アトラスティとの試合1
「全員集まったな……よし、ではこれから直剣を用いた鍛錬を行っていく」
そこまで口にしたフルドムの視線が、ある一点にて留まる。他の生徒もそのことに気付いたのか、同じ場所に体を
「どうした、アトラスティ」
屋外修練場に集まった面々の視線を一斉に集めているのは、真っ直ぐに手を挙げたアトラさんだ。フルドムにより指名されると、手を下ろしてその場に立ち上がった。一呼吸置いて、
「剣を用いた鍛錬の前に、
「……構わんが、どういうつもりでの試合だ?」
「私がプロティアさんと一度、剣を交えてみたいだけです。それに、プロティアさんは既に魔物との実戦を経験しています。私で相手が務まるかは分かりませんが、見て損はないかと」
「なるほどな。分かった、準備をする」
「面白そうなことしてんじゃん!」
唐突に、アトラさんに似た張りのある声が修練場に響き渡る。アトラさんに集まっていた視線が全て、その声の音源へと向かう。フーデッドケープのフードを目深に被り、顔をほとんど隠した人物が校門の入り口に立っていた。大半の生徒が誰か分からず眉を
周囲の生徒に断りを入れながら生徒の集団を抜け出し、その人物へと駆け寄る。もしやアトラさんの関係者なのでは、とほぼ全員が思い始めた頃、アトラさんが二十センチ近く高い身長の相手の顔をじっと見つめる。十秒ほど静寂が辺りを満たし、アトラさんの溜息がそれを破った。
「……何故いるのですか? お姉様」
アトラさんの言葉を音として認識し、意味を理解するのにコンマ数秒。辺りの貴族たちが
「なぜって……面白そうな気配がしたから」
「領地運営の勉強など、やることはたくさんあるでしょう? 変装までして、こんなところに……」
「いいじゃんいいじゃん。実際に面白そうなことやってるし、せっかくだから見せてよ。アトラの試合。いいでしょせんせー!」
「俺は構いませんが……」
「敬語!? やめてよ、調子狂っちゃう。前みたいにタメでいいですよ~」
「……ご要望とあらば。領主様に何か言われたときは、頼むぞ」
「はーい」
ラプロトスティさんもここの生徒だったそうだ。それに、担任もフルドムだったらしい。噂には聞いていたが、確かにこの感じは貴族らしくないどころか、フォギプトスのような
一波乱あったが、とりあえず試合の準備をするか、と立ち上がる。一番後ろに座っていたこともあり、他の生徒に迷惑をかけることもなくフルドムの横にある木剣が数十本立てて入れられている籠に近付く。色合いを見て、用意されている中で二番目に軽い剣を取り出し、一度縦に振るう。体に馴染んでいる剣とは若干重さが違うが、これが最も形状も重さも近いため、特に違和感はない。
魔力振動での索敵により、ラプロトスティさんが近付いていることには気付いていたため、近くで立ち止まったところでこちらも体を向ける。
「こうして会うのは初めてよね。
「プロティアです。こちらこそ、以後お見知りおきを」
「面白い試合を、期待してるね」
そう言って、ラプロトスティさんは審判のために修練場の端に移動していたフルドムの隣へと移動した。
「申し訳ありません……お姉様はいつも、何をしでかすか分からないもので」
「みたいですね」
同じく剣を選ぶために隣に立ったアトラさんが、突然の出来事に対して謝罪を入れる。これまでの日々で、アトラさんがラプロトスティさんに
少しの間、籠に取り付けられた剣の種類が書かれた板と用意された剣を見比べていたアトラさんが、一振の木剣を手に取った。見るに、一番軽いやつだ。筋力のないアトラさんにとっては、これが唯一振れる剣なのかもしれない。
修練場の中心に二人で向かいながら、アトラさんがこちらに視線と言葉を投げかけてきた。
「では、よろしくお願いします、プロティアさん」
「はい。全力で、ですね」
「ええ」
短く言葉を交わし、中心に着いたこともあり、互いに背を向けて歩みを進める。十メートルほどの距離を取り、振り返って剣を両手に持ち正面に構える。向かいで、アトラさんも同様に構えている。よく似た構えではあるが、足の開きや腰の落とし具合、剣の角度など、細かい違いを見て取れる。それもそうだろう。こちらは剣道を真似た剣術だが、アトラさんはこの世界の剣術の使い手なのだから。
呼吸を整える。全身の力が程よく抜けて、沈むような脱力感に身を任せる。
「始め!」
「やあぁ!」
フルドムの声が響いた瞬間、アトラさんが仕掛けてきた。大きく振り上げた直剣を、ボク目掛けて
このまま押し飛ばして一気に決着を付けてもいいが、もう少し実力を見るべく、一度後ろに跳んで距離を取る。支えのなくなったアトラさんが、行き場の失った剣を振り切って前に
防御は無理と判断し、バックステップで後ろに下がることで回避。腹部を
ここを狙っても良かったが、今回も
「せぁ!」
その後も、アトラさんの攻撃は続く。違和感の原因を探すため、ボクは防御と回避に
三十秒ほどの攻防で、何となくの理由を掴むことが出来た。それは、アトラさんの戦い方がどう考えても合っていない、ということだ。この世界の剣術には明るくないためなんと言う名の流派なのかは知らないが、一撃に重きを置くかのようなアトラさんの剣は、どう考えても適性がない。これでエニアスに勝てるだろうか、という前情報への疑問が違和感として現れたのだろう。
アトラさんの攻撃は単調で、一撃の威力も大したものでは無い。さらに言えば、一振りごとに体は剣に釣られて重心がズレている。むしろ、これだけ重心が移動して軸がぶれているのに、よく正確に人体の弱点や防御のしにくい所を狙って攻撃出来るものだと感心すらしてしまうほどだ。
それに、周囲の貴族はアトラさんが勝つとまるで疑っていない。相手は上級貴族だ、平民
アトラさんがこの試合を行った目的は、自分の実力がボクに対してどれだけ通用するのか知ることと、ボクの実力を他の人に知らしめること。後者には、外の世界の実力を見せる、という目的もある。他の貴族に対して権威に
しかし、アトラさんの全力が
最初の一撃とほぼ同じ軌道の木剣がボクの肩と首の境へと迫る。それを、再び自分の木剣をクロスさせて受け止め、今度は一歩踏み出して鍔迫り合いへと持ち込む。
「……それで本気ですか、アトラさん」
引いてばかりだったボクが一転して押して来たことに驚いたか、短く息を吸って目を見開いたアトラさんに、いつもより数音低い声で問いかける。アトラさんが、表情を引きしめ、後ろ足で踏ん張りながら僅かに仰け反った上体を戻そうと押し返してくる。対話をするにはお互い姿勢が安定した方がいいと思い、少し身を引く。
バッテンを描き、相手をへし折らんと力点が交わる二本の木剣の向こう十数センチもない距離に、眉間に
表情の真意を探りつつ、返答を待つ。俯き、前髪で目元を隠したかと思うと、短く息を吐いて、鼻から大きく空気を肺へ取り込み、さっきまで泣きかけの子供だった表情は戦士のそれへと変わっていた。同時に、腕へ掛かる重量が微増する。
「そういうあなたこそ、守ってばかりではありませんか。私は本気で戦いましょう、と言ったはずですよ? 約束なのですから、ちゃんと守ってくださいませ」
その答えを聞いて、この人はきっとどんな結末も覚悟しているのだろう、と感じ取る。いや、最初からそのつもりだったのだ。負ける事など承知の上。試合に負けても、目的を果たして勝負に勝てばいい。そういうことなのだろう。
ならば、ボクがすべき事は一つ。アトラさんの目的を、ボクの力で果たす。例え、どんな形であったとしても。
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