カルミナとイセリー2
あたしは生まれてから三歳になるくらいまで、凄く
家どころか、部屋から出ることもほとんどなく、ずっと寝たきり。食事は、一歳半くらいからは元気な時は自分で食べられたけど、大体はママに食べさせてもらってた。人に会うのも、家族かお医者さんくらい。記憶はもう全然ないんだけど、辛かったことだけは覚えてる。
でもね、ママとパパ、お医者さんがすっごく、すーーーぅっごく頑張ってくれたおかげで、全部の病気が完治して、
それからは、普通に生活できるようになったの。まあ、三歳までほとんど寝たきりだったから、筋肉とかあんまりなくて、歩く練習とかから始まったんだけどね。一年くらいはかかったけど、普通の同い年の子と同じくらいには、生活できるようになったよ。
なったんだけどね。ずっと部屋の中で生活してたから、あたし、外の世界が怖かったんだ。知らない人に会うのも、知らない場所に行くのも、知らないことをするのも、全部怖かった。もし何かがあって、また辛い日々に戻ったらどうしようって思っちゃってたんだ。だから、部屋にこもって、親がやってて安心して出来るから、服やお人形を作って、毎日過ごしてた。ママとパパも、そんなあたしのことを、文句の一つも言わないで、面倒見てくれたの。
そんな生活が、一年半くらい続いたのかな。あたしが五歳になる二週間くらい前の春の日に、開店前のお店の手伝いをしてると、あたしと同い年くらいの子を連れた男の人がお店に来たの。お店の入り口にはまだ「準備中」の
「すみません、まだ開店前でして……」
「ん? そうか。あとどのくらいで対応できる?」
ママとお客さんの男の人はそんなやり取りをしてたかな。その間、女の子はじっとあたしを見つめてきてたの。ちょっと
「ねえ、一緒に遊ぼ?」
もう、頭が
「あなた、名前は? 私はイセリ―!」
「え、ぅぁ……カル、ミナ、れす……」
「カルミナ……いい名前だね! よし、行こ!」
「うえ、うあっ」
そのままお店の外に連れ出された。ママが何か言ってたけど、よく聞き取れなかったことは覚えてる。
これが、イセリ―と初めて会った日のこと。そして、あたしが初めて家の外に出て、家族とお医者さん以外の人と関わった日のこと――
「ま、待って! ……ど、どこ行くの? 遊ぶって、な、何するの?」
引っ張られ、走りながら、そう
「んー、多分、あなたって引き
「うっ……」
ずばり言い当てられてしまい、ちょっと怯む。
「私、結構な
「こ、
あたしのダメさを突き付けられてるような気がして、両手を上げて負けの意思表示をする。
「よし、じゃあ今日は街の探索しよ! 案内したげる。あ、安心して。ちゃんと歩くから」
探索、案内……正直、家の外に出るのも、知らない人と会うのも怖い。でも、それと同時に、知りたい、行ってみたい、そんな思いが沸き上がってきた。
「わ、分かった、行く」
せっかく、外に出てしまったんだし、ここはもう勇気を振り
街の中はとても広く、居住区画だけでも二回
この日はここで、あたしの
お店に戻ると、イセリ―のお父さんだという男の人は既に姿はなく、ママに聞いたところとっくに服を買って帰ったそうだ。イセリ―はそのことについて特に気にしていないようで、「また遊ぼうねー」と言い残して、帰っていった。
脚はパンパンで、凄く疲れたけど、この日のことは昨日のことのように思い出せる、とても大切な思い出なんだ。
その日からも、イセリ―とは毎日のように一緒に遊んだ。初めて会った日のように外に出ることもあれば、お互いの家に行って一緒に服やぬいぐるみを作ることもあった。一度、森の中で
そんな感じの日々が、それから三年くらい続いたのかな。あたしはイセリ―に連れ回されたおかげで、体力もだいぶ付いてきてた。まあ、人との交流は相変わらず上手く出来なかったけど。
この頃はまだ冒険者学園に入るつもりはなくて、でもイセリ―の弟がたまにチャンバラで遊ぼって言うから剣には触れてたかな。魔法もちょっとは練習してたし。
そんなある日、イセリ―がシンド村に住んでるおばあちゃんのところに遊びに行くって凄く
今回も、帰ってきたら、おばあちゃんとこんなことしたんだって話、聞かなきゃな、なんて思いながら、イセリ―がシンド村に行ってる間、お店のお手伝いをしてたの。そしたら、夕方になって街の西の方が
一緒におばあちゃんのところに行ってた弟の方は、暗い顔はしてたけど話は出来る状態だったから何があったか聞いてみた。その内容は、ゴブリンが村に攻めてきて、イセリ―のおばあちゃんはイセリ―を
あたしは、大事な人が亡くなったことすらないから、イセリ―がどれくらい辛いのか、想像も出来なかった。ただ、何もしないでいるなんてことも出来なかった。あたしは、イセリ―のお陰で普通に生きていけるようになった。外の世界を知った。人との接し方を知った。たくさんの楽しいことを知った。イセリ―は、あたしの世界を作って、そして救ってくれた。だから、今度はあたしがイセリ―を救う番だ。何が出来るかは分からないけど、やらなきゃいけない、そう思った。
その日から、あたしは毎日のようにイセリ―の家に行くようになった。部屋の中に入ってもイセリ―の表情は
「ね、ねえイセリ―、久しぶりにお人形でも作らない? ほ、ほら、気分転換になるかもしれないし……」
反応は何もない。
どうしたらいいのかって考えてて、ここ数日はあんまり寝れてなかったなぁ。でも、一つだけ方法を思いついたの。イセリ―があたしを外に連れ出した時は、あたしに
だから、あたしは
次の日、あたしはいつもと同じようにイセリ―の家に行った。いつもはしないけど、家の前で一度大きく深呼吸をする。
「ふぅ……よし。こんにちは!」
いつもはノックして入るところを、いつもとは違う
「い、いらっしゃい。
「そうですか? いつもこんな感じだと思いますよ! イセリ―は部屋?」
「え、ええ……」
お礼を言って、リビングの奥へ続く扉へ向かう。二人は、そんなあたしを止めることはなく、ただじっと見つめていた。
この家の構造は、玄関からすぐにリビングがあって、右奥にキッチンもある。部屋の奥には扉があって、その向こうには右へと伸びる
いつもと変わらず、イセリ―はベッドに横になっていた。壁の方に向いているから、顔は見えない。いつもなら、ベッドの横に置いてある椅子の座って見つめたり、たまに話しかけたりするだけだけど、今日は違う。いつかのイセリ―のように、強引に行くんだ。
「イセリ―、散歩しよ! ずっと籠ってたら元気出ないよ!」
反応はない。いつもならここで引き下がるが、今日はそのつもりはない。ベッドに一歩近寄り、イセリ―の肩に触れる。ビクッと全身が跳ねる。
「いやっ!」
「っ!?」
部屋の中に数秒残るくらいに大きな声で、イセリ―は
イセリ―どころか、どんな人でもここまでの表情を見たことがなかったから、恐怖心が沸き上がってきた。それと同時に、悲しさも。こんな顔になるくらい、辛い思いをしたんだって。泣きたいのはイセリ―の方なのに、あたしまで泣きたくなっちゃって。無意識に、イセリ―を強く、強く抱きしめた。
「辛いよね、悲しいよね……あたしじゃ、イセリ―がどれだけ苦しいのか、分からない。けど……ううん、だから、教えて。全部受け止めるから。一緒に、背負うから」
イセリ―はあたしの胸の中で、何十分も、何時間も泣き続けた。泣きながら、何があったのかを話てくれた。目の前で、おばあちゃんがゴブリンに斬られたこと。おばあちゃんに言われて、ただひたすら逃げたこと。おばあちゃんが亡くなったのは、無理を言って村の
次の日。
「イセリ―、昨日いけなかったし散歩行くよ!」
「……行ける状態に見える?」
「大丈夫、何があってもあたしが何とかするから!」
「……信用出来ない」
「なんでぇ!?」
イセリ―は会話はするようになったし、食事もちゃんととるようになった。ただ、以前のような活発さは
あたしは、この前までのあたしを引き
――あたしは、少しずつ壊れて行った。
「よーぉし、今日は何しよっか!」
やめて。
「久しぶりにちゃんばらしようよ!」
気持ち悪い。
「ねえねえ、冒険者学園に一緒に行こ?」
あたしを。
「魔物に詳しくなって、強くなれば、きっと怖くなくなるよ!」
奪わないで。
「ぉぇ、ええぇ! ぇぇ……」
吐いた回数は、正直数えきれない。イセリ―に見つからないよう、
イセリ―が元気になるまでの我慢。そう言い聞かせて、頑張り続けた。
少しずつ慣れて行って、吐くことも減ってきた。
『さようなら、あたし』
まるで、イセリ―を演じるあたしが、元のあたしにそう言っているような気さえした。ううん、言ってたんだと思う。元のあたしは、ここで死んだ。だって、もう元のあたしがどんなだったか、分からなくなっちゃったから。あたしは、ここで死んだ。
……死んだと、思ってた。プロティアと、出会うまでは。
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