フェルメウス7
一度僕から視線を離したアトラさんだったが、あっと何かを思い出したかのように再びこちらを向く。今度はくりっとした目はちゃんと開かれていて怖さは全くないが、
「状況が状況でしたので
「……え?」
無意識に右手で肘を支えた左手を唇に触れながら、ここまでの会話を思い出してみる。確かに、僕は全ての会話でプロティアが使う一人称の
――な、なんとか言い訳しないと!
「こ、これは、えと……そう! 私ってみんな使うじゃないですか、ボクは平民ですし、カルミナやイセリ―みたいに
「……あなたほど特徴
これはミスったか、と
「ですが、『ボク』という一人称の柔らかく、どこか力強さの感じる雰囲気はあなたによくお似合いだと思いますわ」
「あ、ありがとうございます……」
……追求されなかった。人生で一番
「話は済んだか」
フォギプトスの
「ウェルシャ、二人に飲み物と菓子を持ってきてくれ」
「かしこまりました」
深々と一礼をしたウェルシャが部屋から出て行く。しばらくの間沈黙が続き、気まずい空気が
この空気に耐えるべく
そういえば、プロティアはお酒を飲んだことがあるのだろうか? 中世では水の代わりに、ワインやエールのようなお酒を
「……どうしよ」
「どうした、酒は苦手か?」
ワインを眺めて考え込んでいたボクを見て疑問にでも思ったのか、フォギプトスが聞いてくる。雰囲気のせいで
「あ、えと、普段は魔法でお水を作って飲んでいるので、お酒は飲んだことなくて……それに、子供のうちはあまりお酒は飲まない方がいいって言われていて」
「ふむ、そういうことなら無理に飲まなくともよい。ウェルシャ、別のカップを持ってきてもらえるか」
「……あの、子供のうちからお酒は飲まない方がいいって、本当ですか?」
さっきまでウキウキで体を揺らしながら満面の笑みを浮かべていたアトラさんが、その笑顔を引きつらせて恐る恐るといった様子で手を上げる。こっちの世界でも意見を言うときは手を上げるのだろうか、という疑問はさておき、ボクが今プロティアであるということを
上手い言い訳はないか、プロティアの記憶を
「お酒って、飲むとほとんどの人が普段と違う様子を見せるじゃないですか。ですので、もしかしたら体に良くない影響を及ぼすんじゃないかなぁ……と、姉が言っていました」
な、なるほど……と息を多めに含んだ声を溢したアトラさんが、上げた手を下ろしながら、引きつった笑顔のまま目の前のワインに目を落とす。浄水の技術がまだしっかりしていないだろうから、水ではなくお酒を飲むのは時代柄仕方ないが、今の話を聞いた以上アトラさんがお酒に拒否感を感じてしまうのは当然のことだろう。ここは、その拒否感を作ってしまったボクが責任を取らねばなるまい。
「あの、一緒にいるときだけになりますが、よければ今後はボクがお水を作りましょうか?」
「……頼んでもよろしいでしょうか?」
これまでお酒を飲んできたことでどんな影響があるのか、とでも想像したのか、若干涙目になりながらアトラさんが
「はい、任せてください」
「……ウェルシャ、二つだ」
「
今のやり取りから、アトラさんもお酒は飲まないだろうと判断したのか、フォギプトスがウェルシャへの指示を変更する。ワインの入ったグラスをボクとアトラさんの前から静かに取り、部屋の中から出て行く。今度も数分で帰ってきて、空のグラスを替わりに置いた。
ボクとアトラさんの前に一つずつ置かれた空のグラスに、魔法で空気中から集めた水分をまとめて入れる。水分だけを
少し高さのある位置から入れたため、溢れはしなかったものの右へ左へと揺れる水が落ち着くまでしばらく眺めていたアトラさんが、いざ尋常に勝負、とでも言わんばかりに覚悟を決めた顔でグラスを手に取る。ゆっくりとグラスを口に近付け、
「ふぅ……なんと言いますか、あまり味はしませんね。
「あはは、まあ、そうですね……」
空気中から作ったこともあり、ミネラルが一切含まれていないからだろう。現代では
アトラさんに続いて、ボクもグラスの中の水を口に含む。確かに、味は全くない。少しひんやりとした液体が口の中を
「プロティアよ、お前はどれくらい魔法が使えるのだ?」
「え? ええと……どうでしょう。エネルギー切れで使えなくなることはありますが、魔力切れは起こしたことがないと思います」
プロティアの記憶を見ても、今まで魔力切れという状態に
対して、プロティアが魔法の使いすぎで経験した感覚は、どれも頭が回らなくなって、魔法を使おうとせずとも体が重くなる感覚だった。だから、聞いた話を信じるならば恐らく魔力切れではないのだろう。ファンタジー物でよく見る魔力切れや
「実質無限、ということか……どうだ、一つ
「え、あー……」
断れる訳がなかろう。相手はマジモンの上級貴族だし、なんならこっちは平民だし、そもそも陰キャに提案を断れるようなコミュ力などない!
「待ってくらふぁいおとうふぁま!」
「……飲み込んでから話せ」
焼き菓子を口いっぱいに
「プロティアさんは平民です。対して、お父様は
あんたが言うかそれを、風呂でのこと思い出せ! という感情と、ありがとうアトラさん、助かった! というアンビバレンスな感情が入り混じり、複雑な気持ちになる。ただ、実際に助かったことは事実なので、ここは感謝しておくとしよう。ありがとうアトラさん!
「プロティアさんはどうお思いですか?」
両手で先端が欠けた焼き菓子を持ったまま、アトラさんがこちらに振り向いてフェルメウス騎士団に入る、という提案についての意見を求めてくる。ここまでお
「お
「そうか。そういうことなら無理には言わん」
水を一口含み、緊張ですぐに乾いてしまう口の中を
「アトラよ。プロティアと二人で話がしたい。好きなだけ菓子を持って行っても構わん、席を外してくれ」
「……
「ああ」
今度はしっかりと口の中のものを飲み込んでから尋ねたアトラさんの質問に、フォギプトスが
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます