冒険者学園3
タオルを持ち、髪をまとめる
「早くお湯入れないと……」
タオルを入り口の
四十度弱程度を狙ってお湯を作ってみたが、本当に想定通りに作ることが出来たのか分からないため、湯船を満たすお湯の中に右手を入れてみる。
「ぅあっつ!?」
指先が冷えているということもあるだろうが、一秒にも満たない時間
後ろで浮いていたピクシルがボクの
「まだまだ子供ねぇ」
そういいつつ、何らかの魔法を使う。
「あんたに回復を使うのは二回目ね。ま、前回とは別の魔法だけど」
「二回目?」
ピクシルと出会ったのはついさっきだし、少なくともボクの記憶にはピクシルに回復してもらった覚えはない。それに、別の魔法というのも気になるところだ。回復魔法には複数種類あるのだろうか。
「まあ、あんたが知覚してなくても仕方ないわ。ゴブリンとの戦いの最中、あんた毒で動けなくなって死にかけたでしょう?」
「……あ、ああ、確かにあったな!」
一瞬思い出すのに時間がかかったが、恐らくボクとプロティアの精神が入れ替わった時のことを言っているのだろう。毒で動けなくなったはずなのに、ボクが表に出た時には
「つまり、あの時毒から動けるようになったのは、ピクシルが回復をしてくれたから……ってことか」
「そうよ。ついでに言うと、あの後魔法が再び使えるようになったのも私のお陰ね」
ということは、ピクシルはボクとプロティアにとって命の恩人ではないか。知らなかったとはいえ、かなり
「殺さないわよ。あんたより酷い態度をとった奴なんて今まで何人もいたんだし、そのくらいで切れたりするほど
ピクシルの言葉に
「……っと。あともう一つ、別の魔法ってどういうこと? 回復魔法にいくつか種類があるの?」
浴槽の近くにある桶で
「
つまり、ゴブリン戦でピクシルの回復を受けた後、一度は限界まで使っていたエネルギーが回復して
「話を聞く限り、時空魔法の回復を使った方が確実じゃないか?」
ピクシルの説明を聞きながら作った泡で体を洗いながら、そう質問してみる。わざわざ使い分けているのだから、何らかの理由はあると思ってのことだ。
「効果だけを見ればね。ただ、時空に
「なるほど」
要するに、
体を洗い終わり、髪へと移行する。鍛錬での疲れで腕を上げるのも一苦労だが、屋外修練場での鍛錬だったこともあり汗だけでなく土などの汚れもあるため、頑張って
「……一瞬で体を綺麗にする魔法とか、ない?」
頭を
「知らないわね。ないなら作ればいいんじゃない? 新しい魔法を作ることこそ、魔法の
それはそれで面倒そうだが、とは思うが、確かに新しい技術を作るのは楽しいし、ボクの前世の最後数年はそうして過ごしてきたのだ。むしろ、新しい技術の開発こそボクの
とはいえ、今日はもう疲れたし、既に体を洗い終わっている。お風呂を出た後から創作の時間としようか。幸い、実験をする時間はたっぷりあるのだ。工学系だったからこういった化学や美容に関しては
「そうだね、そうしてみるよ」
毛先を丁寧に洗いながらピクシルに答える。身体洗浄魔法(仮)と同時に、トリートメントを作る魔法なり技術なりも考えた方がいいな。せっかくの
そんなことを考えているうちに、髪も含めて全身を洗い終える。魔法の練習も兼ねて、空気中の水分から作ったお湯で泡を洗い流し――今回は温度もちょうど良かった――、腕に巻いていた
「ふぅ……」
肺の中の空気を全部吐き出すつもりで、細く長く溜息を
――これ、マッサージしとかないと、明日筋肉痛で死にそうだな。
そう思い至り、左腕を右手で
午後の
しかし、その内容はかなり入念に作られていて、
それをもってしても十歳には
ボクのルームメイト達は、カルミナは座り込んでいただけだったが、イセリーやアトラさんに至っては服や髪が汚れることなど気にならないくらいに疲れ切って、地面に倒れて棒になっていた。呼び掛けても視線を向けるだけで、身体がピクリと動くことすらなかったため、あれはしばらくあのままだろう。
「後で三人にもマッサージをするように言っといた方がいいかな……無理そうならボクがすることになるかもしれないけど」
うら若き少女のマッサージというのは、精神が男であるボクとしては抵抗しかない。三人とも、自分で出来る程度には回復していることを祈ろう。
両腕の揉み解しを終え、
未だ痛むがだいぶ柔らかくなってきた脚をムニムニと解しながら、視線を横にやる。いつの間にか桶にお湯を溜め、ピクシルがそこに浸かっていた。もちろん、裸だ。羽根はそのままだが。
ボクはピクシルのような凄く小さい女性に
「……ジロジロ見ないでくれる、変態」
「妖精もお風呂に入るんだ」
ピクシルの
「別に入らなくても問題ないわ。ただ、あんたが
「入ったことないの?」
「ええ。この身体も
「そうなんだ。どう、気持ちいい?」
「そうねぇ……」
仰向けに入っていたピクシルが、小さな水音を立てながら
「たまにならいいかもね」
「そっか。じゃあ、また人が居ない時に一緒に入ろっか」
「そうね。付き合ってあげるわ」
相変わらず上からだなぁ、と思わなくもないが、ピクシルのこのキャラクターにも何となく慣れてきた。最初こそイラッとしたが、慣れてくれば飽きが来なさそうで案外楽しいかもしれない。
そう思いながらマッサージを終え、あと少し温まったら出ようかな、と思っていると、背後でキィと
「おぉー、人がいないとやっぱ広いねー」
少し鼻にかかった気の抜けた声の持ち主が、ぴちゃぴちゃと鳴らしながら近付いてくる。ボクの斜め後ろで
「湯加減どう?」
「ちょっと熱くしすぎたかな。気を付けないと
「わぁ、そりゃ大変だ」
気の抜けた返答に苦笑しつつ視線を右側に向けると、いつの間にか桶が浮いているだけでピクシルの姿は消えていた。どこに行ったのかと目の移動だけで探してみるが、どこにも姿は見えない。
『心配しなくても、ちゃんといるわよ。姿が見えないようにしてるだけ。
まるで脳内に直接話しかけるテレパシーのような方法でピクシルが話しかけてくるものだから、少し肩が跳ねてしまったが、気付かれていないことを祈ろう。
――分かった。
向こうはこちらが考えたことを全て見抜けるそうだから、そう意識の中で返事をしておく。
湯船にもたれかかるようにして
「二人はどうしたの?」
「まだ休んでるよ~。人が少ない間にお風呂済ませたくて」
どうも、カルミナもボクと似たような理由で重たい体に
「さっさと体洗っちゃおー」
そう言ってカルミナが不意に立ち上がる。見ちゃいけない! と腹筋を
「あっちゅ!」
よく響く浴室の中で、数秒間残響が残るレベルの大声をカルミナが上げる。何事かとつい背後に振り返ると、左手の人差し指を右手で押さえるカルミナの姿があった。
「
「えへへ、どのくらい熱いか確かめたくて……」
やるなと言われるとやりたくなるのは、この世界でも同じなようだ。そしてそこで抑えられないのが、いかにもカルミナらしいなと思った。
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