赤い妖精
「……誰もいないな」
午前の座学、午後の
入浴セットを手に、靴を脱いで脱衣所の中に入る。疲労で重たい体に
他の生徒が触れたのか、
「……仕方のないことだ。そう、これは、仕方のないこと」
そう言い聞かせて、ボクは目を閉じたまま身に着けている
ふんわりとして、少々ごわついてはいるものの長く綺麗な
分かってはいたことだが、鏡に映ったプロティアは本当に美少女だ。子供時代でこれなのだから、将来は芸能界に入っても
心の中でノリツッコミをしつつ、視線を鏡から下に向ける。一番に目に付くのは、スポーツブラに似た肌着に包まれた、男子のそれと
その下は、割れてこそいないものの、一目で
こうしてまじまじと見てみると、プロティアの見た目はまさに女子の理想と言えそうな見た目をしている。くびれははっきりあるし、腕や脚は健康的に細く長い。お腹回りも全くたるんだりしていない。後五年くらいしたら、絶対モテるだろう見た目をしている。
「正直、男子にモテるのは避けたいけどな……」
苦笑いを浮かべつつ小声で本音を溢す。何せ、ボクは精神的には男なのだ。性的
「でも、女子として振る舞う必要があるし、多少は覚悟しておくか……」
「男が女子に
「そうそう……――っ!?」
辺りを見回す。しかし、脱衣所には誰もおらず、気配も感じない。
「こっちよ、こっち」
声が聞こえた方に視線を向ける。洗面台の方に向くが、ボクは元々洗面台のすぐそばにいるから誰かがいるはずもない。
「下よ。鏡を見なさい」
言われるがまま、鏡に視線を向ける。
「初めまして、プロティア……いえ、ソラトさんと呼べばいいかしら?」
「出来ればプロティアでお願いしたいですね。それより、あなたは? 妖精か何かですか?」
「ご名答。私は妖精のピクシル。言ってしまえば、あなたの
ピクシーのピクシル……覚えやすい名前だなぁ。などと一瞬現実逃避をしたくなったが、ボクの
「補助役……っていうのは、どういう意味ですか?」
「意味も何も、文字通りよ。遠い昔に、あなたの家系にいずれ現れる転生者を手伝えって言われたのよ。だから、補助役」
「その手伝うように指示したのは、誰?」
「……さあ、教えないわ。
「……そんな命令をわざわざ聞く理由は?」
「行き場がないのよ、昔色々とやらかして妖精の集落を追い出されたから。それに、信頼してた人の頼みなのよ。だから聞いてあげてるの」
いくつか質問を投げてみたが、ますます怪しくなってくる。補助役という
ただ、誰かが来る前にお風呂を済ませたいためあまり長引かせたくはない。早いところどうするか決めなければ。
「ボクとしては、正直なところ君は信用出来ない。転生したばっかりで色々と知りたいことは多いけど、信用できないのはいただけないかな」
「あらそう。じゃあ、あなたが本当は男であることを言い広めるしか……」
「ままま待った! 落ち着こう、落ち着いて話をしよう……!」
さすがにボクが男であることを言い広められるのはたまったもんじゃない。カルミナは案外受け入れて普通に接してくれるかもしれないが、イセリ―は対応が悪くなるかもしれないし、アトラさんに至っては首が飛びそうで想像もしたくない。
というか、もし学園にいる間に中身が男だとばれた場合、アトラさんに許されたとしてどうなるのだろうか。体自体は女子のものだから、さすがに男子として扱うということはないと思うが、純粋に女子として扱うということも難しいだろう。最悪、扱いに困ったということで退学させられるかもしれない。
「……ボクが男であることを
「難しいことじゃないわ。あんたのサポーターとして私を
「な、なるほど……」
そこだけを聞くと、悪い条件ではない。近くにいてもらって食事を分けたら、いくらでも情報や
「情報の質が気になるの?」
「んなっ」
思考を読んだ? それとも
「思考を読んだのよ。生物の思考ってのは、多かれ少なかれ放出される魔力に含まれるものなの。まあ、ほぼ全ての生物はそんな
ということは、ピクシルの前ではどんな思考も筒抜けということか。味方に居れば心強いが、敵に回ったらおしまいな能力だ。どれだけ
「それで、情報の質だったわね。これでも私、四千年は優に超えて生きてるわ。妖精はあなた達肉体を持つ生物と違って、記憶を忘れることはないのよ。だから、情報の質はこの世界で
……ここまでくると、断る理由がない。むしろ、何故これだけの存在がボクの補助役なんかに収まろうとするのか疑問なくらいだ。いっそのこと、ボクを
「はぁ……私にそんな欲求があると思う? 四千年も生きてたら大抵のやりたいことはやり終わってるし、
「あいつ? やっぱり、この世界にはボクより前に転生者がいたの?」
「どちらかというと転移ね。と言っても、何千年も前の話よ。途中で
「そっか……」
そんなに前に転移した、ということは、ボクとは違う時代の人だろう。この世界と前世の世界がどれくらい時間の進みに差があるのか分からないから時代の差を計算出来ないが、少なくとも数世代や十数世代は違っていてもおかしくはないはずだ。
しかし、これでボクより前に同じ世界から来た人がいたことは確定した。英字のアルファベットの存在や、聞き覚えのある魔物の名前なんかもそれが原因なのだろう。それだけ前の世代が、現代の異世界テンプレを知っているのかという疑問は残るが。
「で、私をサポーターとして傍に置くのか、あんたが男であることをばら
「その二択、ほとんど選択の余地ないだろ。強制というか、
「あら、じゃあ広めちゃおうかしら」
ニヤリと右の口角を上げ、目を細めたピクシルがすぅと深く息を吸う。
「分かった、分かったから! ボクとしても、君みたいな補助がいてくれるのはありがたい。これからよろしく、ピクシル」
握手が出来るのかは分からないが、とりあえず右手を差し出す。ピクシルは短く溜息を吐いて、二対の羽で浮かび上がりボクの右手の上に乗った。とても軽いが、重さがないわけではない。数百グラムくらいはありそうだ。
「よろしく、プロティア」
後ろで腕を組み、少し前傾姿勢になったピクシルが淡いな笑みを浮かべてそう返した。ありがたい存在になるのか、それとも
「ふぇぶしっ!」
不意に鼻がムズムズして、盛大にクシャミをしてしまった。跳んだ唾液がピクシルへと向かうが、ピクシルは
「さっきまで実体だったけど、今はあんたが見えるように魔法を使ってるの。あと、いつまでもそんな
――誰のせいだと思ってんだこのチビは。
半目でピクシルを
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