冒険者学園1

 翌朝、ボクとアトラさんはフェルメウス家の馬車に乗って学園へと戻った。あの後も色々となんかんを乗り越えたため、少々疲れが溜まっているのは仕方の無いこと。アトラさんと二度目のお風呂や、アトラさんの母親とのかいこう――アトラさんやフォギプトスと違い、明るい茶髪に深い茶目の綺麗な人で、もっと活発な人かとも思ったが、落ち着いた人だった――、上級貴族一家に囲まれての食事、アトラさんとの添い寝……もちろん、アトラさんとの雑談は楽しかったし、街のないじょうなんかも聞けて有意義ではあったが、それ以上に精神的な疲労がやばい。けど、アトラさんと仲を深めることが出来たから満足のいく転生初日ではあっただろう。


 学園に戻って最初の仕事は、たんにんであるフルドムへの説明と謝罪だ。人にしかられるというのは、幼い頃危険なことをして親に叱られたくらいの経験しかなかったから、申し訳なさを感じると同時にどこか嬉しさも感じる。まあ、叱られる原因を作ったのはボクではなくプロティアなので、理不尽だと思わなくもないが。


「何事も無かったから良かったものの……二人は学園内でも期待されている。あまり勝手なことをして、周りに迷惑をかけないように気を付けてくれ」


「「はい」」


 フルドムの部屋を後にし、かしした挙句あげく朝一で学園に戻ったため、眠気でぼやける目をこすりながら寮の自室へと戻る。部屋に入ると、ちょうど着替えを終えたイセリーが出迎える。


「お帰りなさい」


「ただいま帰りましたわ。イセリーさん、午後の鍛錬が終わった後で、昨日の授業内容を教えていただいてもよろしいでしょうか?」


「はい、喜んで」


 イセリーはアトラさんとの交流に慣れてきたのか、入学式の日の緊張は鳴りをひそめている。もう一人の同室であるカルミナはまだ眠っているようで、ゆっくりとした呼吸音が聞こえてくるから自然に起きるのはもう少し先だろう。朝食までまだ三十分ほどの時間はあるが、起きる様子がなければ誰かが――多分イセリーが――起こすことになるかな。


「プロティアさん、私達も準備をしておきましょう」


「あ、はい、そですね」


 ボクは自分のロッカーの前に移動し、扉を開ける。赤や白が多いロッカーの中に黒のいっちょうたたんで仕舞い、手で持って帰るのは面倒だからと装備していた防具一式を外して、一張羅同様ロッカーに仕舞う。


「今日の授業は何だったかしら」


 アトラさんがとなりのロッカーの中を探りながらぽつりと零す。冒険者学園は地球での学校と同じく、いくつかの科目を並行して学んでいく。もちろん、そうなると時間割というものも現れてくるし、けいされているのが教室だけであるからボク達は覚えておくしかない。プロティアがそんなものをしっかりと確認しているはずもないので、ボクは今日の授業が何かは分からない。


「今日は魔物、魔法、植物です」


 背後でイセリーが答える。ちゃんと覚えているあたり、印象通り真面目さがにじみ出ている。アトラさんが「ありがとうございます」と答えて教科書を出す横で、ボクも今聞いた科目の教科書を引っ張り出す。


 表紙には科目の名前が書かれているだけで、それ以外のものは何も無い。背表紙や裏表紙も同様だ。ようたばねて作られており、中の文字や絵は全てが手書きだ。かっぱんいんさつの技術もまだないようだし、仕方ないとは思うが。それに、この教科書は十数年間使い回されていることもあって、所々破れたりシミが出来ていたりしている。とはいえ、一人一冊用意されているのだからありがたいことに変わりは無い。


 この眠気の中、座学なんて耐えられるのだろうか、と少し心配にはなるが、前世では数日かんてつなど幾度となくやって来たのだ、なんとかなると信じよう。


 座学は基本午前中のみ行うため、科目は一日三つだ。一コマ三十分で、休憩が十分、それを一科目二コマ行うため計六コマが一日の授業コマ数だ。その後昼食と昼休憩がはさまり、午後からは鍛錬となる。人間の集中力はもって三十分と言われているから、一コマ三十分というのは理に適っているが、なぜその時間になったのかは分からない。学園の開設者が適当に決めたのだろうか。


 教科書を自分が使っているベッドに置く。そうこうしているうちに時間が過ぎ、食堂が開く時間が差し迫ってきた。カルミナの寝息は変わらずゆっくりとしていて、ノンレム睡眠のただなかのようだ。


「そろそろ起こさないと」


 教科書を開いて予習をしていたイセリ―が呟き、教科書を重ねて置いて二段ベッドのはしを上り、寝ているだろうカルミナの顔を覗き込む。


「ミナ、そろそろ起きなさい」


 うにゅ、とけた声がボクのところまで聞こえてくる。起きるのをしぶっているのか、今度はイセリ―が右手でカルミナを揺すり始めた。


「早く起きないと、乱暴に起こすわよ」


 起きないと乱暴に起こされるのか、気を付けよう。そう思っていると、もぞもぞときぬれの音が増える。イセリ―に体を揺すられて、覚醒状態に近づいたようだ。


「……はっ、今何時!?」


「きゃっ」


 カルミナがガバッと起き上がり、ぶつかりそうになって後ろにったイセリーが梯子から落ちそうになる。すぐに背後に入り込み、倒れてくるイセリーを受け止めるが、さすがに人一人を受け止める筋力はまだないため、一歩二歩とあと退ずさってベッドに倒れ込む。跳ねた教科書が一冊床に落ちてしまったが、なんとかイセリーを受け止めることには成功した。さわやかな香りに包まれながら、安堵の溜息を零す。


「あ、ありがとう、プロティア……大丈夫?」


「あ、うん、平気だよ。そっちも、怪我は無い?」


「うん、大丈夫……」


 イセリーが立ち上がってボクの上から離れ、軽くなった体を起こす。一度深呼吸をして、倒れたしょうげきはいから全部出てしまった空気を吸い込む。


「えっと……二人とも、大丈夫?」


 カルミナが恐る恐る、二段ベッドの上の段から覗き込みながら尋ねてくる。


「大丈夫よ。寝起きとはいえ、もう少ししんちょうになった方がいいわよ」


「うん、そうだね……ちょっとお手洗いに行ってくるね」


 ベッドから降り、くつを履いたカルミナが寝巻きのまま部屋を後にする。せきねんからか、一昨日より背中が一回り小さく見えるくらいに縮こまっていた。


「……昔は、こんなこと無かったのに」


 イセリーが小さく呟く。その後も僅かに口が動いていたが、何を言ったかまでは聞き取れなかった。ちんつうな表情からあまり好ましい内容でないことはなんとなく察せられるが。呟きの内容が気になるが、表情から聞いてもいいものか分からず無意識に視線を右往左往させる。


「カルミナさんは、昔は朝に強かったのですか?」


 イセリ―の呟きに対してボクが聞くのを躊躇ためらっていると、アトラさんが迷いもなく質問した。さといアトラさんのことだから、何か考えがあって聞いたのか、それとも何も考えていないのかは分からないが、質問を受けたイセリ―は少しの間視線を逸らしはしたものの、すぐにボクとアトラさんに視線をわして答えを述べる。


「はい。私は元々朝に強い方なのですが、カルミナはいつも私より早く起きていました。でも、ここ数年で少しずつ朝起きるのが遅くなっていっているんです」


 カルミナの性格的に、なまけているだけのようにも思えるが、二人の様子からそれだけではないように思える。その裏に何があるかまでは全く分からないし、まだ知り合って間もないボクが踏み入っていいものか分からないから、聞くつもりもないが。


「多分、ミナの怠け癖が出ているだけだと思うので、気にしないでください」


 イセリ―が苦笑を浮かべて茶化すように言うので、アトラさんもそれ以上は踏み込まなかった。


 数分するとカルミナが部屋に戻ってきた。


「いやー、イセリ―が落ちた時はあせったよー! 怪我けががなくてよかった! プロティアもありがと、イセリ―を受け止めてくれて」


 ニカっというオノマトペが似合いそうな、白い歯を見せた満面の笑みからは、さっきまでのしょうちんとした雰囲気は残っていなかった。イセリ―も怒っている様子はなく、早く準備しなさいと言いながらロッカーからくしを取り出す。カルミナが着替える中、イセリ―が後ろに立って四方八方に跳ねているカルミナの髪を慣れた手つきでき始める。


「大丈夫そうですわね」


「はい。ちょっと焦りましたけど、この二人にとってはよくあることなのかもしれませんね」


 横を見て、微笑ほほえみを浮かべるアトラさんと視線を交わす。気になることはいくつもあるが、まだ二人とは深い話を出来るような仲ではない。ゲーム風に言うならば、好感度が足りずにイベントのフラグが立っていない状態だろうか。いつか聞けると信じて、今は仲を深めることにちゅうりょくしよう。


 着替えを終えたカルミナが自分のロッカーから教科書を取り出す横で、イセリーがカルミナの髪を梳かすのに使っていた櫛を片付ける。まだ左右にちょんと跳ねているアホ毛があるが、あれはもう諦めたのだろうか。でも確か、一昨日初めて会った時もあったような気がする。もしかしたら、そういうくせなのかもしれない。カルミナの髪質はパッと見太くて天然パーマのようだし。


「準備できたよ~!」


「あなたが一番最後でしょ」


 教科書をイセリ―と並べて下段のベッドに置き、ムフンと鼻から息を吐きながら腰に両手を当てて自慢げにするカルミナにイセリ―が間髪入れずに突っ込みを入れる。えへへ~、と頬をぽりぽりきながら照れるカルミナに三人であきれるが、なんとなくこのパターンが今後のこのメンバーの定番になりそうだな、と思い、薄っすらとだが安心感すら感じた。もしかしたら、カルミナとイセリ―に見えない闇を感じてしまったせいかもしれないが。


「それじゃあ、朝食を食べに行きましょうか。それとプロティアさん、あなたにはいろいろと聞きたいことがありますので、夜までに覚悟を決めておいてくださいね」


「へっ?」


 アトラさんに唐突に振られ、とんきょうな声が出てしまう。なにゆえボクに、と疑問に思うが、すぐにゴブリン戦のことだろうと思いいたる。アトラさんがどういういきさつで知ったかは分からないが、昨日の様子からしてほぼ確実に戦いがあったことは知っているのだろう。他の人に聞かれていいものか分からないし、念の為外に声が漏れ出ないよう魔法で防音空間を作れるようにした方がいいかもしれない。


「えと、まあ、話すのはいいんですけど……二人にも話して大丈夫ですか? 一応、まだこうがい禁止な内容だと思うのですが」


「お二人ともそう簡単に人に話すようなことはしないでしょう。それに、ルームメイトなのですから、かくし事は出来る限りなしで行きましょう。おたがいを知り、信頼し合うためにも」


 既に隠し事だらけな為に素直に返事しにくいが、「ソデスネ」とかたことになりながらも同意しておく。カルミナは素直大事、などと言いながらうなずいているが、イセリ―は何とも言えない表情で視線を逸らしているため、やはり少なくともイセリ―には何らかの隠し事はあるのだろう。カルミナについてもあると思うが、寝起き直後はともかく、今のカルミナからはその様子は感じ取れない。隠しているのか、本当にないのかはそのうち分かると信じよう。


「では行きましょう」


 アトラさんが部屋を出て行くのに続いて、「あっさごっはんっは~なっんだっろな~」と歌うカルミナ、少しうつむき気味なイセリ―、そしてボクと部屋を出る。扉を閉めて、少し距離が出来た三人へ駆け寄る。


 今度の学園生活は、楽しく過ごせるといいな。プロティアのためにも。

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