここで剣先を構えて勝負ありだ。だが、アイツはそのまま僕の腹に馬乗りになる。そして、
「調子に乗りやがって……!」
「うぐっ……」
「木剣を用いなきゃ確実に勝利とはなんねぇからな! そういうルールだろこの模擬戦は!」
そして、僕の顔を殴り始める。この行為に対し、この状況から逆転する手段があるとして模擬戦は続行。それどころか、この状況をバジルは笑って拍手をして高評価していた。
「魔法が上手いってだけで、人より割と出来るってだけで、お前目障りなんだよ!」
「……ただの、嫉妬じゃん、それ」
「そう言うところだ。お前の人を見下したような話し方。気にくわねぇんだよ!」
「あぐっ……」
──痛い。だけど、やめてと言って簡単にやめる人間ではないというのは既に知っている。ここから逆転しようとしても、僕にはコイツを体の上から退かすほどの力はない。
つまり、今現状では気を失うまで殴られ続けられるということだ。
助けなんて期待しても無駄だ。このクラスの生徒達に助けを求めたところで弱者として笑われ、逆に楽しませるだけだ。こんなヤツらに頼るだけ無駄なんだ。
「……何黙ってんだ。そんなに殴られたいか?」
「……何か言ったって、やめないでしょ」
「ああそうだよ、やめない。こんなにも楽しいストレス発散をやめれるわけないだろ」
結局の目的はこれだ。僕への不満を言い訳にして、結局は自分の溜まったストレスを発散するためにやっていたんだ。
人間という生き物はいつもこうだ。何か都合の悪いことをすれば、人に押し付け自分は逃げる。もし見つかった場合、押し付けた相手に逆ギレする。そして気分が悪くなればなんらかの言い訳を作って誰かに当たる。
世界には様々な性格を持つ人がいるが、根本的には人間の大半の性格はこんなにも自分勝手だ。いじめをなくそうなんて言っている人もいるが、本気でそう思っている人なんて少数だ。大体の人は自身の名誉のためにやっている。本当はいじめなんてどうでもいいんだ。
結局は皆自分のためにしか生きられないんだ。それが人間だ。
僕の顔が歪むくらいに殴られると、流石に見てられなかった一人の女子生徒が注意するが、コイツはその注意を無視する。そしてその女子生徒が二度目の注意をすると、周りの生徒達にも強く反発され何も言えなくなった。
「オラッ! 何だ、もうくたばったか?」
「……………」
「チッ、つまんね。お前もう死ねよ」
話すだけ無駄だ。こんな人間となんて話は通じない。口を開くだけ無駄だ。
何故僕はこんな奴と同じ種族なんだ。これならば草として生まれた方がまだ楽しかった。人間よりも草の方が、何も感じず苦しみなんて一つもない。はっきり言ってこんな人間よりもいい生活が送れる。
母親だって、勉強していい大学に行けばいい。それが一体僕とって何の意味がある。それで将来いい生活が送れるなんて保証はあるのか。そうしないとこの世界を生きては行けないとでも言うのか。
みんな自分勝手だ。人間をやめれるのなら早くやめたい。犬でも猫でもいい。とにかく人間が嫌いだ。
いや、そもそも既に僕が人間じゃないのかもしれない。他の人間のように自分優先で物事を考えられないこの時点で、僕は人間と何かがズレているのかもしれない。
だったら、こう殴られたり誰も助けてくれないという理由も頷ける。なんたって、人間でもない種族なのだから。
そうだ、きっと僕は人間じゃないんだ。いや、そもそもただの人形なんだ。
好きな時に壊して直して、少しでも気に触れば捨てられて。そんな人間にとっての
「ちょっと君、何してるの!?」
僕が最後のトドメを刺される寸前に声が聞こえた。魔法使いのミラさんの声だ。そしてその声には、とても怒気が感じられた。
「模擬戦だとしてもやり過ぎじゃないか!?」
「模擬戦は実戦を生温くしたものだ。お子ちゃまの遊びじゃない。相手を自分の方法で仕留める。彼も相手を弱らせ叩くという実戦ではとても使える戦闘手段を用いている。寧ろ褒めるべきではないか?」
「だからって、顔が歪むくらいに殴る!?」
「甘ったれているのは相変わらずだなミラ。だから人一人守れないんだ」
「っ……でも、彼も一人の人間。これじゃあまるで人形よ!」
「部外者は黙ってろ。この場は俺に権限がある。俺がどうこいつらに教え、それをどう見ようが俺の勝手だ」
結局、この剣士も同じだ。自分勝手で人のことを言うことの聞く奴隷としか思っていないのだ。
人の考え方は全員違うなんて嘘だ。根本的には何もかもがみんな同じだ。他人を蹴落とし自分が這い上がる。協力する気なんて全くない。
「……わかった。だけど、彼だけは治療させて。あまりにも酷すぎる」
「好きにしろ。おいそこの男、勝負ありだ。戻ってこい」
舌打ちして僕に馬乗りしていた男子生徒は他の生徒達がいるところにまで戻って行く。僕も立ち上がろうとしたが、何故か力が入らない。どうしてなのだろうか。
「大丈夫?」
「……そう見えますか?」
「見えないね」
「………」
「少し場所を変えよう。ここじゃあ邪魔になるから」
するとミラさんは僕を背負い上げ、そのまま訓練所にある医務室に運び込む。
医務室には医者はいない。ただ薬と包帯などの医療道具があるだけだ。怪我をしたところで、ここに運ぶなんてことはあまりしないのだろう。
「ごめんね。バジルって結構厳しい人だからさ」
そう言いながらミラさんは、僕に魔法らしき光を当てる。するとだんだん傷が治っていく。これが所謂回復魔法というやつなのだろう。
「君も他の子もまだ子供なのにね。どうしてあんなことが出来るのか、私にはわからない。もう少しいい方法が思いつかないのかっていつも思う」
「…………」
「でも、彼もそれなりに頑張ってるんだよ。ただ不器用なだけ」
何故この人は他人を庇うのか。その行動に一体何の意味があるというのか。この人も一見優しそうな雰囲気があるが、実際は自分の印象のためなのか。
何故こうもくだらないことで悩まなくちゃいけないんだろう。さっき答えは出たじゃないか。
「はい、とりあえずは終わり。何かあったら相談して。君、どうやらあの集団に馴染めていないようだし」
「……考えておきます」
「そう……。まあ、君のペースでいいよ。無理して頑張る必要なんてないんだからさ」
考えておきますなんて言っているが、相談する気なんてない。人と相談なんてすれば、その内容を拡散されていつも以上に酷くなる。それが僕が学んだことだ。
それに、相談をしたところでだから何だという感じだ。それをどうにかしてくれるかって保証はない。相談の時点で断られることだってあるかもしれない。
こんなことを言っていると、誰もがやって見なくちゃわからないなんてことを言ってくる。アニメじゃないんだ。そんなに上手くいくわけない。
それに、人間という生き物を真に理解した今、僕が人に相談したいなんて思うことは決してない。特に、自分の考えを人と共有するなんてことは。
「一つアドバイス。もう少し自分を出してみるのはだうだい?」
「自分を?」
「そう。いつまでも言うこと聞くだけの人間じゃ何も出来ないよ」
ミラさんは僕にそう言うと医務室から出て行った。
自分を出してみる。その言葉が何故か僕に引っかかった。
自分とは一体何なのだろうか。僕の感情のことなのか、それとも心に思っていることなのか。だが、自分を出すということは、自分の気持ちに正直になってみるということだ。
──その晩僕は、ある決意をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます