カルミナとイセリー3
ミナと私が知り合ったのは、私の四歳の誕生日にお父さんが服を買いに連れて行ってくれた時だった。ケルシニル、フェルメリアでも人気の呉服店だ。
お店に行くと、週に数回は街の散策をする私ですら会ったことのない、真っ黒な髪のお人形さんみたいな子が服の
「あの、まだ開店前でして……」
「ん? そうか。あとどのくらいで対応出来る?」
お父さんと店主さんの会話から、どうも開店前に来てしまったらしい。でも、この子と知り合えたのはそのせいなのだとしたら、むしろありがたかった。気になったらとりあえず動いてみる。当時の私はそんな性格だったから、黒髪の少女にも、
「ねえ、一緒に遊ぼ?」
拾った
女の子が視線を店主さんへ向ける。胸が高鳴り、落ち着きがなくなりそうになるのを必死に
「あなた、名前は? 私はイセリ―!」
名前を尋ねてみると、視線がこちらへ戻ってくるが右へ左へと数秒間泳ぎ続ける。
「え、ぅぁ……カルミナ、れす……」
カルミナ……うん、いい響き。
「カルミナ……いい名前だね!」
口の中で、カルミナ、カルミナ……と忘れないように繰り返す。数秒で舌に
「よし、行こ!」
「うえ、うあっ」
前のめりになってこけそうになったところを抱きかかえて受け止め、はらりと落ちた紺色の服はそのままに、手を引いて店の外へと連れ出す。
「怪我しないようにね」
カルミナの母親がそう言ったことはギリギリ聞き取れたが、その後、ケルシニルで何があったかは知らない。少なくとも、私がお店に戻った時にお父さんはいなかったし、家に帰れば私の好きそうなデザインの服が買われていた。
この日は街の散策をして終わったが、その日以降も私はカルミナを色んな所へ連れ回した。どうしてそんなにカルミナのことを気に入ったのかは、正直分からない。ただ、カルミナと一緒にいることが、他の何よりも楽しかった。
内気で、
いつまでも、こんな毎日が続いたらいいな。毎日、続いてほしいな。そう祈り続けていた。でも、祈りは届かなかった。
三年前、私はシンド村に住んでいたおばあちゃんのところに遊びに行っていた。当時、私は周りがちょっと引くくらいにおばあちゃんっ子で、何か月かに一回お母さんと一緒におばあちゃんのところに行くことを、この上なく楽しみにしていた。
「ねえおばあちゃん、森の方行きたい!」
歳はもう七十を過ぎていたおばあちゃんだが、子供の私が一日中連れ回してもまだ元気が残っているくらいには体力のある人だった。だから、私はこの日も一日中連れ回すつもりだった。西の森は深く入ってはいけない、と村では言われていたけど、そう言われると行きたくなってしまう子供だったので、駄々を
「ミナったら、この前火の魔法を使おうとして失敗してね。どかーんってなって……全身
「
もうすぐ村の西端に着く。おばあちゃんといつも通り思い出を話しながら、ゆっくりと歩く。おばあちゃんと手を繋いで、おばあちゃんの笑顔を見上げて、ゆっくりと進む。
「私も髪とかちょっと焦げちゃって。一緒にお風呂に――」
突然のことだった。おばあちゃんが、私を包み込むように、抱き締めてきた。直後、おばあちゃんの服で音が聴き取り辛くなった耳に、どすっという音が聞こえる。それと同時に、ちょっとした衝撃がおばあちゃんの方からくる。何が起きたのか分からないでいると、おばあちゃんは
「振り返らずに、向こうへ走りなさい。絶対に、こっちを見てはだめ」
「え……どういうこと?」
「行きなさい」
この時、初めておばあちゃんの目を怖いと思った。おばあちゃんは私を反対方向へ体の向きを反転させて、背中を押した。
さっきまでゆっくり歩いていたせいか、脚が上手く動かせなかった。何度も
緑の肌をした人型の何かが、おばあちゃんに寄って
光景を受け入れられず、その場で座り込んでしまう。声も出せず、体も動かず、
どれくらいそうしていただろう。赤い水溜りが広がらなくなり出すと、一匹の化け物の目線が、私へと向いた。時間が止まったかのように動けなくなっていた私の体が、その瞬間大きく震えて、突き動かされるように、化け物から、恐怖から、……おばあちゃんだったものから逃げた。今までにないくらい、全速力で。現実から目を
気付けば、私は村の東端で脱出用の馬車の荷車に
私が西の森に行こうなんて言わなければ。私がもっと周囲に注意を払っていれば。私がもっと強ければ。私がもっと、もっと……後悔は、尽きなかった。
せめて、私が先に気付いていれば、一緒に逃げられたかもしれない。せめて、武器の一つでもあれば、助けが来るまで耐えられたかもしれない。せめて、せめて、せめて、責めて、責めて、責めて、責めて……。
フェルメリアに戻って、お母さんと弟と合流して、家に帰って。私は、一言も話さず、部屋に
家に帰ってしばらくして、ミナが私の部屋にやってきた、らしい。後にお母さんから聞いたことで、この日から毎日会いに来てくれていたそうだ。だけど、私はそのことを全然認知せず、ほぼ寝ておらず、飲まず食わすで頭がぼーっとしている中、一切動かずに横になっているだけだった。
そのまま何日経ったか分からないけど、そろそろ死ぬんじゃないかと思い始めた頃、
だけど、この日はいつもと違った。無視を決め込んだ私の肩に触れてきた。その瞬間、私の全身を
「いやっ!」
私は、今までにないくらいの大声を出した。まあ、体の状態的に、出せてなかったかもしれないけど、そのくらいの感覚でミナを拒絶した。
ぼやける視界に映ったミナの顔は、とても悲しそうだった。でも、別によかった。このまま私から離れてくれれば、私はもう、辛い思いはしなくて済むから。そう思った。思ったのに、ミナは私に近付いて、抱き締めてきた。最後におばあちゃんに抱き締められた時とは違って、とても力強く、だけどおばあちゃんと同じで優しさにあふれていた。
「辛いよね、悲しいよね……あたしじゃ、イセリ―がどれだけ苦しいのか、分からない。けど……ううん、だから、教えて。全部受け止めるから。一緒に、背負うから」
ミナが、そう言った。その瞬間、私の中でずっと
「わた、私が、おばあちゃんを、死なせたの……っ。私のせい、で、おばあちゃん……私が、行っちゃいけないって、言われてた、森に、近づい……た、から……おば、ちゃ……」
「うん、うん……」
途切れ途切れに、何があったかを話す。
その次の日からも、ミナは毎日のように私の家に来るようになった。でも、ミナは今までのミナではなかった。明るく、元気で、ちょっと強引な、まるで
そのことはすぐに分かったけど、私の心に出来た傷はそう浅いものではなかったらしく、昔のように
だから、ミナのためにも早く元に戻りたかったけど、それは
冒険者学園に行こう、という提案を受けた後から、吐く回数が徐々に減っていくことに、少しずつ恐怖も感じていた。このまま、ミナは
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