転生2

 体中が冷たい。ざあざあ、ぴちゃぴちゃと五月蠅うるさい。


 ――大丈夫だからね。


 意味は分からないけど、何か声が聞こえる。優しくて、ちょっとかすれてて、凄く必死な声。


 私の、最も古い記憶。ママやユキの話を聞いた限りでは、多分私が捨てられて、ユキに拾われた日の記憶。ねんれいはまだ一歳にもなってなかったらしいけど、何故なぜか覚えている。


 私の名前はプロティア。シンド村育ち。生まれは、捨て子だから分からない。名前は拾われたときにくるまっていた布にい付けられていたと聞いている。


 そういうわけだから、私の七歳年上の姉であるユキナと私は、血のつながっていない姉妹しまいということになる。この話はかなり幼い頃、確か三歳くらい――誕生日が分からないから、拾った時を生後半年と仮定した――に初めて聞かされたから、その頃から自分が血の繋がった家族ではないと知った上で、本当の家族のように接してきた。聞かされてなかったとしても、このくらいの歳には見た目のせいで気付いていたと思うけど。


「ティアの髪と目、凄くれいだなぁ」


 何度ユキにそう言われたか、覚えてないくらいだ。白い髪に赤い瞳、色白な肌。ママやユキはあかちゃけた髪色にダークブラウンの瞳だから、私が本当の家族ではないことは、一目でわかることだった。でも、ユキやママは本当の家族として接してくれたし、周りの人たちも私が家族の一員であることになんくせを付けてくることもなかった。少なくとも、私はそんな経験はなかった。


 シンド村の宿屋をけいえいしていた家で、私は簡単なお手伝いをしながら過ごした。と言っても、内容は本当に簡単なものばかりで、掃除やお客さんの話し相手をするとかそんなものだ。あとは魔法を使ったもの。仕事自体は午前中にほとんど終わるから、昼からは近所の歳が近い子たちと遊ぶこともあるけど、大体は宿の前にあるかぶ日向ひなたぼっこをするのがにっになっている。


 宿の前はよく日が当たって、夏はちょっと暑いけど心地良い。それに、ママも「プロティアがかんばんになってくれるから、お客がよく来るのよ」と言ってくれるから、気兼ねなく日向ぼっこが出来る。


 けど、そんな日々は七歳になった頃に、終わりを迎えた。


 その日の朝も、私は一仕事終えてお気に入りの切り株にこしを下ろしていた。夏の日差しで熱された切り株は触れた指が火傷やけどしそうになるくらいに熱かったから、わざわざ魔法でましてから。


 ここ一週間くらいで一気に気温が上がり、服を着ているのが嫌になるくらいだけど、昔じょうで日向ぼっこをしていたらユキにこっぴどくしかられたから我慢する。


「こんなに暑いのに、よく日向になんていられるね、ティア」


「だってここが一番落ち着くんだも~ん。ねえユキ、涼しくなる魔道具とか持ってないの?」


「あるわけないでしょ、そんなもの。そんなにすずみたいんだったら、自分で魔法を使えばいいじゃない」


「うへぇ、せいろん返ってきた……魔法使うと疲れるんだもん」


 そもそも、さっき切り株を冷やすのに結構魔法を使ったから、既にちょっと疲れ気味だ。暑いからお仕事や自分用にお水もたくさん用意したし。今日はもうこれ以上使いたくないなぁ、というのが本音。


「こっちもティアの魔法には助けてもらってる身だから、あまり言えないのよね……熱中症にはならないようにね」


 ユキが人差し指でこつんと額をつつく。


「はぁ~い」


 私の返事にこくりと頷いて、ユキは宿の中へと戻って行った。話し相手がいなくなり、静かになった村の中を見渡す。鳥のさえずり、森の葉が風でれる音、僅かに聞こえる子供や大人の声。いつも通りのシンド村。いつも通りの私。いつまでも続いたらいいのになあ。


 空を見上げて、薄っすらと白く見える真昼の満月をながめる。夜のこうこうと輝く月も綺麗だけど、昼にたまに見える太陽のせいで存在感の薄い月もぞんがい好きだ。どんな状況だとしても、僕はここだよって言って頑張っているみたいで。そして、夜になるとたくさんの星をしたがえて力強く輝く。僕だって輝けるんだって。


 ふと、頬に何かが伝ったような感覚がした。


「雨……じゃ、ないよね」


 空は雲一つないかいせいだ。雨が降るはずがない。また、一つ。頬を伝う。


「……涙?」


 でも、涙が流れる理由がない。何かに感動したとか、怖いと思ったとかもない。ただ、ちょっとくうそうしながら無心に月を眺めていただけ。


「……目にゴミでも入っちゃったかな。別に痛くも何ともないけど」


 急に涙が流れるとか、それくらいしか理由が思いつかない。いまだ目尻に溜まって出続ける涙を、服のえりを持ち上げて拭き取る。二秒ほど拭いてから目を開けると、涙はぴたりと止まっていた。結局原因は分からぬままになってしまった。


「何だったんだろう……まあいいや。ふぁ……」


 魔法を沢山使ったからかな、まだ昼過ぎなのにもう眠いや。ちょっとの間だけ、寝ようかな。


 動くのもおっくうになって、上半身くらいなら収まる切り株の上に横になる。さっき冷やしたのがまだ残っているのか、服越しからもヒンヤリとした冷たさが伝わってくる。腕を枕にして目を閉じると、さっきまで感じていたぼんやりとした感覚が一気に強くなり体の感覚が離れていき、深く深くへと落ちていくような感覚へと変わる。


 そして、数分もしないうちに眠りに落ちた。


 ――どれくらいの時間が経ったのだろう。


 に、揺さぶられたような気がして、意識がかくせいする。ほおに当たる感触は、さっきまで感じていた硬くて少しざらついた感覚から、柔らかさの奥に硬さを感じる滑らかなものへとへんぼうしていた。頭の中で数秒、状況が理解できずに目も開けずくらやみの中、思考をめぐらせる。誰が揺すったんだろう、この感触的にベッドに移動したのかな、くらいは思い至った。


 すると、再び体が強く揺すられる。まだ意識は完全には起きておらず、頭もボーっとするから、背中を向けて丸まるようにしてあとちょっと寝かせてと意思表示する。いつもなら我が姉ユキはこれであと三分くらいは見逃してくれるし、今日もいけると思った。だけど、さっきよりも強く揺すぶられ、うらがえった声交じりに私の名前を呼ぶ声が、半覚醒状態の頭の中に響く。


「ティア、起きてってばっ!」


 背後から抱き着かれたかと思うと、体が右回りにぐるんと回る。さすがにもう引き延ばせないか、と感じ取って目を開けてみる。ぼやけた視界が徐々にめいりょうになっていき、視界の中で飽きるほどに見てきたはずの顔が見たこともない表情を浮かべていた。顔色はあおめ、飛び出そうなくらいに開かれた目はいつもの優しさはかけらも感じられない。それどころか、怖くすらあった。


「ど、どうしたの? そんな、怖い顔して……」


 もしかして、驚かせようとした? なんて冗談で雰囲気をなごませる気には、とうていならなかった。両肩を掴む手は小刻みに震え、痛いくらいに力が込められていた。何か言いたげに口をパクパクさせているが、温かい息が私に吹きかかるだけで音は一つも形になっていない。


 とりあえず、体を起こしてみる。きぬれの音がなくなると、周囲の音は私とユキの呼吸音だけ……には、ならなかった。


 屋内で、窓も閉まっているせいか、かすかな音が聞こえてくるだけだが、金属がぶつかる音や悲鳴のような耳をつんざく音も聞こえてくる。ユキの表情といい、この聞き慣れないけど何が起きているのか予想するには容易たやすい音々といい、頭の中で整理が出来た私は、顔から血の気がサーっとなくなっていったように感じた。つまり、今、この村は何らかの戦いが起きている。そう、理解した。


「ユキ、これ……逃げなきゃ……」


 私がそう言うと、ユキは一瞬呼吸を止めたが、私が状況を理解したことをさとって冷静さをわずかなり取り戻したのか、手首をつかんでくる。反対の手でいつの間にか立て掛けてあったユキのお父さんの形見である剣を抱え、


「逃げるよ!」


 そう言うや否や、私にくつく暇すら与えず部屋の入口へ、飛び込むようにして走り出した。


 今日はまだ昼頃で、お客もあまり入っていなかったからか、私は西端の南側の部屋に寝かされていたようだ。部屋を出て、右へと方向をてんかんする。けそうになるのを必死に耐えながら、さやに収まった剣を片手に全力で走るユキに、腕を掴まれているためどうすることも出来ず着いて行く。七歳差というのはやはり大きく、普段から宿の手伝いできたえられているからか、ユキの走りは私よりずっと速く、ちゃんと脱出用の馬車まで着いて行けるのか不安になる。


 受付まで行き、右手の宿の正面玄関を出る。火の手が上がっているようで、視界の右半分がいつもより赤みが強い。ユキが左に走り出す前に視線を右へと向けると、燃える家々の間で、けいがいまとい、盾と剣などの武器を装備した大人の男性陣が緑がかった肌をした人型の魔物と戦っている。私の記憶が正しければ、ゴブリンという魔物だ。


 その手前で、ママとかおみの冒険者が話をしていた。一瞬だったからきちんと聞き取れたわけじゃないが、こんな会話が聞こえてきた。


「あんたも二人と逃げろ、女子供は優先させてくれる!」


「私はこれでも魔法使いです。それに、我が身を守るすべくらいは、あの人に教わっています……あしまといにはなりません。私も戦います!」


「……無理だと俺が判断したら逃げろ、いいな。あんたにゃ生きてもらわねぇと、コウの奴に顔向けできねぇ」


「……えぇ」


 ママは、ここに残って戦う。少なくとも、そのやり取りだけは確実だった。理解出来るほどの余裕があったのは、もしかしたらユキも会話を聞いていて、立ち止まっていたからかもしれない。一瞬、私の腕を掴むユキの右手に、力がこもる。すぐにゆるまったが、「行くよ」と掠れた声で私に話しかけて、再び走り始めた。


 足取りは共に重く、宿の中を移動していた時に比べて私が本気で走らなくても問題ないペースになっていた。ユキの心中は分からないけど、私と同じ気持ちなのだとすれば、急いで逃げなきゃ行けないけど、ママの所に行きたい、見捨てたくない、そういう気持ち。でも、ここで戻ったらママのけっしんが無駄になることはお互いに分かっているから、どんなに遅くても振り返らず、東へと走る。


 数分走り続けて、村の東端に辿たどり着いた頃には、既になん用の馬車はぎゅうぎゅう詰めだった。泣きわめいてる子供、そんな子供を力強くめる母親、ほとんどがそんな感じだが、中には一人うつろな目をしてひざかかえている子なんかもいる。何が起きたか具体的には分からないけど、きっと辛い思いをしたのだろう。


「プロティア、ユキナ、来たみたいだな。早く乗れ」


 馬車のぎょしゃ係をしている見覚えのある男性が、二台ある馬車のうち右側を指さしてそう言う。馬車の荷台内のさんじょうを見て固まっていた私達は、その言葉で僅かながら我を取り戻し、小さく頷いて右側の馬車の荷台に乗り、僅かに空いていた隙間に体を押し込んだ。


「これ以上は待てねぇ、行くぞ!」


 御者さんが声を張ると、もう一台の馬車の御者さんがおうと応える。数秒もしないうちに、馬車は森の方へと進み始め、二分もすれば私の育ったシンド村は森の木々にかくれて、見えなくなった。


 シンド村と同じりょうしゅとうかつし、領地としてはこちらが主となる街フェルメリアに命からがら逃げ出した私達は、しばらくは宿に泊まることになった。経験のある私やユキナは手伝おうかと話はしたのだけど、到底気持ちが乗らず数日部屋の中で二人だけで過ごした。一日に何度か西門に出向いてみるものの、ママや見知った顔の人が姿を見せることは、ついぞなかった。うわさでは、残った人に生き残りはいない、なんて言われているくらいだ。


「……ママ、生きてるよね」


「……うん、きっと生きてるわ。信じて待とう」


 そう言い合って、お互いの悲しみと苦しみをなぐさめ合う。けど、二週間経つ頃には、私達もどこか、諦めが見えてきた。これからの生活を考え始め、ママやシンド村の話題は、きんかのように話さなくなって行った。


 ユキは泊めてもらっていた宿を住み込みで手伝い、私はユキと同じく手伝いながら、貰ったお給金で冒険者さんをやとい、剣と魔法を教えて貰うようになった。ユキには「冒険者学園に行って、私の魔法の才能を無駄にしたくないから」と伝えたものの、本心は今より強くなって、冒険者になって、いつかシンド村を取り返すためだ。多分、ユキも初めから気付いてたと思う。何も聞いてこなかったのは、きっと私の決心をにぶらせたくなかったからかな。


 そんな日々が三年続き、私は冒険者学園に通うことになった。

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