フェルメウス2
冒険者学園の入学式を終え、一晩が過ぎた。アトラスティは学園の寮の東端に位置する一室で目を覚まし、軽いストレッチをしながら自分が使っていた二段ベッドの下の段を見つめていた。そこは使用した
本来そこは、プロティアという
あと二人の同室であるカルミナとイセリ―に聞いてみようにも、二人ともまだぐっすりと眠っており、アトラスティの記憶が正しければ、自分より先に眠っていたはずだからプロティアのことを聞いても意味はないだろうと結論付け、結局何も分からないまま時間だけが過ぎている。
「はぁ。朝食まであと一時間もないですのに、プロティアさんは一体どこに……まさか、夜中に出て行って以降帰っていないということはないと思いますが……」
これでもし嘘を吐かれていたら、少々手痛い罰でも与えようかしら、心配をかけさせたことも含めて――などと思いながら寝巻を脱いでいると、彼女の使っていない方の二段ベッドの下の段から、もぞもぞと
「あっ」
アトラスティが慌てて手を伸ばすが、イセリ―が伸びをしようと上げた右手は、上の段の底板を勢いよく
アトラスティが、自分が全く使えないこともあり、魔法を使うイセリ―に目を
「あ、あのっ、お、お恥ずかしいところを……見せてるのは……えと、お、お互い様、でしょうか……?」
尻すぼみになるイセリ―の言葉に、アトラスティは自分の姿を見下ろす。左手には制服の上着を持っており、スカートはベッドの上に綺麗に置かれている。その横には、寝間着が上下どちらも
「は、はしたない姿をお見せしましたわ……すみません」
お互い恥ずかしくなり、言葉も交わさずにいる東端の寮室には、しばらくの間カルミナの寝息だけが聞こえていた。
制服に着替えたアトラスティとイセリ―がそれぞれの二段ベッドの下の段に腰かけて向かい合う。数分程経過したものの、カルミナは未だ寝ている。ただ、先ほどから寝返りの数が増えてきているため、遠くないうちに目覚めるだろう。朝食までに間に合えばいいですが、とアトラスティが少し心配そうにしているが、イセリ―は気にも
「カルミナさんは朝食までに目を覚ますでしょうか?」
「え、そ、そうですね。あと十分もすれば起きると思います。起きなかったら無理矢理起こすので大丈夫です」
イセリーが緊張で
イセリ―とカルミナは付き合いが長いそうなので、彼女の言葉を信じてカルミナは放置しておこう、とアトラスティはこの話題を終わりにして、プロティアについて聞いてみることにする。もしイセリ―が夜中に起きていれば何か聞けると思ってのことだが、物音や気配に
「ところでイセリ―さん。プロティアさんがどこへ行ったか、ご存知でしょうか?
「プロティア、ですか? ええと……すみません、寝付いてからさっきまで一度も起きていないので、分かりません。お役に立てず……」
「いえ、気にしないでくださいまし! 彼女はどこか、不思議な雰囲気を持つ方でしたので、何かに巻き込まれているのでは……と、少し心配なだけですわ。それに、眠っていたのなら知らなくて当然ですわ」
申し訳なさそうに
イセリ―のことを責めるつもりはないが、アトラスティは何も情報が手に入らなかったことに少し
それに、彼女は魔法使いとしても
「……そのようなこと、ないと思いますが」
「どうかしましたか?」
最悪の状況をいくつか想定しているうちに表情が硬くなり、小さく声に出ていたアトラスティにイセリ―が問いかける。ビクッと肩を跳ねさせたアトラスティだったが、すぐに笑顔を向ける。
「いえ、何でもありませんわ。どうやら、カルミナさんも目覚めたようですね」
アトラスティが言うと同時に、東側の二段ベッドの上の段で人影がむくりと起き上がる。頭と天井が当たりそうなくらい近いが、ゆらゆらと揺れる頭の天辺はギリギリ触れていない。かと思うと、伸びをしようとしたのか突き上げようとした右手の拳がガンっと天井を勢いよく殴った。
「……友は似るのですね」
「……こんなところまで似たくないです」
苦笑を浮かべたアトラスティが、顔を赤くして
カルミナが目を半分閉じた状態で準備を進める中、アトラスティがプロティアについて聞いてみたが、彼女も何も知らないようだった。アトラスティ様の前ではもっとちゃんとしなさい、と両頬をイセリ―に抓 《つね》られて涙を浮かべるカルミナを横目に見ながら、アトラスティは右手で左肘を掴みながら目を半分伏せて、短く溜息を
結局、寮の室内では何も
「先生に聞くのが、一番ですわね」
そう思い至り、朝食は後回しにして担任のフルドムがいるであろう職員室に向かうことにする。制服のボタンがすべて閉まっていること、スカートに
「すみません、朝食はお二人で済ませてください。
話しかけたタイミングが悪かったのか、「わ、わかりました!」と言いつつアトラスティを向いて居直ったカルミナの、まだフックをかけていないスカートがずり落ちた。「にゃー!?」と猫のような悲鳴を上げながらスカートを
まだ木材は新しく、しっかりと掃除の行き届いた
「おはようございます、アトラスティさん。朝食はまだ済ませていませんよね?」
アトラスティは左側からかけられた声に反応して、視線を声のした方へ向ける。小部屋の中から、一人の女性が椅子に腰かけてアトラスティに視線を向けている。
アトラスティはスカートの両裾を軽く持ち上げながら、片足を半歩下げて腰を落とし、挨拶を返す。投げかけられた質問に二秒ほど内容を考えてから返答する。
「フルドム先生に少し聞きたいことがあるので、時間があれば後でいただきますわ」
「そうですか。朝食は一日の活力に
「分かりました。では、失礼します」
もう一度軽くお辞儀をしてから、アトラスティは閉じられた寮の入り口の扉を開ける。隙間から
頭も体もすっきりしたところで、寮から出て扉を閉める。プロティアの
石を
一番近い白く塗られた木製の扉の前に立って、呼吸を整える。扉には下級文字でフルドムと
「アトラスティか。どうした、こんな時間に」
「おはようございます。今朝からプロティアさんの姿を見かけないので、何か知っているのではと思い伺いました」
「あー……すまんな、何も知らない」
一瞬視線が右下に
「お願いします! 何か、少しでも知っていることがあるなら教えてください!」
「ま、待て! 頭を上げてくれ! ……分かった。俺が知っていることは教える。ただし、条件がある」
「何でしょう?」
頭を上げたアトラスティが、溜息を吐きながら無精ひげを右手でジョリジョリと擦るフルドムの顔を真剣そのものの
「口外禁止の情報だ。もし俺がお前に話したために責任を取らされそうになったら、せめて罪が軽くなるよう手を
「そのくらい、当然です。私から頼んだことですもの、無罪まで交渉しますわ」
「そりゃ心強ぇ。生徒に聞かれちゃまずい、一旦中に入ってくれ」
そう言われた通り、アトラスティはフルドムに続いてフルドムの部屋の中に入る。扉を閉めてから振り向くと、フルドムは部屋の奥にある机の奥の椅子に腰を下ろす。机の上は貴族ですら購入に
なるべく落ちている紙を踏まないように、足元に気を付けながらアトラスティは机に近づく。一メートルほど距離を開けて立ち止まり、机の上に視線を落とすと、そこにも何枚かの紙が置かれていた。そのうちの一枚に、見覚えのある名前がいくつか書かれたものを見つけ、
「すまんな、散らかってて。掃除をしようとは思ってるんだが、なかなか手が回らんのよ」
そう言いつつ、順位表を
「それで、プロティアさんのことですが……」
「ああ。プロティアは今、フェルメウス家にて
「投獄!?」
予想外の言葉に、アトラスティは吊り目を丸くして裏返った声を出す。あまり大きな声を出してはいけない状況であることをすぐに思い出し、口元を押さえて一度咳払いをして、声のトーンを下げるべく
「なぜそのようなことになっているのですか?」
「どうも、昨夜街にゴブリンの集団が襲ってきたらしい。それをプロティアが事前に
「……なるほど」
アトラスティはフェルメウス家の人間だ。フェルメウス家が捕らえた容疑者にどのような対応をするのかはよく知っている。有罪の確固たる証拠が出ない限りは推定無罪として
しかし、今のアトラスティは少々冷静さを失っていた。なにせ、初めて出来た友達が自分の家族の手によって犯罪者にさせられているのだ。プロティアの優しさに一日とはいえ触れた以上、彼女がお金や名声欲しさに街の人を危険に
話を聞いたアトラスティは、フルドムが「おい!」と呼びかける声にも振り向かず、フルドムの職員室、そして学園を飛び出して、フェルメウス領フェルメリアの北北東に位置する生まれ育った家であり、領主の
フェルメリアの中央を南北に貫く大通りを、行き交う人々の間を
一段降りるごとに革底の靴がトタトタと、暗く
地下牢の入り口の左側、扉から三つ目の牢の中にプロティアはいた。
「待ってください、お父様!」
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