転生4

 ゴブリンとのきょが徐々に縮まる。実際の時間は一秒にもたないだろうが、僕の感覚としてはそう感じた。ぞくに言う、ゾーンのような状態にあるのかもしれない。


 せまってきていたゴブリンとの距離が一メートルを切った。それと同時に、からだを一段深く落とし、地面をる勢いそのまま、両手でにぎった剣を上へと振り抜く。ゴブリンの脇腹をいた感覚を感じた頃には、僕の足は地面を離れている。下半身を左へとひねり、じれを利用して上半身を左回転させ、ほぼ水平にゴブリンの首をる。骨を叩き折るかんしょくは正直気持ち悪くも感じたが、プロティアの中に感じるいかりの感情に比べれば、何ともない。


 剣を振った時の回転が残っていたため、着地して静止した時には、ゴブリンに背を向けていた。今のひょうてきはウィザードのゴブリンであるため、生死の確認は放置してさらに前へと進む。


 左右から一体ずつのゴブリンが棍棒を振り上げて飛び掛かってくる。一瞬のうちに位置と振りかぶり方を確認してどこに攻撃が来るかを推測し、僅かにスピードを落とす。こうげきが来るであろう位置に入った瞬間、き足である左足で深く踏み込み、ゴブリンが対応できない僕に棍棒が当たるギリギリのところできゅうげきに加速する。ゴブリンの棍棒がまとう気流が白髪に触れたが、僕には一切のダメージは加わらなかった。


 次は二体のゴブリンが正面に立ちはだかる。切り伏せてもいいが、もし時間がかかってはいけない。ここはスルーしよう。ゴブリンの攻撃範囲に入るまでにそうはんだんし、近寄って来たのをもくした一秒後、地面を強く蹴って二体のゴブリンの頭上を飛び越える。


 ひざを曲げて衝撃を殺しつつ着地する。前に向け続けている視線は、他のゴブリンとは頭二つ分ほど大きいであろうホブ・ゴブリンをとらえている。恐らく、こいつが今回の襲撃のかしらだろうし、この中で一番強いだろう。それゆえに、かなめであろうウィザードの番人をつとめているのだ。


 雲にかくれる僅かな月明りを頼りに、敵の動きを探る。僕とホブ・ゴブリンの距離が三メートルを切ると、ホブ・ゴブリンは鋭い目をめいっぱい開いて、プロティアのたいかくとほぼ同じくらいありそうな棍棒を体の前でちゅうだんに構える。


 それを見た僕は、そくに進行方向を左前へと変える。ホブ・ゴブリンは僕の動きに対応すべく、右足を前に出して棍棒を僅かにみぎななめ下への角度をつけて振り始める。


 ねらい通りの動きに僅かに自分のせんとうかんに感心しながら、右手の剣を抱えるようにしつつ左足で左方向への速度ベクトルを減少させて、体を低くしつつ右前方へと飛び込む。棍棒のギリギリを前回り受け身の要領でかいしてホブ・ゴブリンの右側まで移動し、ウィザードとそうたいする。つもりだったのだが、目の前にあったのは直径一メートル近い火球だった。


「っ!」


 即座に状況を判断し、突っ込む姿せいを整えつつ左手を前に出し、火球を止めるべく正面の温度を急激に下げるイメージをする。つまびらかに言えば、ウィザードゴブリンの周辺にある分子や原子のねつうんどうを魔法を使って低下させることで気温を下げ、炎が生じるのに必要なエネルギーをゴブリンの魔法でかんしょうしている物質が持たないようにすることが目的だ。


 水や風魔法で対応してもよかったが、すいじょうばくはつによる火災や爆発でめきれず逃げられることをこうりょして、この方法をとることにした。もちろん、魔法でこんなことが可能なのかは分からないが、ここは魔法の可能性にけてみることにする。


 僕の目論見もくろみどおりいったのか、火球はみるみる小さくなる。心の中で小さくガッツポーズをしつつ、剣を大きく後ろに引き、深く腰を落とす。剣先をじゅうしょうじゅんを合わせるがごとくウィザードゴブリンに向け、


「シッ!」


 みじかく息をきながら地面を強く蹴り、先ほどの魔法で生じた氷の結晶がキラキラかがやく中を突き進み、あたふたしているゴブリンののどもとつらぬく。すばやく剣を左右に払い、ゴブリンの首と体を分離させる。せいたいがやられたからか、声も出さずにゴブリンはその場に崩れ落ちた。


さまぁ……!」


 しゃがれ声を響かせながら、ホブ・ゴブリンが僕をにらむ。それに応えるつもりはないが、睨み返すふりをしつつ、奥の様子を見る。途中で倒した一体は、確実にぜつめいしているようだ。あとの四体はまだ存命だが、すぐに片付くだろう。問題は、ホブ・ゴブリンだ。


 地面を揺らしながら近づいてくるホブ・ゴブリンを見上げつつ、まずはどうゴブリン四体を倒すかを考える。くもからこぼれる月明りを隠すように振り上げられた棍棒が、空気を切りきながら振り下ろされる。右へと跳んで回避したが、さっきまでいた場所を確認したと同時に僅かながらきょうが沸き上がる。地面に接する棍棒の周りの地面が、小さなクレーターになっていた。


「食らったら一たまりもないな……」


「よくも俺の娘をッ!」


 ホブ・ゴブリンの言葉に、怒りの理由見つけたり。なるほど、ウィザードはこいつの娘だったのか。とはいえ、こいつらもこれまでに何人もの人を、何人もの誰かの家族を殺してきたのだ。それこそ、プロティアの母親のような。これも言ってしまえば当然のむくいだ。


 ホブ・ゴブリンの対処をいったん後回しにして、四体のゴブリンのそうとうちゃくしゅする。


 ホブ・ゴブリンの右横を通り抜け、集まっているゴブリンへと駆け寄る。ゴブリンたちはすぐに反応して、僕に正面から挑んでくる。両手で左側の下段に構えた剣を、まず一体目の脇腹にほぼ水平に振るう。剣を振り切らずに手首を切り返し、正面で棍棒を振り上げるゴブリン目掛けて左斜め上方向に袈裟懸けさがけに斬る。一歩引きつつ剣を胸の前に引き寄せ、三体目のゴブリンが二体目のうしろにいることを確認しつつレイピアのごとく地面を蹴りつつ剣をゴブリン二体の心臓目掛けて突き出す。いつの間にか左側へと移動していた最後の一体が振り下ろすジェルの塗られた剣を、左腕に装着されているぼうはじき、その回転そのまま剣を振るって首をねる。


 息を整えつつ最初の脇腹だけを斬ったゴブリンに近づき、立ち上がろうとするところを剣で首にひときしてとどめを刺す。


 ふぅ、と短く息を吐いたところで、再びホブ・ゴブリンに視線を向ける。感じる殺気は数秒前とは比べ物にならないくらいにだいしている。その怒りは、娘を殺した僕に向けてのものか、それとも隊のリーダーでありながらぜんめつさせてしまった自分へのものか。恐らく、両方だろう。


「後はあんただけだね」


「……せめて、お前だけは刺し違えてでも殺す」


 嗄れ声はさらにかすれている。ここまでのはくりょくは、日本に生きていては絶対に味わうことはなかっただろうな、と思いつつ、ゴブリンの首から抜いた剣を振って血を払い、正面に構える。


 だつりょく。深呼吸。集中力を高め、意識を目の前のホブ・ゴブリンに集める。深くしずんでいくような感覚が身をつつみ、脳の処理速度が上がっていくのを感じる。


 ホブ・ゴブリンが僕に向かって一歩踏み出す。せんこくまでと違い、その動きはスローモーションかのように見える。どうやら、上手くゾーンに入れたようだ。


 ワンテンポ遅れて、僕もホブ・ゴブリンに向けて地面を蹴る。コンマ数秒のうちに棍棒を振り上げるホブ・ゴブリンのふところへと入り込み、右側で剣先が地面にかすりそうなくらい下段に構えた剣をさらされている腹部目掛けて振るう。


 刃がホブ・ゴブリンの腹に当たった瞬間、まるできんぞくばんでもたたいたかのような固い衝撃が返ってくる。予想外の感覚に一瞬思考が停止しそうになるが、頭を振って持ちこたえる。


 振り下ろされる棍棒を右へんでかわす。受け身を取り、回転を利用して立ち上がってホブ・ゴブリンに向き合う。


「……切り傷くらいしかついてない、か」


 こいつをたおる魔法は、恐らくもう使えないだろう。既にエネルギーをほとんどしょうしてしまっているため、目くらまし程度が限界だ。剣での攻撃はほとんど効かない。すなわち、みだ。


「剣に魔力をまとわせろ!」


 大剣使い――確かトルーナーだったか――の声が飛んでくる。剣に魔力をまとわせる、といういかにも魔法のある異世界らしいアドバイスだ。


「魔力をまとわせる……」


 魔力がどのようなものか、僕には正直分からない。しかし、まとわせることが出来るのであれば、ぶっしつとして存在はするのだろう。それに、イメージで色んな現象を起こせるのだ。何とかなる気がする。


 とりあえず、イメージしやすくするために魔力を原子のようなりゅうていする。それを、剣の表面にすきなくめていくイメージを脳内に描く。ある程度形になったところで、そのイメージをより強くすると、一秒もしないうちに剣があわい光をびる。


「成功、か……?」


 目の前に光景に若干のまどいを覚えていると、僕の周りがとうとつに暗くなる。視線を上げると、目の前にこんぼうを振り上げたホブ・ゴブリンが立っていた。


 まずい、油断した、と思うのもつか、ホブ・ゴブリンは怒りのぎょうそうを浮かべながら棍棒を振り下ろす。無駄だと分かりながらもとっに僅かに輝く剣を頭上にかかげ、防御体勢をとる。転生して十分程度で死を迎えるのか、とあまりの不甲斐ふがいなさに絶望すると同時、腕に軽い衝撃がかかる。


 目を閉じて死の瞬間を待つが、いっこうに頭に重い衝撃が加わることはない。それどころか、数秒程経つと背後でダンと何かが落ちる音がした。


 状況を理解するために目を開けると、目前には棍棒を振り下ろした体勢でこうちょくしているホブ・ゴブリンがいる。しかし、その手に持つ棍棒は、ほぼ真ん中でれいに断たれていた。背後を見ると、断たれた棍棒のもう半分が転がっている。


「これが、魔力をまとった剣、か」


 防御体勢をいて、いまだにほんのりと光る剣を見下ろす。これなら、ホブ・ゴブリンの硬いも斬れるだろう。そう確信を持って視線を上げるとほぼ同時、ホブ・ゴブリンがその手に持っている棍棒のてを放り捨て、こぶしを握った右手で殴り掛かってくる。


 すぐに集中力を高めて、剣を振り上げつつ左半身を引いて、その攻撃をかわす。そして、魔力をまとった剣を血管の浮かぶ太い腕に振り下ろす。


 皮膚に触れた剣は、叩き切るとも切りくとも言えない感覚をもたらした。いて表現するのであれば、触れた部分をはじくかのようだ。切れ味の凄いほうちょうで野菜を切っているシーンが思い浮かぶくらいに、スパッとほとんど抵抗もなく剣を振り下ろすことが出来た。


 まだ突き出した勢いが残っていたのか、切り離されたひじから先は一メートルほど飛んでから地面に落下した。動きを止めた腕を中心に、小さな赤い水たまりが生まれる。


「ぐらああぁぁっっ!」


 金属が擦れあうようなかいたけびを上げながら、ホブ・ゴブリンが今度は左手の拳を僕に向けて振るう。


 体をひねって体の向きを反転させながら背後へと倒れつつ拳を躱し、右手だけで持った剣を今度は左腕に目掛けて振るう。勢いよく突き出したためか、ホブ・ゴブリンはかいするりを見せるも逃げることは叶わず、両腕を失った。


 背中が地面に着く直前に、背中と地面の間に空気を集めて一気にぼうちょうさせる。それにより生じたとっぷうを利用してホブ・ゴブリンから距離を取りつつ体勢を整える。


「よっとっと」


 腰辺りで生じた突風は、僕をバクちゅうさせつつホブ・ゴブリンからの距離を作ってくれた。若干バランスをくずしそうになったが、一歩二歩とよろけながらもなんとか転ばずに着地する。


 剣を構えつつ、ホブ・ゴブリンに視線を向ける。両腕を失ったホブ・ゴブリンは、その場で硬直していた。綺麗に斬られた両腕の断面からはポタ、ポタと赤黒い液体がしたたり落ち、地面に新たなみずまりを作っている。


「……まだ、抵抗する気はあるか?」


 気を抜かないよう集中力を維持しつつ、ホブ・ゴブリンに問いかける。しばらく反応はなかったが、十秒ほどすると体の向きをこちらに向けた。


「言っただろう。刺し違えてでも、お前は殺すと」


「そっか。言ったことを曲げないその姿せいは、敵ながらしょうさんするよ。じゃあ、次で勝負はつきそうだね。最後に一つ、聞いてもいい?」


「なんだ」


「村の人たちに、生き残りはいるの?」


「いない。男は攻め入った日に皆殺しにし、ガキは玩具がんぐとして用い、女は気が済むまでもてあそび、ガキを産ませてから全員なぶり殺した。お前が殺した俺の娘も、人間が産んだガキの一人だ」


 まるで戦地に住んでた市民だな、というのが僕の第一の感想だった。日本も関わった世界大戦の最中に、似たようなことがあったと記録を見た覚えがあったからだ。人間も、相手を人と思わなくなれば、人間を玩具おもちゃとして扱うゴブリンと思考回路は同じなのかもしれない。


「ありがとう、教えてくれて。これで、ねなくあんたを殺せるよ。そのあとは、いずれ村にいる仲間も皆殺しにして……村を取り返して、みんなのねんを晴らすとするよ」


「不可能だ。なぜなら、お前はここで死ぬからだ!」


 そう言って目を見開いたホブ・ゴブリンが、腕の断面から血をき散らしながら突進してくる。軽く腰を落とし、地面をる。ホブ・ゴブリンとすれ違う瞬間、右手で持った剣を振り上げて右脚を斬る。


 僕が止まるとほぼ同時に、背後でズーンとホブ・ゴブリンが倒れる音が響く。これで、ホブ・ゴブリンは両腕と右脚をうしなった。いくら強くても、左脚だけで僕を倒すのは難しいだろう。それこそ、娘のように魔法が使えなければ。


 すなぼこりが舞う中、念の為警戒はしつつ巨体に近寄る。短くなった腕で起き上がろうとしているが、神経がしゅつしているであろう断面をここまでの戦闘でれた地面に突いて体重を支えるのは、かなりの苦痛をともなっているはずだ。その証拠か、ホブ・ゴブリンの表情は酷くゆがんでいる。


 ホブ・ゴブリンの正面に立つと、鋭い眼光が僕を見つめる。まだ、僕を殺すという意思はにぶっていないようだ。


「もっと苦しめてからあんたを殺したいところだけど、生憎あいにく僕も限界が近いんだ。だから、せめてこの手で殺すよ」


 ホブ・ゴブリンの首の真横に移動して立つ。魔力をまとったままの剣を振り上げ、逃れようとしている巨体の首だけを狙って、短く息を吐いて剣を振り下ろす。


 首がなくなりデュラハンのようになった巨体は、すぐに力が抜けて地面に倒れ伏せた。両腕、右脚、首の断面から、赤黒い血がき出してあしもといったいが赤くまっていく。


 しばらく転がった頭は少し離れたところで静止し、般若はんにゃのような表情のまま僕をにらんで動かなくなった。


「なんとか、なった……」


 剣を振り下ろした体勢から上半身を起こし、一度数秒かけて深呼吸をする。剣をさやおうと腕を動かした瞬間、全身から力が抜け、視界がぼやけ、音が遠ざかり、思考がにぶる。そして、受け身も取れない中、背中から地面に倒れる。


 ――ああ、完全にガス欠だ。


 そう思った時には、意識はほとんど残っていなかった。

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