無詠唱魔法
約四時間後、今日の鍛錬を一通り終えた。相変わらずのハードさでほとんどの生徒が倒れている。今日も人が増える前にお風呂を済ませたいし、一人で先に向かうとしよう。
「プロティア、今日もお風呂先に行くの~?」
「うおっ」
寮へと体の向きを変えた直後、後ろからカルミナが抱き着きながら――ほぼ全体重をかけてきているから、倒れ込むの表現の方が合っているかもしれないが――聞いてくる。背中の
「うん。なるべく人がいないうちに済ませたくて」
「そっかぁ。もしかして、あたしがいつも一緒に入ってるの、お邪魔?」
「……そんなことはないよ」
そんなことはなくもないのだが、お風呂に入っている時のカルミナは基本静かなので、意識をなるべく向けないようにしさえすれば邪魔ということは無い。それに、どのタイミングでお風呂に入るかは人の自由だ。寮のお風呂は共用だし、
「じゃあさ、今日は初めから一緒に入ってもいい? 体力がついたのか分かんないけど、お風呂に入る元気くらいは残ってるんだ〜」
カルミナがボクから離れて、両腕を肩の高さまで上げて力こぶを作るようにむん、と力を込める。服で隠れていて見えないが、微笑ましさで頬が
「分かった。でも、お風呂に入っているときは抱き着かないでね」
「えー、入学式の日あんなに触って来たんだし、今更でしょ?」
「あれは、なんというか……テンションがおかしかったんだよ。忘れて」
「人のおっぱい散々触っておいて、なかったことにしてなんて不公平なことは言わないよね?」
「うぐっ……」
実際に触ったのはボクではなく少女プロティアだ。責任取れプロティア! と心の中で叫んでみるが、悲しいかな、反応は無い。
「と、とりあえずお風呂行こう!」
「あー、話逸らした〜」
言葉は追求するような内容だが、言い方はどこか楽しげで、本当はただボクを
「じゃあ、仕返しにプロティアのおっぱい揉ませて!」
「それはダメ」
「ええー」
予想通りの提案だった。そりゃ、揉んでいいのは揉まれる覚悟がある奴だけなのだから、本来は甘んじて受け入れるべきだろう。しかし、この一週間で試しに一度触ってみたことがあるのだが、少し刺激を入れるだけで全身の神経という神経が
自分で触るだけでこれなのだ。もし他の人に触られるとなれば、ただでは済まないという
「エッチなこと以外は何でもしてあげるよ」
「ん? 今何でもって言った?」
「言った言った。エッチじゃなくて、ボクに出来ることなら何でも」
食い気味に聞いてくるカルミナに、あしらうように答える。正直、エッチなことでなければ大抵のことは何でも応えられるだろう。プロティアの魔法の才格は、そう思わせるだけのものがある。
「何でもかぁ。うーん」
カルミナが腕を組み、目を閉じて
「うぅぅーーーーん……」
背を
「うぅぅぅぅーーーーーーにゃっ!?」
「おっと」
猫のような声を出しながら、足が
「ちゃんと前見て歩かないと、危ないぞ。今すぐじゃなくて、
「うん、じゃあそうする……えへへ、ありがと」
濁声のまま保留に同意し、自分の足で立ってからお礼を言う。ボクとしては、このまま忘れてくれたら御の字だが。
寮の自室に戻り、
カルミナと二人で誰もいない脱衣所に入り、浴室の入り口に一番近い
かれこれ一週間以上、カルミナとはお風呂を共にしている。何をする、というわけでもなく、軽く雑談をしたり、日によっては一緒にお湯で温まったりしているだけという日もあった。最近は、
だが、
これが休日二日ともだったのだから、カルミナが意図的にやっていると思うのも無理はないだろう。ちなみに、アトラさんとイセリ―は別で入った。
今は皆との仲を深めたい段階だし、向こうから来てくれる分にはありがたい。それに、ボクの予想では、ルームメイトの中で一番闇が深いのはカルミナではないか、と思っている。
ボクは医学に
それに、カルミナは雰囲気が大きく変わるときがある。お風呂に入っているときの違和感なんかがそれだ。二重人格とまでは言わないが、本当に同一人物なのかと疑問に思うくらいには
ボクになにか出来ることはないか、とも思うが、そんなことをする理由も、どちらが
「プロティア、体洗わないの?」
ほぼ流れ作業でお湯を作った後、そんなことを考えながら桶でくるくると小さく
手で顔を
「最近、体を洗う魔法を作っててね。
「何それ、あたしも使いたい!」
魔法の練習にもなるだろうし、人に教えられるくらいの質になったら教えてあげるのもいいかもしれないな、と思いつつ、
次に、お湯の中に無数の小さな泡、マイクロバブルを作り出す。初めはボディソープを作るとか、体の汚れを分解する、みたいなものを想定していたのだが、イメージだけでそこまでするのは難しいし無駄が多い、という結論になった。そして、ピクシルと話し合った結果辿り着いたのが、全身をお湯で包みマイクロバブルを使って汚れを落とす、というものだった。これなら水と風を
マイクロバブルはそのまま、体を包むお湯を
「ぷぁっ……」
何度か深呼吸をして酸素を肺に送り込む。
「はぁ、はぁ……こりゃ、分割した方がいいな」
いくらマイクロバブルと言えど、全身を一分や二分で十分に綺麗にすることは難しいだろう。洗濯機のようにかなり激しくお湯を渦巻かせても、五分程度はあった方がいいように思える。そうなると、顔を
「……髪乾かしてるときから思ってたけどさ、プロティアって詠唱使わないよね」
改良点を考察していると、ほけーっとボクを見ていたカルミナがそう言った。
「ん? ああ、そうだね。別に使う必要もないからさ」
ピクシル曰く、詠唱は昔、人類が簡単に魔法を使うために作り出したものだそうだ。詠唱とイメージを連結させることで、魔法の精度を上げることが出来るらしい。確かに合理的ではあるが、いつの間にか魔法は詠唱で使うものという
「詠唱は確かに魔法の精度を上げてくれる。でもね、それは同時に魔法の自由さを捨てているんだ」
「魔法の自由さ……」
「話は後にして、先に体を洗ってお湯に浸かろう。風邪引いちゃう」
「あ、そうだね」
体を洗う魔法はもう少し改良が必要そうだから、今日は諦めて手で洗うことにする。
カルミナと横並びで全身を洗い終え、ボクは髪を紐で
「それでプロティア、さっきの話だけど……」
「ん? ……ああ、魔法の自由さね。戦いの中、まあ日常もそうだけど、生きているうちは何が起こるか分からない。そうなると、魔法が使えるカルミナはこんなことを思うこともあるはずだ。『こんな魔法が使えたら』って」
「うん、何度かあるよ」
「でも、詠唱で使える魔法は限られる。詠唱を知らない場合もあるだろうし、それこそそんな魔法が存在しないかもしれない」
「あるあるだねぇ」
「これが、詠唱を使うことにより魔法の自由さが失われた状態だ」
「なるほどぉ~」とカルミナが
「んで無詠唱、もっと正確に言えばイメージだけで魔法を使えたら、その自由は基本失われることはないんだ。だから、こんなことも出来る」
両手でお
「わあ、すご!」
さっきまでトロンとした表情をしていたカルミナが、氷のバラが生まれると同時に目を輝かせて湯船にもたれかかっていた上体を起こした。
「まあ、イメージだけで魔法を使うのは色々とコツがいるから、
現象をしっかりとイメージ出来なければ魔法は精度に欠けるものになるし、
そのため、イメージのみで魔法を使う場合は、現象に対する十分な
手をお湯に浸けて、氷のバラが溶けていくのを二人で
「魔法の自由さかぁ。考えたこともなかったな〜。魔法は詠唱をして使うもの、って思い込んでたし」
そう言って、カルミナが湯船にもたれかかる。右手をお湯から出し、前に突き出すと、眉間に皺を寄せて「ふんむむむむむ〜」と全身を
「無詠唱ってどうやるの?」
はにかみながら、問いかけてくる。なるほど、今のは無詠唱で魔法を使おうとしていたのか。
「これから、練習していこうか。イセリーも誘って」
「お、いいねそれ。楽しそう」
頑張ろ〜、とふやけた声は、とても
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます