カルミナ1
頭皮近くは完全に乾いていることを確認し、毛先へと手櫛をスライドさせていると、扉が開いて
「あれ、プロティアもう髪乾いてるの?」
「うん、魔法でちゃちゃっと」
ほえー、と
この学園には、恐らく適性関係なく生徒が集まっている。ボクのように魔法と剣に適性がある者もいれば、魔法を使うことが出来ず、剣に特化した人もいるだろう。場合によっては、弓矢やまだ作られていないだろうが
それに、魔法が使えたとしても、人によってはちょっとした魔法しか使えない、という場合もあるだろう。胃の大きさで食べられる量に個人差があったり、汗をかく量が違ったりするし、同じように魔力器官が
「カルミナは、魔法使えるの?」
「ん? うん、使えるよー。どっちかというと、得意分野かも。詠唱に失敗しない限りは」
にへらとはにかみながらカルミナが答える。得意分野、ということは適性は魔法寄りなのだろう。
「魔力切れを起こしたことはあるの?」
「え、うーん……何回かはあるけど、イセリ―との特訓でめちゃくちゃ使いまくった時くらいかなぁ」
もしそれが本当なら、カルミナの魔力器官は相当
「じゃあ、武器は?」
「剣の練習はしてるんだけど、イセリ―に勝てた
「いや、どうだろう。カルミナが戦ってるところを見たことないし、イセリ―がすごく強いって可能性もあるから」
武器に関しては未知数、といったところか。これは武器を使った
「急にどうしたの、あたしのこと聞いてきたりして」
「え!? あ、えーと……せ、せっかく同室だし、これからパーティーとかも組むかもしれないからさ! 知っておこうと思って!」
「ふーん」
カルミナが疑うように目を細める。
その状態のまま数十秒が経つ。若干の気まずさが生じ始めたところで、革底の足音が近付いてくる。部屋の外ではなく、中で。つまり、近付いているのはカルミナであり、何かと思い視線を上げると――
「あたしは話したし、プロティアも何か教えてくれないと、割に合わないんじゃないかな?」
カルミナが両手でボクの頬を挟んで、面と面を向き合わせながら言う。ふわりとミルクのような甘い香りが
にやりと笑みを浮かべ、ボクの目を真っ直ぐに見つめてくる。口角の上がった唇は可愛らしい薄ピンクで、ぷっくりとしている。プロティアより高い鼻が引っ付きそうなくらい近くにある。長い
家族以外の女子とここまで接近するのは、初めてと言っても
少しでも距離を取ろうと手を後ろについて体を引こうとするが、カルミナが乗り出して来るため意味をなさない。むしろ、このまま引き続けたらボクがカルミナに押し倒される形になり、場合によっては勢い余って頭を打ったり、キスしてしまうかもしれない。つまり、ボクはもう何か話さないと離してくれないということだ。
「あら、いつの間にか
アトラさんの言葉を聞いたカルミナが、一度顔の向きをボクへと向ける。次の瞬間、さっきまで少し日に焼けた健康的な肌色だったが、今の状況を
「ち、ちが……! うわっ!」
「のわっ!?」
ボクから手を離し弁明しようとするが、前屈みになっていたせいでバランスを崩して倒れ込んでくる。ボクはどうすることも出来ず、そのまま後ろに倒れる。カルミナが少しズレていたおかげて、頭を打ったりキスをするようなことはなかったが、
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、はい、一応」
アトラさんとイセリ―が駆け寄ってくる。胸に押し付けられる柔らかい感覚に意識を向けないようにしながら、ベッドシーツをぎゅっと握ったまま動きそうにないカルミナの代わりに答える。
とりあえず、今の状況を説明した方がいいだろう。二人に変な勘違いをされてもらっては困るし、どう話したものか。
上手い説明が思い付かず、脳内で言葉と場面をぐるぐるとさせていると、不意にカルミナが腕立て伏せをするかのように起き上がった。
「ごめん、プロティア! 足が滑っちゃって」
「あ、うん」
急に勢い付いたカルミナに
「さっきのは、プロティアに色々と質問されて、その仕返しで詰め寄ったらああなっちゃったんです。なので、変な意味はないです!」
アトラさんの前ということもあり、敬語でキッパリと言い切る。お風呂以降の落ち着いた様子からは、まるで別人かのような声音だ。一切
「そうですか。すみません、
アトラさんが
「私、お手洗いに行ってきますね」
今の今まで黙っていたイセリーが、唐突にそう言って部屋を出ていった。てっきりカルミナに何か言うものと様子を見ていたのだが、ずっと何かを
数分して部屋に戻ってきたが、そそくさとベッドに入ってしまったから聞くことも出来なさそうだ。関係するかは分からないが、朝のこともあるし、人にあまり聞かれたくないこともあるだろう。あまり触れないでおこう。
「ところでプロティアさん、
そう言って、アトラさんがボクの隣に腰を下ろす。なんのことか、と一瞬
「分かりました……話しますよ、
「よろしい」
――ピクシル、魔法で音を
『出来るんじゃない? あんたの知識があれば余裕でしょ』
お
音というのは、物質を
しかし、これは逆を言えば、物質がなければ音は伝わらないということだ。
二十分程度を目安にしよう、と決めて、部屋の中を取り囲むように真空の層を魔法で作る。これで、大声で話したとしても外に聞こえることは無いだろう。
「一昨日の夜、街にゴブリンの群れが攻めてきました。今日の魔物の授業がゴブリンになったのも、それが理由だと思います」
結論を先に話す。三人の反応を見てみるが、アトラさんは予想通り知っていたのだろう、特に目立った反応は見せない。しかし、カルミナは大きな目を更に見開いて、視線をイセリーへと向けた。イセリーは掛け布団にくるまっており、こちらに背中を見せているため表情は分からない。
「いった、たたた……」
すると、急にカルミナが顔を
「ご、ごめん、急にお腹が……イセリー、トイレ着いてきてくれる?」
カルミナがそう言うと、横になっていたイセリーが起き上がり、短く息を吐いた。
「もう、しょうがないわね」
眠いのか、目は半開きだが、聞き取りやすい
二人がいなくなり、今度はアトラさんと二人きりになった。
「どうかしたのでしょうか? 魔物の授業でも、似たようなことになっていましたが」
「どうでしょう。あまり
自分にも言い聞かせるつもりで、アトラさんに答える。魔物の授業といい、今といい、話題はゴブリンだ。二人の様子から察するに、イセリーにゴブリンに対する何らかの問題があると見たが、
「向こうから話してくれるのを待ちましょう。一昨日のことについては、アトラさんにだけ話しますね」
どうせすぐに事実が広まるだろうが、それがいつになるかは分からない。西門のこともあるから、遅くても数日以内だとは思うが。
とはいえ、アトラさんは勝手に広めるようなことはしないだろうし、ここまで詰め寄られてはボクに
「地下牢で話した通り、ボクは魔物の
「私に嘘をついて」
根に持っているのか、軽く唇を
「
「そうでしたのね。そういえば、今朝、学園に向かう馬車から街での会話に耳を澄ましていたのですが、その中に『
なんだよその厨二病な名前は! 恥ずいわ!
心の中で叫ぶ。確かに、厨二なものはそれなりに好きだし、
「あと、その夜に炎の巨大な蛇を西門のあたりで見た、という話も聞こえました。どれ程のものかは分かりませんが、この街にそのような規模の魔法を使える方は思い当たりません。もしかして、プロティアさんのことではありませんか?」
「えーと、まあ……ボクのことですね。確かにそんな魔法使いましたし」
「やはりそうだったのですね。二つ名というのは
「絶対にやめてください」
表情から
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます