褒賞金

 アトラさんに一昨日のことを一通り説明し、防音魔法を解除した後、十分ほど経ってからカルミナとイセリ―は帰ってきた。かれこれ二十分から三十分程いなかったが、ボクとアトラさんは前もって何も聞かないでおくと決めていたため、その後は夕食を食べ、おのおの寝る準備を終えて眠りについた。


 翌日以降も、同じような日々が続いた。午前は座学、午後は鍛錬を行い、ぶっ倒れている三人を他所よそにボクは先にお風呂へ向かい、ピクシルと一緒に体をれいにする魔法の開発をしたり、一緒に温まったりする。そして、少し遅れてはかなさをまとうカルミナが来て、調子がくるわせられながらも裸の付き合いをする。


 夜は夕食を食べ、眠くなるまで話をしてから眠りにつく。一つ違うとすれば、カルミナとイセリ―が途中でいなくなることがないくらいだ。やはり、ゴブリンに関係があるのだろう。だが、まだそれについて話してくれる様子はなさそうだ。もう少し好感度を上げる必要があるのかもしれない。


 ゴブリンのさい――魔物による災害のことらしい――は、事件から四日後に公表された。色々とおくそくが飛び交いもしたが、ボクにとって一番の問題は「火炎大蛇カエンオロチ」なる呼び名が広まっていることだ。現状、それがボクであることは知られていないようだが、フルドムに聞いたところ、冒険者の間では既にバレているらしい。一般の人に知れ渡るのも、時間の問題かもしれない。


 また、ピクシルから色々と話を聞くことも出来た。ここでそれらを軽くまとめておこうと思う。


 まずは魔力についてだ。魔力は量子に似た物質で、魔力器官を通してエネルギーを与えると、それを振動数と結合という二つの要素に振り分け、その組み合わせで魔法として発現する現象が決まるそうだ。りょくせんから外に出た魔力は、初めはまくおおわれているらしく、それがはじけることで魔法として発動するらしい。ただここで、もし何らかのよういんで膜が弾けなかった場合、確率は低いそうだが、ここに魂が宿やどり妖精や精霊となるらしい。


 妖精と精霊の違いはそのしゅつにあるらしく、妖精は二人――数え方が分からないから、ここはにんとしておく――の妖精同士で決められた魔法を使って、生物が子孫を残すようにして必然的に生まれてくる。対して、精霊は発動しそこねた魔法から生まれてくるもので、ぐうはつ的に生まれてくるのだそうだ。ピクシル曰く、「妖精は魔法をべる存在よ。属性ごとにつかさどる精霊なんかと一緒にするようなら、殺すから」だそうだ。気を付けよう。


 次に聞いたのは、ピクシルの過去だ。四千年以上生きていると言っていたし、面白そうだと思ったのが理由だ。追い出された理由としては、魔法の練習中に誤っておさが育てていた魔物を殺したり、遊んでいる途中で魔物の集団におそわれ集落までおびき寄せたりと、色々とやらかしたかららしい。その後は、興味の湧いた人のそばで日々を過ごし、その相手がいないときは行く当てもなく世界中を旅していたそうだ。


 興味が湧いた人の中に転移者がいたそうだが、その人について聞いても、少しの間黙って考え込んだのち、「個人情報は教えちゃダメでしょ」とくぎされて何も聞けなかった。


 また、この世界の文明レベルも聞いた。世界中を旅していたそうなので、その中で世界の文明レベルがどのくらいか見ているだろうから、教えてもらおうと思ってのことだ。


 結論から言うと、少なくともさんぎょうかくめいよりも前だろう。魔道具はあるが、じょうかん以降の道具は今のところ一切なく、動力はちくや水車を使ったものが中心だ。また、学問についても運動方程式などの基礎の部分は求められているが、ケプラーの法則のような宇宙関連や相対性理論なんかはまだ存在しないようだ。アインシュタインのような天才はまだ生まれていない、ということだろう。


 その次の日は、プロティアの索敵魔法について聞いた。ピクシルが言うには、プロティアの索敵はげんみつには魔法ではないらしい。


 この世界にはいくつかの索敵魔法があるそうだが、おもに使われているのは二つだそうだ。一つは、しきかく索敵と呼ばれ、サーモグラフィーのように温度の違いを色でしきべつするものだ。恐らく、魔法で赤外線を視認できるようにしているのだろう。


 もう一つは、透視索敵だ。文字通り、周囲の物体を透 《とう》して遠くの物を見ることが出来る。仕組みとしては、光を屈折させることで物体の後ろにある物を見ている……のだろう。詳しくは分からない。


 だが、プロティアの索敵はこのどちらにも属さない。


 プロティアの索敵は魔力振動と呼ばれる技術の応用らしい。しかも、使える人はかなり限られている。


 魔力振動というのは、自然魔力――文字通り、自然に存在する魔力全体――にせんてん魔力――生まれつき生物が体内に有している魔力で、魔法と同様固有の振動数と結合がある――をかいして同じ振動を与える技術だ。基本的にこの技術は特に役立たないのだが、ある二つの特徴を持つ人物は魔力振動を使った索敵を行うことが出来る。その二つというのが、先天魔力と自然魔力の状態が近いこと、そして超びんかんであることだ。


 そんな体質エロゲの世界でもない限り役に立たねぇだろ、と思っていた超敏感だったが、まさかのとくしゅ索敵スキルを使う必須条件だったらしい。いわく、魔力振動による索敵は最も有用らしく、索敵として用いるだけでなく、他の人や魔物の体内ものぞいて怪我の状態を見たり、強さを測ったりすることが出来るそうだ。これだけのメリットがあると分かれば、超敏感で色々とへいがいが出るとしても余裕で有益だ。


 最後に、時空魔法について聞いた。主に聞いたのは、しゅうのう魔法についてだ。そういう魔法は既に使われているようだが、どうも収納の中に何かアイテムがある間、常に魔力を消費するためあまり日常的には使われないらしい。一応仕組みも聞いてみたが、時空をあやつるという感覚に慣れていないため上手く発動出来なかった。要練習と脳内にメモしておく。


 そうこうしているうちに、一週間が経過した。ボクは今、校長室に呼び出されている。


 何かやらかしたかとビクビクしながら向かうと、そこには校長であるBランク冒険者のイレディルと領主のフォギプトスが談話していた。予想外の組み合わせに一瞬思考が停止したが、領主がいるということで魔災についてだと推測がついた。


「来たか、プロティア」


 ノックして「失礼します」と声をかけて入ったにもかかわらず、二人は一分程ボクに気付かなかったが、やっと気付いた校長がボクにそう言った。それに合わせて、フォギプトスも視線を向けてくる。先週会った時より、少々やつれた印象を受けるが、やはり問題の処理で色々と忙しいのだろうか。


「すまない、いきなり呼び出してしまい」


「い、いえ……昼休憩なので、特に問題はありませんが」


 昼食を終えてすぐ、ボクを探していたフルドムに行くように言われたのだ。いつもは昼休憩中は軽く運動をして、けっとうの増減をおさえつつ午後の鍛錬に向けてのウォーミングアップをしていたから、全く問題がないわけではないが、多分何とかなるだろう。


「今日呼び出したのは他でもない。君へのほうしょうきんの用意が出来たため、届けに来た」


「わ、わざわざ領主様がですか?」


 てっきり配下の騎士やメイドが届けに来ると思っていたから、ついそう質問してしまった。気付いた時にはもう遅い。というか、何回同じミスをするんだボクは。


「なに、今回はイレディルとの話もねて来たのだ。元々は顔見知りであるギリュスルあたりに持って来させようと思っていた」


 ついでというわけか。そういう事なら、変に気にする必要も無いだろう。もし、領主がまた出てくるようなやらかしをしてしまったとしたら、と考えてしまったが、ゆうだったようだ。


「これが今回の私とギルドからの褒賞金、及び私からの謝礼金、額は二十五万エイグだ。褒賞金が私とギルドそれぞれ十万、謝礼金が五万だ」


 エイグ、というのは、この国でのお金の単位だ。円と比較するとどのくらいか、と言われると分からないが。そうだ、こういう時のピクシルじゃないか。


 ――ヘイ、ピクシル。パンって何エイグ?


『何かしら、ちょっとくつじょく的なんだけど。まあいいわ。大体十から十五エイグってところね。安いところは五エイグなんてところもあるけど』


 つまり、一エイグ十円といったところか。てことは、今回もらったのは二十五万かける十で、二百五十万円か。え、冒険者ってそんなにもらえるものなのか?


 予想外の金額に、疑問がかくせなかった。ただ、難易度もかなり高かったことを考えると、それなりに適当な金額なのかもしれない。それに、本来は十万エイグというのが正式な褒賞金なのだろう。フォギプトスの追加があって、この金額なのだ。とはいえ、それでも百万円という、一晩の出来事ということをかんあんして、なかなかの金額ではあるが。


 そんな考察をしていると、フォギプトスが上着の内側に右手を入れて、じゅうりょうを感じるソフトボール大のあさぶくろを取り出した。二歩でボクの目の前まで移動すると、無言でそれを手渡してくる。両手でそれを受け取ると、ズシリと確かな重みがのしかかる。中を覗いてみると、金色の硬貨が二十枚ほど入っていた。一枚一万エイグだとすると、二十五枚入っていて二十五万エイグということだろう。


「あ、ありがとうございます」


「ああ」


 受け取ったお金をどうしようかと迷うが、スカートのポケットには入らないし、仕方なくそのまま持っておく。


 もう用済みかな、と思い部屋を後にしようと一歩退しりぞくと、フォギプトスがボクを真っ直ぐ見据え、再び口を開いた。


「もう一つ、お前に話しておくことがある」


「え、あ、はい、なんでしょう!?」


 もう一歩下がろうとした足を慌てて戻し、背筋を伸ばして次の言葉を待つ。


「今後、先日のような魔災が起こらないとも限らない。出来る限り我が騎士達で対処はするが、抑えられない場合もあるだろう。そうなった時は、冒険者ギルドと学園に援助をようせいすることにした。学園からは教員と十分な実力のある生徒数名をせんえい部隊としてけんしてもらうことになったのだが、お前にその部隊へ参加して欲しい」


「ああ、なるほど……そういうことなら、喜んで」


 プロティアの「みんなを助けて」という願いを叶えるためにも、この話はありがたいことこの上ない。それに、実戦は実力を伸ばすのにもってこいの場所だし。断る理由はない。


「そうか、助かる。話は済んだ、行ってくれて構わない」


「あ、はい、失礼しました」


 一礼してから、校長室を出て静かに扉を閉める。こっそり聞き耳を立ててみると、他の生徒のせんていこうしょうは頼んだぞ、といった話が聞こえてきた。先鋭部隊の選出は、校長にゆだねられたらしい。ぬすみ聞きしていたことがばれてはあれなので、いそいそとその場を離れて寮の自室へと戻り、お金をロッカーの中にしまっておく。この金額を外に置いておくのは怖いし、早いところ収納魔法を使えるようにならなければ。


 昼休みの終了時間も差しせまってきているため、急いで屋外修練場へと向かう。この学園では体操服のようなものは存在せず、男女ともに制服のまま鍛錬を行う。男子はまだ長袖長ズボンだが、女子はセーラー服に似た長袖スカートだ。しかもスパッツなどはまだないため、ほとんどが男子の目の中、スカートの中のパンツが見えないように動かなければならない。あまりにも鬼畜が過ぎる。今度先生に文句を言っておこう。


 そんなことを考えながら、修練場に着いた。既にほとんどの生徒が集まっており、アトラさん達もひとまとまりになって準備運動をしていた。三人の姿を見て、身近なじゅうちん二人と会っていていまだ残っていた緊張感がやわらぐ。駆け足で近付くと、カルミナが一番に気付いて大きく手を振る。それに小さく右手を上げることで返して、そのまま近くまで移動する。


「プロティア、遅かったね~。いつも一番なのに」


「うん、ちょっと校長室に呼ばれてたんだよ」


「えぇ!? 何やらかしたの!?」


しんがいな」


「先日の件の褒賞金でしょう? 学園の前に我が家の馬車が停まっていますので」


 そう言って、アトラさんが校門に目をやる。ならってボク達も目を向けると、確かに馬車が一台停まっていた。遠くてはっきり見えないが、馬車の入り口には何らかのもんのようなもんようがある。


「あれ領主様のなんですか!?」


 カルミナが若干あおめた表情で尋ねる。アトラさんが「ええ」と首肯すると、ひえぇ……とおびえた表情へと変わった。何も悪いことはしていないが、警察やパトカーが近くにいると緊張してしまうのと同じだろう。


「そういえばプロティア、褒賞金っていくらくらいもらったの?」


 怯えはどこに行ったのやら、両手をくちもとに近付けたポーズだけを引き継いだままケロッとした表情で尋ねてくる。このまま話して他の人に聞かれたらいけないので、防音魔法でボクを含む四人を囲む。これで、この中にいる四人以外には聞こえなくなった。


「二十五万エイグだよ」


「二十五万!?」


 カルミナが本来なら修練場全体に余裕で響き渡っているだろう声で、ボクの返答を繰り返す。イセリ―が横から小突いたことで、ハッとやらかしたことを気付くが、大丈夫となだめておく。だが、小突いているイセリ―も、アトラさんも顔にはきょうがくの二文字がよく似合う表情を浮かべている。


「その、本当なのですか?」


「はい。ギルドから十万、領主様から十五万頂きました」


ふんぱつしましたわね、お父様……」


 アトラさんから見ても、奮発しているようだ。ボクとしてはありがたいが、財政的には大丈夫なのか心配になる。多分大丈夫だと信じよう。


「はい、この話はここまで。先生も来たし」


 防音魔法を解除する。それとほぼ同時に、フルドムが集合の号令をかけた。さあ、今日も地獄の鍛錬が始まる。

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