フェルメウス8

「今回の件、既にギルドの方から報告はとどいているが、お前からも話を聞かせてほしい」


 なるほど、アトラさん達を追い出したのは、この話をするためだったのか。理由は分からないが、今のところ昨夜の件はほとんどの人が知らないようだし、知らせるつもりもなさそうだ。領主なりの考えあってのことかもしれないし、ここはボクもならっておくとしよう。


 しかし、昨日のことか。恐らくほとんどのことはギルドから報告を受けているだろうし、何を話したものか。きゃくしょくがないかの確認なんかも兼ねているかもしれないし、思い出せることを話しておこう。


「えと、昨夜の襲撃は、大体日が変わって一時間から二時間後のことだったと思います。攻めてきたのはゴブリンの群れで、数はゴブリンが約五十、ホブ・ゴブリンが三体でした。それで、えと……かなりれんけいを取れていました」


 ゴブリンが行っていたせんじゅつを説明するが、この話も既に聞き及んでいたのか、あまり反応は見せない。この人、感情の変化が分かりにくいから、そのせいで読み取れていないだけかもしれないが。他に報告できることは……と考えてみて、一つ周りの様子から見ても異様だったと言える出来事を思い出す。


「一つようだったことは、ゴブリンが人の言葉、フォーティラ語を話したことです。使ったのは群れのリーダー格だったと思われるホブ・ゴブリンだけでしたが、その指示を他のゴブリンもかいしていたので、使えるかは分かりませんが、言葉の意味を理解するくらいは出来たと思います」


「何と言ったか、覚えているか?」


 どうやら、ゴブリンが言葉を発したこと自体は報告が届いているようだ。しかし、その内容までは伝わっていなかったらしい。しっかりと聞き取れていなかったり、冒険者達もゴブリンが言葉を話したことにこんわくしていたりした可能性もあるだろう。もしくは、ギルドに内容まで伝わっていたが、正確性に欠けると判断してしゃべったことのみ報告したのかもしれない。理由は何であれ、ゴブリンが話した内容まで伝わっていないことに特に言うことはない。


「えと、そうですね……ボクをらえろって指示が一番最初でした。後は……シンド村について、少し聞けました。生存者はいない、ということくらいですが」


「……そうか。分かってはいたが、知りたくなかった事実だな。領主としてない」


 フォギプトスのけんしわが深くなる。領主として、領民を守れなかったことがほどの後悔になっているのだろう。領民である側としては、こうして領民の死に心を痛めてくれるだけ、いい領主なんだろうな、と良い印象を抱く理由にもなる。


「しかし、そうか……人の言葉を話すゴブリン……一体、何のいんか……いや、必然だろうか……」


 何かをあんしているのか、何を意味するのか分からない言葉がいくつかつむがれる。深入りしていいのか分からず、陰キャ的思考として、聞いていいか分からないときは聞かない、という結論に至り、フォギプトスのつぶやきには触れないことにした。


「……プロティアよ。先程、学園を卒業した後のことについて話をしたな。騎士団に入るつもりはないとのことだが、冒険者になるのか?」


「あ、はい、その予定です。国内に限ってはどこでも仕事がありますし、ある程度自由に活動も出来そうなので」


 神に言い渡された「文明を進める」という指令は、ある程度時間も生活も余裕がないときびしいだろう。そのうえ、実験の材料集めなんかも一つの街に留まるより、はんえいしている王都のような場所の方が手に入りやすい。その点においても、国内どこでも仕事を得られる冒険者は理にかなっている。もちろん、プロティアの冒険者としてのポテンシャルもして。


「そうか。では、シンド村を取り返すつもりはあるか?」


「……いつになるかは分かりませんが、ランクや実力が十分になった時には、ギルドにだっかんの依頼をしようと思っています」


「では、その時は我々も協力をしよう。街を守る必要があるためあまり多くは出せないが、戦力足りえる兵は出させてもらう。元々シンド村は私の領地でもあったのだ、本来は私が指揮をり奪い返すべきことだが……任せても構わないだろうか?」


 領主として魔物に奪われた領地を取り返そうにも、戦力が足りないとか、街の防衛との両立とか、色々と難しいところがあるのだろう。プロティアの願いでもあるし、彼女にとって大事な人達のかたきを取ることにもなる。正直、何もできないまま事が済むより、任せてもらえた方がずっとありがたい。


「はい、さいぜんを尽くします!」


「すまない……いや、こういう時はありがとう、と言うべきか。妻によく言われるものでな」


「あ、あはは……そういえば、おくさんやアトラさんのお姉さんを見かけませんね。外出中ですか?」


「ああ、姉のラプは見合いに行っている。普段は断り続けているのだが、アトラが学園でのりょう生活を始めたゆえ、家にいてもつまらないからたまには行くか、と言っていたな。妻は分からん。あの自由人のことだ、街にでも出向いているのだろう」


 ……地下牢で家族について何か文句のようなものを呟いていたような気がするが、確かにこれはなかなかに大変そうだ。話を聞くだけで、ひとくせふたくせもありそうな人ばかりだ。アトラさんも授業を放り出してボクの弁護をしようとしていたし、とっぴょうもないことを言ったりしたりするかもしれない。というか、ボクは既に被害にっているかもしれない。いきなり背中を洗わされたし。


「今回聞きたかったことはこのくらいだ。そちらから聞きたいことはあるか?」


「そうですね……」


 相手は上級貴族だ。序盤の情報源としては、これ以上ないくらいに有用だろう。せっかくの機会だし聞けることはなるべく聞いておきたい。常識的な部分はプロティアの記憶である程度おぎなえているから、普通に生活していて手に入らないような情報を仕入れたい。例えば、貴族内の情報など。


「他の領地って、ここと比べてどうなんでしょうか?」


「……妙なことを聞くのだな。まあいい、答えよう。はっきり言えば、王都をのぞいてここよりマシなところは無いだろうな。国王が貴族にした税がかなりの高額故、領主をしている貴族は領民に相当重い税を課すことになる。何せ、貴族が得る収益のほとんどが領民からのものだからな」


「ちなみに、税ってどのくらいなんですか?」


「その月の生産、収益から三割だ。これを全ての貴族に課している。領地の保有の有無は関係なくな。そして、大半の貴族は己のぜいたくを手放すつもりは無い……そのため、民に課す税は三割どころか、半分を超えることもある。結果として、多くの領民がひんこんに苦しんでいる」


 フェルメウス家も居宅を見た分には贅沢しているようにも思えるが、普段の暮らしはしつなのかもしれない。それに、フェルメウス領は自給自足がある程度成り立っているし、農業区も広く取っているから重い税でもなんとかしのげているのだろう。街の治安も良さそうだし、あんじゅうの地にするにはもってこいの場所だ。


「聞きたいことはそれだけか?」


「えと……王都に行くのって、どのくらいかかりますか?」


「馬車で数週間といったところだ。フォーティラスニアは小国だが、ここは国のなんたんに近いからな。中央にある王都へはそれなりの距離がある。行くつもりなのか?」


「まだ分からないです。今後、活動きょてんうつすかもしれないので、一応聞いてみました」


「そうか。すまない、そろそろぎょうに戻らねばならん。色々と立て込んでいる中、無理矢理時間を作ったものでな」


 それはそうだろう。ただでさえ冒険者学園に娘が入学したり、もう一人の娘がお見合いに行ったりしているのだ。その上、昨夜の件も合わさってやることは幾らでもあるだろう。むしろ、よく時間を作れたものだとすら思う。


「いえ、ボクも色々と聞けたので助かりました。今後ともよろしくお願いします」


「ああ、冤罪をかけた上、時間まで使わせてしまいすまない、感謝する。こちらからも、アトラのことを頼んでも構わないか?」


「えと、はい。ボクなんかで良ければ、仲良くさせていただきます」


「では頼んだ。ウェルシャ、アトラの部屋まで案内してやってくれ」


 いつの間にか戻って来ていたウェルシャが、入口の横でおする。こちらです、と外に出るよう促され、それに従って椅子から立ち上がり、部屋を出る。入れ違いで、分厚い書類を持ったメイドが一礼しながらボク達を見送る。頑張れ、領主様。


 ウェルシャの後に続き階段を一階上がり、南東の角部屋へと向かう。ちょうど、冒険者学園の寮における、ボク達の部屋と似たような配置の部屋だ。とびらにはアルファベットとたような文字で、アトラスティときざまれた板が掛けられている。少し耳をますと、部屋の中からアトラさんの鼻歌が聴こえてきた。


「こちらでございます。昼食の時にまた呼びに参りますので、ごゆっくりください」


「あ、はい、ありがとうございます」


 一礼するウェルシャにつられて、ボクも向き合って深く頭を下げる。お互い頭を上げると、ウェルシャが再び一礼して元きた道を戻って行った。部屋の前に一人立っているのもおかしいので、とりあえずノックをして中に入ろうと思うのだが、この世界でのノックは何回が正解なのだろうか。日本では二回があらい、三回が親しい仲で、四回がビジネスでの回数だということは知っているのだが、プロティアには礼儀作法の知識があんまりないため、この世界でのルールは分からない。


 どうしよう、と右手でこぶしを作ったまま立ち尽くしていると、部屋の中からとてとてと足音が聞こえてくる。声は聞こえていたのになかなか入って来ないボクにしびれを切らしたのか、アトラさんがノックするまでもなくむかえてくれた。


「何をしているのですか?」


「その、正しいノックの回数が分からなくて……」


「御手洗が二回、親しい仲が三回、社交的な場では四回が正式な回数ですわ。平民の方々にはこういったルールがありませんの?」


「……多分、ボクがうといだけだと思います」


 どの世界でも共通なのか、はたまた何らかの理由で日本と同じなのかは分からないが、日本のルールとそうないことに若干の驚きをかかえつつも、宿屋で働いていながらこんなことすら知らなかったプロティアに内心ツッコミを入れたい気持ちを抑え込む。基本的に清掃とキッチンのじょをしていただけだし、知らなくても仕方ないと納得をしておくことにした。


 部屋の中に戻っていくアトラさんに続き、ボクも部屋に入る。ふわりと花のような香りがただよう部屋の中は、カーテンに囲われたシングルサイズのベッドを中央に、その手前には天板が丸い机と二つの椅子、右奥には数十着くらいは余裕で入るだろうクローゼットがちんし、左奥にはベッドの近くの机とは別に机がある。広さははちじょうくらいだろう。カーペットやカーテンはピンクで可愛らしい色合いではあるものの、全体的に物は多くないため女子らしい、とも言いにくい。机の上には何冊かの本が重ねられているが、背表紙にはタイトルも何も書いていないため内容は分からない。分かることと言えば、どれもかなりの分厚さだし、時代背景を考えてもかなり高価なものだろうということくらいだ。


 部屋の中を観察していると、アトラさんはベッドの手前にある椅子の一つに腰を下ろした。あなたもどうぞ、と言うかのように、右手でもう一つの椅子を指す。小さく礼をしてから、すすめに従って椅子に座る。金属で作られた椅子は、現代の体の構造に沿ったり、座り心地のいい素材を使ったものに慣れ切っている身としては、さすがに座り心地は悪い。


「お父様と何を話していたのか、聞きたい気持ちはありますが……やめておきましょうか」


 笑みを浮かべながらそう言う。眉の下がった笑みになんとなく違和感を感じるが、その正体が何かまでは分からない。こと人間関係においてはじゅくれんゼロなものだから、表情やセリフから何かを読み取るのは慣れていない。


「我が家というのは、居心地はいいですがないしょ話などが出来ず便べんですわ。昨日はなんのねもなくお話が出来てとても楽しかったので、学園が少し恋しくもあります」


 入学して一日もってないし離れたのも精々数時間では、と思うが、アトラさんは生まれてこの方ずっとここで生活してきたのだ。つねに気を張り、背筋を伸ばし、丁寧な言葉を使い、表情をうかがきゅうくつな生活を。だから、昨日の解放感が恋しくなってしまっているのだろう。


 それに、内緒話と聞いて違和感の正体も何となく分かった。恐らく、アトラさんは昨夜のことを何らかのじょうほうすじで聞いているのだろう。ずっと知らないフリをしていたのは、まだ公表前の話だから情報元の人物を守るため、もしくはそういうけいやくもと教えて貰ったから。発言だけでなく、一分一秒の表情まで使ってだましているのだから、中々のやり手だ。今後はボクも騙される覚悟を持っておいた方がいいかもしれない。


「じゃあ、何の話をしましょうか。どうも今日は泊まりみたいなので、いくらでもお付き合いしますよ」


「本当ですか? では、無駄にしないようにしませんと!」


 パッと表情を明るくし、声のトーンもワントーンほど高くなったアトラさんを見て、この子になら多少騙されてもいっか、などと思ってしまったのだから、ボクもたいがい甘い人間なのかもしれない。

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