私が人間をやめたのには理由がある

幻影刃

プロローグ

 自然はとてもいいものだ。


 騒がしさもないし風も気持ちいい。匂いも、空気も、全てが気持ちいい。


 そして、人も滅多に来ない。


「神子様ー!」


 私を呼ぶ声が聞こえる。少しのんびりし過ぎたかな。


「今行きまーす」


 苔の生えた廃墟の屋根で寝転がっていた私の体を起こす。起き上がると着ている巫女服に付着した苔と草を払う。

 そして、私を呼んだ者がいる廃墟の下へ降りる。


「もう、また寝てたんですか?」

「いいじゃないですか。こうやって自然を感じるのが好きなんです」

「もしも仙狐様があの性格じゃなかったら、今頃貞操奪われていますよ?」

「すみません、その話の意味よくわかんないです」


 私はウルの冗談話に苦笑いする。

 ウルは所謂狼と呼ばれる種族だ。私にとって唯一無二の友達で、彼とは私が時からの付き合いだ。


「それにしても、やっぱりあれからかなり経ってますし元の調子に戻ってきたんじゃないんですか?」

「女の子の体になってからと……もう一つ、でしたね」

「……そういえば、元々は男性の人間でしたね」

「それは言わないで。もう人間は止めたんですから」


 人間をやめた。普通の人ならこんな発言はまずしない。するとしても厨二病とか言われてる人だけであり、少なくとも私は厨二病では無い。

 それにしても、その言葉を聞くと私が人間だった頃を思い出す。思い出したくもないことだけど。


「あ、そういえば仙狐様が呼んでましたよ。ご馳走の時間だって」

「もうそんな時間ですか。こうも一日が早く過ぎていくなんて嫌ですね……」

「何か?」

「楽しいですから。毎日が」

「……そうですか」


 ウルがニヤニヤする。何やら嬉しそうだ。私もウルの表情を見れば楽しくなってくる。

 これだけ何かを喜ばせることをして幸せを感じることなんてなかった。改めて、こんな生活が出来て幸せだ。


「とにかく、早く仙狐様のところに行きますよ! これ以上待たせると神子様の分も食べられますよ」

「確かあの人、食欲旺盛でしたね……。それじゃあ、ウル」

「では早く走りま」

「背中に乗せてもらってもいいですか?」

「……はぁ、今日だけですよ?」

「ありがとうございます」


 私はウルの背中に乗って森の中を駆け抜ける。こうやって背中に乗るのも久しぶりだ。とても懐かしく感じる。


 ──その懐かしさと共に、やっぱりのことも思い出してしまう。


 私は決して、あのことは許すつもりは無い。今も、そしてこれからも。

 これは私が妖狐になった理由でもある。この幸せの生活をできるようになったことである。

 だが、感謝なんてしていない。感謝するということは、あの人達を許すということだ。そんなのは心の底から許さない。

 だけど、私が犯してしまった罪もまた、同じように許されるものではない。


 そう、全ては私が学校を卒業して中学校に入学した日から始まった───

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