第三話 信じるものは救われる

 この世界に来てから数日。僕達は毎日魔法と剣の訓練を受けさせられた。最初は怖がっていた生徒達も今では慣れ、前向きに訓練をしている。

 僕はいつも通りに魔法だけは上手くいって、剣は全く上手くいかない。毎度の如く、ストレス発散のための人形のように殴られている。

 それに加え毎晩のようにされる嫌がらせに起床時の嫌がらせ。食事時の嫌がらせと、これでもかと言うくらいに受けてきた。


 まあ、そんなことはどうでもいい。今日は僕の運命の日。もうこんな人間達といるのは御免だ。

 僕は決めていた。ミラさんから自分を出してみろと言われてから。


 今夜限りでこの城を出る。計画なんてないのでどう逃げるかなんてのは考えていない。ただ、訓練中に見つけた訓練所の周りにある壁。中に侵入されず逆に出ることもできない構造になっているが、ほんの一部分だけ人一人が通れるくらいの隙間があった。

 外を覗くとそこには城の周りを囲むように水の溜まった堀が見えた。壁の外に出てから落ちないように壁際に沿って歩けば王城からの脱出が可能だ。

 このことがわかると、僕は今日しかないと思った。

 この隙間はいずれ修復されてしまう。それがもしかすると明日かもしれない。行動を開始するのはまだま修復されていない今日。そして、暗くて視界が狭くなる今夜しかない。そう考えていた。


 そしてその日の晩。僕は行動を開始した。


 この時間帯は基本的に王から提供されたこの部屋を出ることは禁じられている。つまり、城内にいる誰かに見つかればおしまいだ。


「……よし」


 扉を少し開け誰もいないことを確認し、部屋から出る。そして周りをしっかり確認しながら見回りの兵士の視界を掻い潜っていく。実際にこんなことをするのは初めてなので緊張している。だが、意外と順調に進めている。

 しかし、途中でその順調さを止めるように問題が起きてしまう。


「動かない……」


 王城の出入口の扉の横に立つ二人の兵士が全く動かない。隙間のある訓練所の壁に向かうにはまずは外に出なければならない。だが、動かないとなればこの扉から外に出るのは無理だ。他に出入口があるかと言われても、この城の構造を完璧に把握していないのでわからない。

 さて、どうしようか。


 僕がそう考えていると、突然誰かに服を掴まれて引き寄せられた。


「うわ」

「静かに……」


 反射的に出てしまった声に扉の前にいた兵士が反応したのかこっちに向かって来る。このままでは見つかってしまう。


「『インビジブル』」


 僕を引き寄せた誰かがそう呟く。それと同時に兵士がこちらを見る。完全に視界の中に入っている。


「……気のせいか」


 しかし、兵士はそのまま何事もなかったかのように戻って行った。一体何がどうなっているんだ。


「……もういいよ」

「……ミラさん?」


 僕を引き寄せ、声が出ないように口を押さえていたのはミラさんだった。だが、一体何故ここにいる。それに、何故僕を助けるような行為をしたのか。


「とにかくついて来て。ここじゃいつ見つかってもおかしくないからね」


 何も出来ない以上、今はとりあえずミラさんについて行くしかない。それに、上手くいけばそのまま外に出られるかもしれない。

 そして僕はミラさんについて行き、途中にあった扉に入って行く。恐らく、ここがミラさんに与えられた部屋なのだろう。


「ここなら誰もいない。まずは、どうしてあそこにいたのかを聞かせてくれるかな。この時間帯なら君達は部屋の外に出るのは禁じられているだろ?」

「……それを話して何になるんですか? これは僕が判断して動いているだけ。ミラさんには関係のないことじゃないですか」


 結局は他人事。いちいち僕に関わってくる意味もない。もしも助けたのが善意のつもりならば余計なお世話だ。

 そもそも、あの時引き寄せられなければ声は出さなかったし、助けられるなんて借りを作るような事にもならなかった。僕からすれば、とても迷惑なことだ。


「……外に出ようとしてたのかい?」

「だとしたら、何です?」

「どうして……」

「もうこの生活にはうんざりだ、とでも言えば理解できますか?」


 ──もうこれ以上話すことはない。


 そう思った僕は部屋から出ようとする。さっさとこの部屋を出て別の出口を探した方がいい。その方が時間も有意義に使える。


「……待って」


 ドアノブに手をかけると同時にミラさんから声がかかる。これ以上何を言われてもこの部屋に留まる理由はない。

 そう思っていた矢先、ミラさんは突然部屋の本棚を横にずらす。すると、如何にも隠し通路という扉が出てきた。


「……何のつもりです?」

「君はまだ子供。そう思うのも無理ないさ。だから、手伝おうと思ってね」


 ミラさんはその隠し通路の扉を開ける。そこには下りの階段が続いていた。そのことから、とりあえずこの階段は城の外か外に続く地下通路に続いているのだとわかった。


「はいこれ」


 そしてさらに、ミラさんから巾着袋を渡される。中からはジャリジャリと金属音が聞こえる。


「この世界のお金。これだけあれば、少なくとも三日分は食べていける。この世界は君みたいな歳の子供も働ける。そのお金がなくなったらどこかで働かせてもらうといいよ」

「……お礼は言いません。貴方が勝手にしたことですから」

「別にいいよ。勝手にしただけだしね」


 これはきっとミラさんの気まぐれだ。でなければ、他人に対してここまでのことはしない。

 今日は珍しく運がいいんだ。ただそれだけのこと。


 そして僕はその巾着袋をポケットに突っ込んだ後に階段を降りて行った。


 そういえば、この世界に来てから普段着として着ているこの制服だが、まだ一度も洗っていない。近頃洗濯か別の服に着替えたいところだ。


 そんなどうでもいいことを考えながら、階段を下りる。階段はとても長く、横に付いているランタンで少し明るい程度なので先が見えない。ここまで階段に不安を感じるのは初めてだ。


 しばらく進むとまた扉があった。そこを開けると、下りてきた階段よりも暗い場所に出る。辛うじて見える景色と水が流れる音がすることから、恐らくここは用水路だ。


「風……」


 微かだが、僕から見て右の方から風が吹いている。そこがこの用水路の出口で間違いないだろう。

 しかし、何故あの部屋からこの用水路まで繋がっていたのだろか。城の隠し通路にしては少し妙だ。


「とにかく、歩いてみるしかないよね……」


 足場がよく見えないので慎重に歩き始める。微かに聞こえる風の音と水の流れる音。そして辺りに響き渡る僕の足音。落ち着くようで落ち着かない。心臓もバクバクしている。冷や汗が止まらない。


「動くな!」

「っ!?」


 瞬間、僕に向けてライトが照らされる。その眩しさに僕は反射的に腕で光を遮る。

 そして、目が慣れてくるとライトの光る方向を見る。


 そこには、ボウガンのような物を構えた男達が何十人といた。


「どうしてこんな所に……」


 こんな誰も使っていないような用水路に人がいるはずがない。ましてや、これだけの数がいるなんてことは。


「どうやら、お前がだったようだな」


 聞き覚えのある声が目の前の集団から聞こえた。そして、その声の主が一番前に出て来る。


「占い師が言っていた『召喚したものに裏切り者あり』という言葉。やはり正しかったようだな」

「バジルさん、これは一体……?」


 声の主はこの国一の剣士であるバジルであった。しかし、その裏切り者とは一体なんのことだろうか。

 少なくとも、そんな行為は一度もしていない。それどころか、今この時まではかなりこの国に対して従順にしていた。それが突然裏切り者なんて言われるのはおかしい。


「お前のやろうとしていることはわかっている。この国の情報を他国や魔王に漏らし、この国を滅ぼす気だろ」

「そんな気はさらさらありませんし、そもそもそんなことに興味はないです」

「誰だって口だけなら誤魔化せる。ガキだからって許してもらえるなんて思うなよ」

「あぐっ……」


 一人が僕に向かってボウガンを撃つ。ライトの光による眩しさと発射音がほぼないために反応出来ず、ボウガンの矢は僕の足に刺さった。その痛みで体のバランスを崩し、矢が刺さった右足を地面に付く。


「裏切り者は始末する。それが我が国での方針だ」

「…………」


 どうせ、この男に何か言ったところで無駄だ。裏切り者なんて知らないと言ったところで、あの時と同じように数という圧に消される。勝手に決め付けられた時点で反論しても無駄なんだ。


 いつもそうだ。僕が判断して動けば何もかもが上手くいかない。今もそうだ。誰かに裏切られた後は自分が裏切り者として殺される。僕が一体何をしたっていうんだ。


「何が悪いんだよ。僕が何したって言うんだ……」

「裏切り。ただそれだけだ」


 裏切ったのはどっちだ。その根拠もないことを信じて、僕が裏切ったと何故言えるんだ。

 やはり人間は自分勝手だ。こいつも「裏切り者」という不安から開放されたいが故に僕をそう決めつけ、殺そうとするんだ。


 結局はみんな、自分のためにしか生きられない。これでハッキリとわかった。


 きっと、ミラさんも僕をここに誘い込むために手伝うなんて言ったに違いない。じゃないと、ここまで上手いこと見つかることもなかった。なんの情報もなしにこんな誰も使っていない用水路に僕がいるなんてまず予想できない。

 だが見つかった。つまり、これは計画的なことだったんだ。最初から僕を陥れるための。


「……もういいや」


 もう誰も信じられない。もう誰も信じたくない。

 信じるものは救われるなんて嘘だ。誰かを信じれば裏切られ、ただ信じた側が損するだけだ。

 結局、この世を生き残るのは人を騙し、人を駒として上手く扱える人なんだ。


 だったらもう、僕は死にたい。こんな人間と同じ種族だと考えるほどに自己嫌悪感が増してくる。こんな奴らの立場を上げるために利用されるくらいなら死んでしまいたい。


「トドメだ」


 先程とは違い、先頭にいる兵士達が一斉にボウガン構える。

 だが、僕もただでは死なない。こんな好き勝手されて、気が済んだら捨てるという人形のような死に方はしない。僕も一匹の生き物だ。こいつらに殺されるのだけは絶対に嫌だ。


 ──そう思った瞬間から僕は動いた。


「自ら死を選んだか」


 バジルの声が聞こえた瞬間、僕の体は用水路に流れる水の中に倒れるようにして飛び込む。そして、沈むことなくただ流されて行く。


「追い……か?」

「……必要……い。ア…………死を……だ。だったら……仕……る……もない」


 何か言っている。だが、水の中にいる僕には何を言っているのかがさっぱりだ。

 まあ、そんなことはもう考えない。いや、考える必要が無い。もうすぐ僕は溺死するのだから。


 ──次は、幸せな生活、送りたいな……。


 そして僕は意識を失った。静かに流れる水を感じながら。

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