魔法の練習

 午前中は図書室でイセリ―と過ごし、食堂でカルミナと合流し昼食を食べた後、三人で魔法の勉強をする。


 以前カルミナと話していた三人での魔法勉強を、覚悟を決めたついでに提案してみたのだ。イセリ―はこころよく受け入れてくれて、昼食を終えて自室に集まる。アトラさんは出かけているのか、朝食以降一度も見かけていない。


「では、プロティア先生の魔法講座を始めます」


「「よろしくお願いします!」」


 意外とノリのいい二人が、どうおんに返事をする。


「この講座では、主に無詠唱を中心に取り扱っていこうと思っているが……君達、無詠唱にはどんな印象を持っている?」


「んー……すごい人が使ってる!」


「効率的には悪いけど、咄嗟とっさの時や隙をつぶすのには有効な手だと思う」


 それぞれの性格をにょじつに表していそうな返答が来る。年齢通りの子供じみたカルミナ、冷静に分析をしたと思われるイセリ―と言った感じだ。


「なるほどね。じゃあ、これから二人の無詠唱魔法に対する印象は、ガラッと変わるだろうね」


 なにせ、無詠唱はコツさえ掴めば、魔法が使える人は誰でも使えるし、効率も悪くなることは無いのだから。


「まず、イセリーが言った効率について話をしようと思う。無詠唱魔法が詠唱を使った魔法に比べて効率が悪くなるのには、明確な理由があるんだ。その理由というのが、イメージの具体さだ」


「イメージの具体さ?」


「そう」


 カルミナがボクの言葉をオウム返しにする。イセリーもピンと来ていないようで、これはもしかしたら魔法の根本部分から話す必要があるかもしれない。ただ、人類の魔力の認識がどんなものか分からないから、振動数や結合については触れずに説明しておこう。


「現代の人たちは、魔法は詠唱を具現化するものって思っている人が多いと思う。でも、実際はそうじゃない。魔法は、イメージを具現化するものなんだ」


「イメージを具現化……確かに、詠唱を具現化するって考え方だと、無詠唱や言葉を持たない魔物が魔法を使うこととじゅんするもんね」


「確かに!」


 イセリ―が予想以上に論理的に理解をして、さらに言葉にしてくれたお陰で、カルミナも納得がいったようだ。しかし、すぐにイセリ―が眉間に小さくしわを寄せる。何か引っかかることがあるのだろうか。


「どうかした?」


「えっと、関係ないかもしれなんだけど……どうして詠唱を使うのかなって。気になっただけだから、進めてもいいよ」


「いや、その話もしようと思ってたからするよ。詠唱がいつから使われ始めたのかは知らないんだけど、使われだした理由は簡単だ。魔法はイメージを具現化するものだけど、ものによってはイメージしにくいものもある。時空魔法とか、回復魔法なんかがいい例かな。それをおぎなうために開発されたのが、詠唱だ。イメージをきょうし、発動を確実にすることを目的として作られた……ってのが、ボクが知ってる詠唱の誕生理由だよ」


「イメージの補強ね……うん、納得がいった。それにしても、プロティアって魔法について凄く詳しいのね。普通、魔法がイメージを具現化するものなんて知ってる人、いないと思う」


「え? ああ、それは……く、詳しい人が身近にいてね」


 人ではなく妖精だし、なんなら今もすぐ側に居るのだが。まあ、さすがに教える訳には行かないから、こうしてにごしておかなければならない。


 イセリーは思った以上に頭の回転が早いから、気を付けて返答しないとふらっと失言してしまいそうだ。前世ならともかく、今のボクは前世の記憶があるだけの少女だ。この世界では知り得ないようなことを知っていたり、あまりに大人びたりしているとあやしまれかねない。それに、プロティアの脳は日向ひなたそらと比べれば優秀では無い。慎重に動かなければ、どんなミスをおかすか分かったもんじゃない。


「……ここまでの説明で、魔法とイメージの関連性は分かったと思う。それじゃあ、イメージが具体さに欠けると、どうなると思う?」


 カルミナは腕を組んで考え込んでしまったが、イセリ―は数秒目を伏せたのちすぐに回答を用意した。


「魔法が上手く成り立たない……それか、成り立ってもイメージを正確に具現化できる魔力が少なくて、魔力の消費が大きくなる……とかかな」


「さすがイセリ―、その通り」


「すご」


 予想以上に適正な答えに、ボクだけでなくカルミナまでもが、りょくの消失で短く感心する。イセリ―がかしこいことは常々感じていたことだが、これだけの説明でここまで正確な答えを導き出せるほどだとは思っていなかった。もしかしたら、この世界の未来のアインシュタインは、イセリ―なのではないか? なんつって。


「というわけで、二人にはこれから勉強をしてもらおうと思います」


「ええ~!」


 カルミナがこつに嫌そうな顔をする。座学はヤダ! と普段からごうしていることもあり、勉強が嫌いなことは百も承知だ。


「嫌な気持ちはよーぉく分かる。でもね、無詠唱の魔法を使うにはイメージが具体的であることが大事だ。さらに、状況に合わせて魔法を作り出す必要もある。そうなると、知識が重要になってくるのだよカルミナ君」


「むぅ……」


 唇を尖らせて、にらむように視線を向けてくるが、これはまぎれもない事実であるのだから、睨まれたところでどうすることも出来ない。


「ミナ、諦めて勉強しよう? 分からないところは教えてあげるから」


「ボクも、出来るだけ分かりやすく教えるから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」


「……分かった。二人がそこまで言うなら、頑張る」


 イセリ―と視線を交わし、お互いに表情を緩める。これで、今後もこの三人での魔法講座は出来そうだ。


「じゃあ、こういった話については、今日のところはここまでにしようか。今からは二人の適性を見て行こうと思う」


「適性?」


「そう。二人はどんな魔法が得意なのか、逆にどんな魔法が苦手なのかを見ていく。無詠唱はさっきイセリ―が言ったように、咄嗟の時や隙を潰す時に使う必要が出てくる。その時、どんな魔法を使うか、なんて迷ってる暇はないからね」


「つまり、得意な魔法を優先して練習しておくことで、いざというときに迷う無駄をなくして、魔法の精度も上げておこうってこんたん?」


「そゆこと」


 イセリ―はボクの言ったことをしっかりと解釈して、その上言葉にしてくれる。そのお陰か、カルミナも「なるほど」と言いながら納得がいったような表情をしている。


「さてと……とは言ったものの、どうやって適性を見抜くかは考えてないんだよなぁ。メインの属性の原理を説明して、それぞれ使ってみて感触を確かめるか……?」


 基本的な属性は、火・水・風・土といったよくある組み合わせだ。他にも、光や闇、時空といったものや、氷、雷のような魔法もあるそうだ。


 まあ、属性というのも詠唱と同じで、人間が付けたものでしかないそうだが。魔法は魔法であり、その中で区分というものはなく、現象によって名前を付け、属性としてふんべつしているだけのようだ。


 この中で瞬発的に使って効果がありそうなのは、最初の四つと氷、雷などだろう。かなり幅広くあるし、二人とも得意の属性が見つかるはずだ。


「イセリ―は冷静でれいてつだから、氷属性とか似合いそ~」


「なにそれ、どういう意味よ」


「あはは、冗談だよ、冗談」


 カルミナがケラケラと笑い、睨みを利かせていたイセリ―は短く一度、溜息を吐いた。


「でも、案外性格と得意な属性が合ってる、なんてこともありえるんじゃないか?」


「プロティアも、私のこと冷徹だなんて思ってるの?」


「……思ってません」


 冷静であることは確かだし、当人も自覚はあるようだが、冷徹であることの自覚はないようだ。実際のところ、イセリ―は自分が正しいと思った時は相手が誰であれ、例えアトラさんであれ、かなりズバッと言う子だ。そして、その内容はものによってはかなりダメージを受けることもある。それに、朝起きなかったら乱暴に起こすらしいし……うん、十分冷徹だと思う。


 とはいえ、怒らせたら怖いし、ここは思っていないことにしておこう。


「……氷魔法かぁ。あんまり使ったことないけど」


「そういや、プロティアが前使ってたよね、お風呂で」


「そうだっけ?」


「ほら、お湯をすくって、氷のお花を作ってたでしょ? なんてお花か知らないけど」


「ああ、やったねそういえば」


 氷のバラを作った時のことだろう。魔法の自由さの話をした際に見せたんだっけ、確か。


「氷魔法は、言ってしまえば水魔法の応用なんだよ。水を作って、それを凍らせるわけだから」


「水を作って、凍らせる……」


 イセリ―が、深く息を吸って、おわんにした両手に意識を集中させる。カルミナと二人でしばらく見守るが、力んでいるのか肩がプルプル震えだして、溜めていた息を吐き出して断念した。試しにやってみようとしたのだろう。


「ダメね、どうイメージすればいいのか分からない」


「水を作る部分が?」


「うん」


 魔法で水を作る。現代人からすれば、空気中の水分を使えばいいじゃん、と思うだろうが、この世界にはまだ湿度の概念が薄い。空気中に見えない気体の水がある、なんて発想は、ほとんどの人にないだろう。詠唱の場合は、となえたら出てくる、という確信からイメージがついているのだと思うが、無詠唱の場合はそうはいかないみたいだ。


「じゃあ、科学の勉強をしよう」


「結局勉強……」


「まあまあ」


 カルミナが一回り小さくしおれてしまうが、今後もこういう展開は多く訪れるだろうし、慣れてもらうためにもこのまま進めることにする。


「ここに、水の球があります」


 魔法を使って、伸ばした右手の人差し指の先に、空気中の水を二百ミリリットルほど集めて水の球を生成する。透き通った、純水の球の出来上がりだ。


「では、この水の球を加熱します」


 水の球を空気中に維持し、二十センチほど下に、掌を上にして右手を位置させる。そして、その間に火球を作り出す。しばらくそのままでいると、水の火に触れている箇所から泡が生じ始めた。ふっとうの開始だ。


 そのまま加熱を続けていると、徐々に水の球はサイズが小さくなっていく。


「さて、ここで問題です。水の球は小さくなっていますが、どうして小さくなっているのでしょう」


「……沸騰したら、水は減るものでしょう?」


「そうだね。じゃあ、減った水はどこにいったの?」


「それは……」


「空気中に消えちゃった、とか?」


「カルミナ、半分正解」


「やった!」


 ふくれっ面だったカルミナの表情が、一気にパアっと明るくなる。半分正解でこれだけ喜べるのだから、完全正答できるようになればもっと勉強を楽しめそうだ。


「正確には、気体になっただね。物質には三つの状態、固体、液体、気体があるんだ。これらの存在比率は気圧と気温でおおかた決まるんだけど……今やったみたいに、液体の水を加熱すると気体になるんだ。逆に冷やすと、氷になる。よく勘違いされるんだけど、湯気は液体だよ」


「……てことは、空気中には気体の水があって、それを魔法を使って液体に戻せばいいってこと?」


「ご名答。魔力を直接水に変換することも出来るんだけど、まあ戦闘中なら兎も角、日常ではその方がちゃんと水として使えるからいいと思う」


「なるほど」


 イセリ―は一瞬目をせ、先程と同じように両手でお椀を作り視線をそこに集中させる。ボクの話を踏まえて、もう一度挑戦してみるようだ。


「気体の水は、小さな粒子だと思うとやりやすいよ。空気中の水の粒子を集めて、液体の水にする、って感じで」


 イセリ―は視線を向けることもなく、ボクのアドバイスに頷くだけで答える。力んでしまうのは癖なのか、肩に力が入り、眉間に皺が寄って歯も食いしばっている。


 見兼ねて、ベッドから立ち上がりイセリ―の背後に移動して両肩にそれぞれの手を置く。集中しきっていたのか、肩に手が触れた瞬間にビクッと跳ねる。


「力を抜いて。深呼吸して落ち着くとやりやすいよ」


「あ……うん、ありがとう」


 そう言って、イセリ―は一度深呼吸をする。触れていた肩から力が抜けるのを感じ取ったボクは、邪魔をしないように距離を取る。


 室内は静まり返り、見守っているだけのボクとカルミナまでもがかすかな緊張感をびる。時間の経過が遅く感じ、ほんの数秒が数分にすら感じられた。


「……ふっ」


 イセリ―が短く息を吐いた直後、お椀にしていた両手の数センチ上に水が生じ、重力にならって手の中に納まった。


「……出来た」


「やったー! 出来たねイセリー!」


「う、うん、出来た……! わっ」


 カルミナが、自分のことかのように喜んでイセリ―に抱き着く。勢い余って手の中の水が半分近くこぼれたのを、練習中の時空魔法を使って着地寸前に空中に維持する。


「あ、ありがとう……」


「いいよ。じゃあ次は、凍らせてみようか。イメージは液体にするときとそんなに変わらないよ。液体自体も、粒子が集まってるだけだから……中で暴れまわってる粒子の動きを止めるってイメージで出来ると思う」


「分かった」


 水を作ることに成功して自信がついたのか、表情が少し力強くなって見える。


 空中に維持していた水をイセリ―の手の中に戻し、干渉を中断する。カルミナは抱き着いたままだが、イセリ―はそんなことを気にせず再び集中する。そして、ものの数秒もせずに手の中の水は氷へと姿を変えた。


「おお、凍ったー!」


「出来たっ。けど冷たい」


「あはは、そりゃね……次からは空中に維持する方法を身に着けてからやらないとだね」


「うん、そうだね」


 炎を作り、イセリ―の手に近付ける。無理にがすよりは溶かすした方が安全だろう。


 一分もすると、イセリ―の体温とボクの火魔法で氷は徐々に解け、手にせっちゃくしている部分はなくなった。もう大丈夫だろう、そう判断して火を消滅させる。


「はいはい、あたしもやってみる!」


 元気に手をげたカルミナが、イセリ―から離れて同じように手をおわんにする。ボクの説明とイセリ―のお手本があったおかげか、すぐに水を作り氷へと形を変えた。


「出来た!」


「やるなぁ」


「えへへ~、ちべたい」


 はにかむカルミナに近付き、イセリ―と同様に氷を解かす。カルミナの方が体温が高いのか、イセリ―より十秒ほど早く溶けだした。


「それにしても、プロティアって凄く物知りなのね。ほとんどの人が知らなさそうなこと、沢山知ってるみたいだし」


「えっ」


 まずい、怪しまれてる。


「え、えっと……く、詳しい人が知り合いにいるんだよ! うん!」


 イセリーの疑念のこもった視線が痛い。うう、ボクだって出来れば嘘なんてつきたくないんだよぉ……。


「……そ。まあ、プロティアがこうして教えてくれるなら私達にとってもゆうえきだし、せんさくはしないでおくね」


 これは絶対に信じてもらえていないやつだ。追及はして来ないから、今は気にしないでおこう。気にしたら負けな気がする。


「ねえねえプロティア、あたし火属性使いたい!」


 手の中で氷を水に浮かばせながら、カルミナがキラキラした目をこちらへ向ける。火属性を使いたい理由は分からないが、好きこそ物の上手なれ、だ。拒否する理由もない。


「いいけど、火属性はかなり難しいぞ? それでもやるかい?」


「うっ……や、やってやらぁ!」


 意地悪に言ってみたが、カルミナは一瞬ひるんだだけで、前のめりになりながら答えた。同時に水が手から零れて私服と床がびしょ濡れになったのは、ごあいきょう

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