第一話 人間──クラスメイトと友人

 ──少し前に小学校を卒業した。


 僕の名前は藤橋優希ふじはしゆうき。優希という名前には、優しい心を持ち、人々に希望を与えられるような人間になれるようにと父親が付けた名前だ。


 小学校の卒業なんてどうせ泣かないんだろうなーなんて思っていた。しかし、やはり六年も一緒に過ごした場所となると別れは悲しいものだ。


 だが、別れがあるということは、また新たな出会いがあるということ。


 ──そう、中学校だ。


 中学受験をして見事に合格した人とは別れることになるが、大体の人は近くの中学校へと進学する。そして中学校とは、近くにある違う小学校の児童も同じように進学してくる。


 僕はこのことをとても楽しみにしていた。だって、友達が増えてより楽しくて、時には一緒に悩んだり、充実した中学校生活を送れるんだと思っていた。


 だけど、そんな僕の期待と嬉しさは、ただの空想に過ぎなかった。




「おはようございます」

「はい、おはよう」


 小学校の時と同じように、というかはいつも通りに自分から挨拶をする。すると、先生も気持ちよく挨拶を返してくれる。

 中学校に進学してから丁度一週間。無事に入学式も始業式も終えた。そこから数日も何事もなく、小学校の時からの友人と何気ない話をした。


 ──さて、今日は何をしようかな。


 そんなことを考えながら僕は教室に入った。教室に入るといつも通りに鞄を机の横に掛け、椅子に座って本を読む。これが僕の朝だ。

 そんなことをしていると、学校によくいる遅刻ギリギリで教室に入ってくるやつがいつもの如く教室に入ってくる。もう少し余裕持てばいいのに。


「ふぅー、ギリギリだったな」

「何で一々遅刻ギリギリだっただけで怒るんだよな。間に合ってんだからいいだろ別に」

「わかるわかる。だよな?」


 そいつの席である僕の前まで来ると、突然こちらを向いて話に巻き込もうとしてくる。正直、本を読んでいないからコイツらがしていた話なんて頭に入っていない。


「え? あ、そうだね……」


 当然、こういう反応になる。誰だってそうだろう。親しくもない別の小学校から来た児童に対して、そこまですぐには仲良くなんてなれない。


「何こいつ、ノリ悪いな」

「そうだぞ」


 悪かったなと言ってやりたいが、正直こういう相手には話が通じない。こんなことを言ったところで話のネタにされるだけだ。

 それに、一人じゃ集団のアイツらには勝てる気がしない。言葉でも、武力でも。


「おーい座れよ」


 そんな中、このクラスの担任の先生が入ってくる。

 その瞬間に、あの集団達は急いで自分の席に座る。座る際にで僕の机に椅子をぶつけてきたが、まあただの事故だろう。


 それから普通に朝のホームルームを行い、ある程度時間が経つと先生は教室から出て行った。そしてその後、授業の準備をしてまた本を読み始める。

 あの集団は相変わらず席を立って話している。そこまでして話したい内容とは何なのか。


 それから授業が始まり、僕は先生の話を聞き板書をしっかりと写した。きっと将来に役に立つと信じて。


 その途中、前の席のアイツが後ろを向いて僕のノートを見てくる。そして一言……、


「しっかり写すとか真面目だな」


 そう言ってきた。むしろ板書を写すのが普通じゃないのかと思ったが、こいつにとっては違うのだろう。

 まあ、褒め言葉と受け取ってモチベーションを上げよう。この時の僕はそう捉えていた。


 しかしそれと同時に、何か嫌な予感がした。


 そして授業は次々に終わって行き、給食の時間になった。


 僕の通う中学校は、例年通りなら弁当か給食を選べる選択制だったのだが、何故か今年は皆給食という決まりがあった。

 そしてその給食はマズいと評判が悪かった。白米と汁物はともかくおかずがとにかく冷たい。あの唐揚げが作り置きかって程に冷たく固かった。

 それでも僕は、昔から食べ残しはいけないと言われてきたので全て食べていた。それどころかお腹に余裕があったので欠席者の分まで食べていた。

 そして、それを見ていた先程とは違う男子生徒が一言。


「よく食べるな。やっぱ、真面目は違うんだなー」


 ここまで来れば少しおかしいと思った。

 普通には真面目というのは褒め言葉だ。しかし、コイツらはそれをまるで嫌味のように言ってくる。僕の中の嫌な予感がさらに増した。



 ──そしてその嫌な予感は、その翌日に起こった。



 それは僕のいた班が掃除当番だった時。大抵は遊んで迷惑をかける生徒が一人はいる。彼らもそうだった。──昨日までは。

 今日は珍しく掃除をしてくれていた。それを見ていると今日は早く終わりそうだと思った。


 僕が黒板付近の床を箒で掃いていた時だ。珍しくちゃんと掃除をしていた彼らの友達である、いつも暴れて怒られている男子生徒達がこの教室に入ってきた。またかと放って置いて掃除を再開すると……、


「いっ……!」


 突然その内の一人が、僕に向かって。完全に悪意のある行動だ。


「机運んでんだから邪魔すんなよ」

「だったら一声かけてよ!」

「おい、もしかしてこいつ怒ってる?」

「え、キレ症じゃん。え、えぇ?」


 そう笑いながら言ってくる。確かに、自分でも少しカッとなりやすい性格だというのはわかっている。だが、今回のは流石に度が過ぎる。ただの事故じゃなく故意に引き起こされた悪意のある行為だ。


「……次から気をつけてよ」

「へいへい」


 少し気持ちを抑えて、もうこんなことをしないように注意をする。しかし、適当な返事をする辺りまたしてくるだろう。そんなことは簡単に予想出来た。


 ──ここから、徐々に僕の中学校生活が狂い始めた。


 その翌日、いつものように朝を過ごしていると、突然机が押された。どうやら、椅子との間が狭いとのこと。


「あ、狭い? じゃあ俺手伝ったるわ!」


 ここでクラスには必ず一人はいる問題児が登場。どうせ暴れるんだろうなと思っていると、突然腹部に衝撃と痛みが来る。


「うぐっ……!」

「あ、ごめーん」


 と言いながら何度もぶつけて来る。完全に僕を痛め付けることに対して楽しんでいる。罪悪感なんて全くないのか、そいつはとても笑顔だ。

 きっと誰かが助けてくれると思っていた。しかし、それを見て誰も助けようとはしない。それどころか、この光景をまるで見世物のように見て笑っている。


「やめてって!」

「あ、またキレた」

「やっぱキレ症じゃん。」


 キレたなんて言うが、そもそもコイツらがこんなことをしなければキレる必要すらない。どうしてそれがわからないのか。


 静止を止める言葉も人数という圧には勝てない。たとえ一人がそれをいけない事だとわかっていたとしても、それを楽しいの言う人達の空気に飲まれて消える。もし言ったとしても、その人に対してもアイツらは同じような行為をしてくるであろう。自らの自己満足のために。


 都合の悪いことは人数という圧で消滅させる。それが人間が集団でいる意味なんだと、この時僕は思った。



 それからというもの、こういう扱いを受けることがほぼ毎日続いた。されなかったと言っても、休日や祝日などの学校へ行かない時だけだ。


 今までされたことを挙げると、怒りやすい性格を遊びに使うなどの幼児的なことや、気に入らなければ殴ったり僕が犯人になるように計画的な事故などの大きなことだったり。ともかく、毎日数知れずの嫌がらせを受けた。次第にこれはいじめなのではと思い、担任の先生に相談することにした。


 アイツらに一応注意はしたらしい。しかし、僕にはアイツらが注意程度で嫌がらせを止めるような人達ではないとわかっていた。

 予想通り、嫌がらせは一向に止む気配は全くなかった。


 友達にも相談した。しかし、その友達は僕に嫌がらせをするヤツらと仲が良く、簡単に裏切られた。友情なんてその程度だ。


 親にも相談したがそれも無駄だった。

 僕の両親は一昨年に僕の勉強方針についてで揉め合いになり離婚した。そして僕は表向きは僕の意思で母親の元について行った。本当は強制的にそうさせられた。この選択自体……いや、もっと前の段階……僕が僕として生まれたことが間違いだったのかもしれない。


 母親は僕のことを「第二の自分」としか思っていなかった。母親にとって僕という存在は育成ゲームの育成される側でしか無かった。

 帰れば勉強、塾などを強要された。やらなければ殺されそうになくらいに激怒され、当たり前のように物を投げてくる。命中したことは無いが、あえてそうしているだけなのだろう。

 そして、そんな人が僕の抱える悩みに応えてくれるはずがなく……、


「優希はただ勉強して、いい大学に行って、その名に恥じないことをして生きればいいのよ」


 悩みを話したが、帰って来たのはそんな無神経な言葉だった。一見普通の言葉だが、僕にはこの言葉が僕のために言っているのではなく、母親自身の名誉のために言っているようにしか聞こえなかった。

 母親の考える理想の進路には、僕が抱える悩みなんて小さなイベントにしか過ぎないのだろう。


 気が付けば、僕の周りには親しい仲の人はおらず敵ばかりであった。

 そんな毎日を過ごして行くうちに生きている意味がわからなくなってくる。そして僕の精神は疲れていき、病んでいった。


 友達なんていらない。友達なんて作ればすぐに裏切られる。どんなに優しく見える人でもどうせ裏切る。親も信じられない。先生も、どんな人間も信じられない。そう考えるようになっていった。


 そんなある日のこと。夜に言う人間不信になってから数十週間が過ぎた頃の話だ。とても信じ難い話だが、僕のいたクラスの生徒は全員朝のチャイムと共にに飛ばされた。

 何を言っているのかわからないだろうが、僕にも何が何だかが全く分からない。


「召喚成功です」

「うむ。突然召喚して済まないな勇者達よ──」


 よくRPGゲームにいそうな服装の王様が話を進めていく。

 王様の話によると、今この世界は魔王との戦争中で潜在能力が高いらしい僕達を態々別世界から召喚したらしい。

 元の世界に戻れるかと一人の生徒が質問するが、その答えはNOであった。その事実に悲しむ人や喜ぶ人など様々な反応をする。僕の場合は、特に何も思わない。いようといまいがどうだっていいからだ。


「ほぼ強制的ですまないのだが、君達にはこれから剣と魔法を学んでもらう」

「拒否権はありますか?」

「強制的と言ったであろう。しかしその代わりと言ってはなんだが、魔王を倒した暁には生涯裕福な生活が送れると保証しよう」


 そんな条件を聞き、皆がやる気になる。魔王を倒せば裕福になれる。それは世に言う勝ち組というやつだ。


 確かに、強敵を倒せばそれなりに報酬はあるのは当然だ。だが、本当に僕達だけで倒せると思っているのだろうか。剣と魔法を学んだところで所詮は人間。そんなゲームみたいにやり直しもできない。死ねばそこでおしまいだ。それをわかって喜んでいるのだろうか。

 僕にはそれがどっちなのかがわからなかった。

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