冒険者学園4
「この二ヶ月間で、ある程度体は
今日の全ての授業と鍛錬を終え、担任のフルドムがそう言い残して
入学から一ヶ月が経った頃から、鍛錬は少しずつ強度が増していった。慣れてきたし余裕だな、と調子こいていた生徒は、その瞬間再び倒れ込む毎日が帰って来るのだった。
かく言うボクも、追加で行っていた自主トレーニングに調整を加えるか迷うくらいには厳しく、結局これまで通りに行ってはいたのだったが、最初の頃は疲れと筋肉痛に悩まされた。鍛錬後のマッサージとクールダウンを念入りに行うことで、その問題は早期に解決したが。
「つ、か、れ、たぁ〜」
「うおっ。カルミナ、重いし暑い」
「じゃあ、はい」
「は? んにゃあ!?」
背後からカルミナがもたれかかって来たことに文句を言うと、離れることもなく背中に何かを入れてきた。冷たくて固いものが入って来たことから、恐らく氷だろう。背中を冷たいものがツーと滑り、シャツをスカートの中に仕舞っているせいでくびれの位置に留まっている。カルミナが引っ付いているせいで取り出せず、ヒンヤリとした感覚が残り、少しずつ溶けて広がっていく。
「こんにゃろ……」
「えへへ〜。プロティアって、驚いた時猫みたい」
「せいっ」
「うわっ」
ボクの右肩から垂れているカルミナの右腕を掴み、背負い投げをする。仰向けになったカルミナのお腹の上に
「いひゃいいひゃい、ごめんなひゃい~」
「ちゃんと反省しろー」
「よくそのような元気が残ってますね、お二人とも……」
ボクとカルミナがじゃれ合っていると、疲れ切った様子のアトラさんとイセリーが近寄ってきた。見上げる形で二人を見ると、いつも通り頬を大量の汗が
入学から二ヶ月、つまりカルミナとイセリーの本格治療を初めてから一ヶ月ということになる。その間、ボクは前世の知識を用いて二人の治療にかなりの時間を
「プロティアさん。この後少し、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「え? ああはい、別にいいですよ」
「ありがとうございます。では、切り株で待っていますね」
切り株は、寮の西側にある
「つーわけで、ボクはアトラさんのとこに行ってくるよ。カルミナ、お風呂先に行ってて。準備しといてくれたら嬉しいなぁ」
「しょぉがないなぁ。早く来てよね」
「うん」
カルミナの上から立ち上がり、既に背中が小さく見えるくらいには離れていたアトラさんの後を追い掛ける。
「カルミナさんとのイチャイチャは、もうよろしくて?」
「イチャイチャじゃないです、仕返しです。早くお風呂に入りたいので、手短にお願いしますね」
「分かりました。そう言えば、以前お話していた学園への
学園への要望……確か、食堂の増設や運動着の導入なんかだったか。あれ以来話題に上がらなかったから忘れられたかと思っていたけど、ちゃんと話してくれていたようだ。というか、ボクの方が忘れていたくらいだが。
「ありがとうございます。また何か思い付いたら、お願いしますね」
「ええ、お任せ下さい」
やり取りを終える頃、十メートル近い木々を過ぎて、目的の切り株へと着いた。周囲を見回してみるが、いつも通りここには人影も人の気配もない。
移動を終え、鍛錬後ということもあり少々
『カルミナとずっと触れ合ってるくせに、何をいまさら』
――それとこれとは別問題なの。
ピクシルの
「さて。ではプロティアさんの
先ほどの微笑は鳴りを
「いいですけど……何でですか?」
「私の実力があなたに――外の世界にどれだけ通用するのか、確かめてみたいだけです。それと……あなたの本当の実力を、皆さんに見てほしいのです」
前半も本心だろう。でも、語気や目から感じる
実際、ボクは鍛錬の最後まで立っていたり、ゴブリンの部隊を
アトラさんは、そのことを知っていて今回の提案をしてくれたのだろう。アトラさんがどれほどの実力を持っているのかは分からないが、少なくともこの学園の中では一番階級の高いアトラさんと本気で戦うのならば、本当の実力を示すには絶好の機会だろう。
「いいんですか? ボクが勝ったら、アトラさんに泥を塗ることになるんじゃ」
「ええ。これでも、幼いころにエニアスさんにも勝ったことがあります。今はさすがに勝てないと思いますが、貴族の中ではそれなりに強いと思いますし、あなたが本気でぶつかってくれるのであれば、泥など付くはずがありませんわ」
あのエニアスに勝ったのか。何年前のことか分からないが、戦いに強い家系であるエニアスは幼いころから強かったはずだ。だとすれば、意外と強敵かもしれない。
強さは戦ってみれば分かるだろう。それに、本気でかかって来いと言われてるのだ。本気で向かわない方が失礼というものだろう。
「分かりました。怪我しても、泣かないでくださいね」
「あなたこそ、いつもの遊びのようにミスった! もっかい! は、なしですよ?」
「あはは……もちろん」
アトラさんの物真似、絶妙に似てて面白いんだよなぁ。
それはいいとして。週明け、アトラさんにがっかりされないようにしっかりと準備しておかないと。体が
「お時間を頂き、ありがとうございます。私はここで少し涼んでからお部屋に戻りますので、プロティアさんはどうぞお先に行ってください」
「了解です」
汗で気持ち悪さもあるし、日陰で比較的涼しいとはいえ春も終わりが近付いた六月初めだ、暑さを
部屋に戻ると、イセリーが既に着替えて
「おかえり。お話は済んだの?」
「うん。内容はまあ……週明けに分かるよ」
「そっか。ミナはもう先にお風呂に行ったよ。私はアトラさんと一緒に行くけど、プロティアはもう行く?」
「そのつもり。汗が気持ち悪いし、まだ体が熱いうちにお風呂済ませて早く涼みたいからね」
イセリーは「そっか」とだけ言って、水を一口含んだ。
そんなイセリーを横目に、ボクは部屋着に着替え、替えの下着や髪を纏めるための紐を持って部屋を出る。
廊下には生徒の姿は男子数人しか見かけず、脱衣所も人は全く居ない。ボク達一年の鍛錬は大体午後一時に始まり、四時には終わる。大半の生徒、特に女子は疲れでしばらく休んでからお風呂に向かうことが多く、そのため鍛錬終了後三十分はほぼ貸切でお風呂に入ることが出来る。この学園は二年制なのだから、二年の先輩もいるにはいるのだが、鍛錬の終わりが一時間から二時間遅いらしく鍛錬後にお風呂で
二ヶ月の日々を経ての大まかな鍛錬後傾向はこんな感じだから、この時間ならまだお風呂は貸切だ。現に、お風呂の中もカルミナが一人体を洗っているだけで、他に誰の姿もない。お湯は既に、カルミナが入れてくれているようで、浴室内は湯気が立ち上っていて脱衣所よりも体感温度が数度高い。扉を開けた音で気付いたのか、カルミナが桶に座って体を泡塗れにしたまま振り向いた。
「あ、やっと来た。何の話だったの?」
「週明けには分かるよ……お隣失礼」
入り口近くの棚にタオルを置いて、
「温度、大丈夫そう?」
「うん、完璧。だいぶ腕を伸ばしたではないか、カルミナ君」
「プロティア先生の教えが上手いからです!」
一瞬の沈黙が生まれ、謎の
ひとしきり二人で笑い、ボクもカルミナの隣に座って全身を洗い始める。一か月前には体を洗う魔法はほぼ完成していたのだが、この頃からボク達以外の生徒が早く入ってくる機会が増えてきたため、傍から見るとなかなかに派手な魔法であることも
そのため、多少面倒ではあるが、今は以前同様手で洗うようにしている。
十分やそこらで全身を洗い終え、二人揃って湯船に入る。浸かって数十秒ほどすると体の芯までじんわりと温まりだし、ほぼ同時に長く息を吐く。
「来週から武器かぁ……剣は練習してたからいいけど、槍や弓は触ったことないんだよねぇ」
「そうなんだ。ボクも、理屈は頭では理解してるけど、触ったことはないなぁ……」
「頭で理解してるだけであたしより先にいるんだけど……それに、どうせプロティアはちょっと練習したらあたしなんか足元にも及ばないくらい強くなっちゃうんでしょ」
緩く
「そんなことはないと思うけどなぁ……そりゃ、表向きは出来てるように見えるくらいにはすぐになるかもしれないけど、使い手の人からすれば見てられないものだと思うよ」
「うっそだぁ」
「えぇ……」
何故疑われているのやら。カルミナはちょっとボクに幻想を抱きすぎではないだろうか、特に最近は。なんでも出来る天才とでも思われているのではないか。
「どうせプロティアは何でも出来ちゃうもんね」
「なんで切れられながら
本当に訳が分からないよ。
そうこうしつつ、週明けへの準備を進めているうちに週末は終わり、午前の座学も昼休憩も終わりを終え、ボク達は屋外修練場に集まった。
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