フェルメウス3
鉄格子の向こうにいるフォギプトスも僕と同じく
「アトラ、なぜここにいる? そろそろ授業が始まる頃合いだろう」
フォギプトスが問いかける。質問が投げかけられて、一分ほどアトラさんは息を整えていたが、整うと同時にスッと
「大切な友達が家族により投獄されたと聞いたので、駆け付けました。お父様、プロティアさんがお金や名声欲しさに魔物を誘き寄せたと疑っているそうですが、
アトラさんが姿を見せた時と異なり、はっきりとした通る声で告げる。そう言ってくれることは嬉しいが、何を
「ほう、断言か。理由を言ってみろ」
フォギプトスの目が細くなり、上から見下ろすように実の娘であるアトラさんを
「分かりました……プロティアさんが優しい方だからです。昨日一日、私はプロティアさんと共に過ごしましたが、その中で何度も優しさに触れました。そのような方が、お金や名声のために人命を危険に
それは無理があるよ、アトラさん……。まるで子供のような論理展開に、少し
「それはお前の感想だろう。なんの根拠にもならん」
なんだろう、そんな感じで論破する人いたな、などと思いながら、どうやってプロティアの能力の話を切り出すかを考える。アトラさんが言い返されても怯んでいない様子を見るに、恐らくまだ何かあるのだろう。それによってもし何かマイナスに触れるようなことがあってはたまったもんじゃないが、かといって貴族親子のやり取りに介入していいものか、貴族制度など既に
どうしよう……と右手で肘を支えた左手で唇に触れながら考えていると、アトラさんが再び口を開いた。次の根拠が出てくるようだ。
「では、プロティアさんがシンド村で生まれ育ったということはどうでしょう」
「あれ、そのこと、話しましたっけ?」
あ、と思ったころには遅い。プロティアの記憶にも話した覚えがなかったため、つい気になって聞いてしまっていた。僕の発言に反応した二人が、視線をこちらに向ける。
「いえ、あなたの口からは聞いていませんわ。ただ、何度か
「な、なるほど」
確かに、この見た目だ。それに、シンド村に住んでいたころは手伝いが済んだ後はよく宿の前の切り株に座ってのんびりしていたようだし、かなり目立っていただろう。アトラさんが見かけていても不思議ではない。
僕の疑問には答えたため、一度お
「シンド村は三年前、ゴブリンによる襲撃で沢山の人が亡くなり、逃げられた子供や女性も生まれ育った場所を追いやられることとなりました。プロティアさんも、この件の被害者です。辛い過去を再現するかのようなことを、するとは思えません」
「普通の感性を持っているならな。残念だが、世の中には辛い記憶よりも金や名声を優先する者がいることも事実だ。それに、そのことは既にプロティアが告げている。根拠にはなり得ないだろう」
フォギプトスが言い終わると、アトラさんは眉間にしわを寄せ、歯を食いしばる。これなら十分根拠になり得ると思っていたのだろう。しかし、やはり親であり大人であるフォギプトスの方が
一度深呼吸をして、プロティアのキャラクターを
「アトラさん、来てくれてありがとうございます。凄くうれしかったです。おかげで、勇気をもらえました。なので、安心してください」
「……何か、あるのですか? 無罪になれる根拠が」
「はい、ちょっと
アトラさんに
「先ほど言いかけたことの続きを、話してもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わん」
やっぱ怖い! とは思うものの、ここで引き下がっていては無罪など勝ち取れない。余裕を見せるべく微笑を浮かべて、アトラさんが心配そうに見つめる中、フォギプトスと視線を
「ボクには、少し特殊な能力があります。まだ効果は検証中なので確実ではありませんが、今のところ分かっていることは、この能力は魔物の襲撃が起こる約一時間前になると、何の前触れもなく涙が零れるというものです」
能力の内容を聞いたフォギプトスの目つきが、僅かに
「昨夜の件も、この能力で察知して先んじて対応しただけです」
「……プロティアさん。とても信じがたいのですが、本当なのですか?」
とはいえ、これが事実である以上、これ以上の
「……話は分かった。では、こちらからも一つ頼ませてもらおう。左手を見せてもらえるか?」
「え、左手、ですか……」
まあいいですけど、と呟きながら、謎の古傷が
掌、手の甲と順に僕の手を返してじっくり一分ほど眺め、見たいものは見終わったのか、フスと鼻から息を吐いて目を閉じたかと思うと、僕の手を解放した。触れられていた
フォギプトスは
「ギリュスル、プロティアの牢の
視線の先でほかの牢屋を見回っていたギリュスルに向けて、先ほどまでより張った声で要求する。すぐに「はっ」という聞き覚えのある声が聞こえ、ジャラジャラという金属がぶつかり合う音が近付いてくる。ギリュスルが僕の
「貸したまえ。私が開けよう」
フォギプトスが出した右手に、ギリュスルは右手に持つ上部が三つ葉のクローバーのような形の
出ていいのか確認するためにフォギプトスに視線を向けると、出たまえとでも言うかのように小さく頷く。大丈夫なようなので、空いた扉から牢屋の外に出る。
「すまない、君に
そう言って、フォギプトスが頭を下げる。
「え、あ、えっと……なんで、ボクの話を信じてくれたんですか?」
領主、そして上級貴族の謝罪という日本人として絶対に経験のない状況に居たたまれず、お茶を
「いずれ話す機会があるだろう。
精神的には二十なんですけどね、と思うが、もちろん向こうは僕が転生者であることは知らないし、言っても信じてもらえないだろう。それに、余計立場を悪くする可能性だってある。ここは黙っておこう。
しかし、十歳の少女に話すには早い、か。貴族であるフォギプトスが知っているということは、この傷はもしかして貴族に関連するものなのだろうか。アトラさんが知らないのは、子供だから? プロティアが捨て子であることとの関連はあるのだろうか……情報が少なすぎる。プロティアの本来の身分とこの左手の傷については、冒険者として活動を始めたら本格的に調査するとしよう。その頃には、フォギプトスも傷についての話をしてくれるだろう。
「分かりました」
「では、二人とも、風呂に入ってくるといい。そのままでは気持ちが悪いだろう。それとプロティア、君とは少し話がしたい。学園にはこちらで伝えておくから、今日はここに泊まるといい」
「……え?」
予想外の提案――提案というには僕が口を
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