第13話 理由

「お疲れ。100kmを打っていたんだな。てっきり、俺か矢久部の順番を待っているのだと思ってたよ」

「あ、ああ。遅い球で練習しようと思って……」

「そっか。でも初めてなら100kmでも速く感じたろ? 大丈夫だったか?」

「え?」

 耳を疑った。前村は知っていた。俺がバッティングセンターに来るのが初めてだということを。それとも、俺のさっきの格好悪い様子を見ていて気付いたのかもしれない。どちらにしても、嘘を付くのは得策では無いと悟り、正直になろうと思った。

「俺がバッセンに来るのが初めてだって知ってたのか?」

「ん? いやだってそうだろ? お前、高校で初めて野球するんだって言ってたじゃねえか。剣道一筋だって。だから初めてかな? って思ったんだよ」

 なるほど、知っていたわけではなかったらしい。何より、情けない姿を見られていなかったことに安堵した。

「ああ、そうだよ。こんなものがあるということ自体知らなかった。だから嬉しいよ。トスバッティングなんかよりも、ずっと練習になる気がする」

「そうだろ? 俺も時間がある時は、時々矢久部とここに来るんだ。生きた球……とまではいかないけど、向かってくる球を打たないと勘が鈍るからな」

 そう言うと前村は、110kmの部屋の方へ目を向ける。俺もつられて見ると、そこでは矢久部がプレイしていた。俺たちが見てから二球目に、ボールをバットの芯で捉えた小気味良い音が聞こえた。

「どうして高校から野球を始めたんだ?」

 無意識に、矢久部の方に集中しかけていたために、危うく聞き流しそうだった。ほんの数秒の間を置いて前村の方を見ると、真面目な表情で俺を見る彼の顔があった。

 来年は一緒にレギュラーになって、三年生の仇を取る。という約束をしてから、俺は前村とよく会話をするようになった。それからすぐに、俺が高校で初めて野球を始めたことを話したし、ずっと剣道一筋の人生であったことも言った。無意識に、俺が曇った表情でもしていたから躊躇ったのか、その時は俺に、何も訊ねなかった。

 もうこの話は終わったものだと思っていたから、急にその話題を振られて驚いた。彼も神早たちのように、俺の急な人生の方向転換が気になっていたのだろうか。

「そんなにもおかしなことなんだな。高校から野球を始めることって」

 そう言いながら俺は、前村という人間のことを分析した。付き合いはまだ数カ月という短いものだが、彼が信頼に値する人物であるということは理解している。加えて、他人の真剣な話を茶化すような奴でもないということも分かっていた。あくまでも、交友関係の乏しい俺がそう分析しているだけだが。

「いや、言いたくないならいい。悪い、忘れてくれ」

「違う、俺の方こそごめん。なんか勿体ぶった言い方しちゃったな。……四年前だっけ、太陽高校が甲子園に出場してただろ? あの時に、代打で出た選手を見てすげえって思ったんだ。何というか……、武士だなって感じたんだ。分からねえよな。ま、とりあえず、俺もあの人のようになりたいなあって思ったわけだよ。だから野球がやりたくなったとか、好きになったとかじゃないんだ。……幻滅しただろ?」

 賭けのようなものだった。本気で野球に取り組んでいる人間からすれば、俺みたいな奴と一緒に野球でチームを組みたくないと感じるだろう。嘘をついても良かった。いや、つくべきだったのかもしれない。しかし、彼には本音を知って欲しかった。それは俺のエゴかもしれない。軽蔑されるかもしれない。それでも不思議と、本音を隠し通す気にはなれなかった。

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