第5話 りー君の××なお家

バレてた。

そんな。

バレてた。

僕は絶望と驚愕の渦の中に放り込まれていた。

暑くもないのに汗が頬を伝い落ちる。

「い、いつから…?」

「りー君が中学生になった辺りから、気付いてたよ…」

僕の問いに、お姉ちゃんは悲しそうに答えた。

お姉ちゃんの言う通り、僕はここ数年重い発作が起こっていない。

せいぜい真冬に軽い発作が少し起こるくらい。

僕の病気はほぼ治っていた。

でも、僕が病気でか弱くなければ、お姉ちゃんに心配してもらえないから、ずっと治っていないふりをしていた。

どうしてバレたんだ…?

「なんで、分かったの…?」

「りー君、時々嘘の咳をしてたでしょ?」

お姉ちゃんの言う通り。

病気がほぼ治っていることを隠すために、発作が起きやすいはずの季節には、激しい咳をする演技までしていた。

でも、僕の演技は完ぺきだったはずだ。

「…してないよ、嘘の咳なんて…」

「嘘つかないで。何年りー君と一緒にいたと思ってるの。

本物の発作か嘘の発作かなんて、咳を聞けばわかるよ」

なんとかしらばっくれようとしたけど、キッパリ切り返される。

発作の演技で両親は騙せても、お姉ちゃんは騙せなかったようだ。

ピンチだけどなんだか嬉しい。

やっぱりお姉ちゃんは世界一僕のことを分かってくれているんだね。

でも、どうしよう。

何て言おう。

「…」

散らかった頭で何と言い訳しようと考えていた僕に、お姉ちゃんは優しく語りかけてきた。

「りー君、私、全然怒ってないし、りー君が言われたくないなら、病気が治っていること、おばさん達にも黙っとく。

りー君はただ、この家で1人で過ごすのが寂しかっただけでしょ?」

コクリと小さくうなづく。

そうだよ。

小学生の頃は本当に病気で発作が起こると苦しくて。

父さんも母さんも仕事で家にいないし。

それでも、お姉ちゃんがいてくれたから寂しくなかった。

お姉ちゃんは僕の世界の綱だった。

成長するとともに、この綱を赤い糸にして、ずっとずっと繋ぎ止めていたいと望むようになった。

でもお姉ちゃんはもう自由になりたいみたいだ。

…なら仕方ないね。

お姉ちゃんは何年も僕を助けてくれた。

そろそろ僕がお姉ちゃんを助ける時みたいだ。

「…お姉ちゃん、今までごめんね」

お姉ちゃんは、ううん、とかぶりを振った。

ああ、言いたくないな。

でも言わなくちゃ。

「委員、頑張って…」

「!りー君…!」

お姉ちゃんはパッと笑顔になった。

僕もなんとか笑顔を作る。

多分ちゃんと笑えてないだろうけど。

「ありがとう!りー君!」

見慣れたふんわりした微笑みじゃなくて、眩しいくらいに明るい笑顔だ。

お姉ちゃんのこんな笑顔を見るのは久しぶり。

もしかしたらお姉ちゃんは、学校か家で何か不満な気持ちをずっとため込んでいたのかもしれない。


「じゃあ私、今日はもう帰るね。明日、いつもみたいにおかず持ってくるから、その時に詳しいこと話し合いましょ。

お母さん達に話すのはその後で」

「うん、待ってるよ…」

玄関でお姉ちゃんを見送る。

お姉ちゃんがドアを開ける。

家から出る。

ああ、行ってしまう。

『行かないで』

閉じかけたドアに叫びそうになる。

―パタン

ドアが閉まった。

ため息をつきかけたら

「…ゴホッ」

咳が出た。

演技じゃなくて本物の。

「ゴホッ!ゴホッ!」

久し振りの、数年振りの重い発作だ。

自分でも忘れかけていたけど、僕の発作はストレスでも起こる。

お姉ちゃんを自由にしてあげなきゃと頭では分かっていても、お姉ちゃんがどこかに行ってしまうストレスに心は耐えられなかったみたいだ。

―バタンッ

フローリングの床に倒れこむ。

床の冷たさと固さが体力を削り取っていく。

咳も止まらない。

お姉ちゃんがいなくなっただけでこのザマか。

僕はお姉ちゃんがいてくれたから、寂しくなくて、ストレスもさして感じなかった。

病気が治ったのだって、僕が大きくなって頑丈になったのもあるだろうけど、お姉ちゃんがいたのも要因だろう。

お姉ちゃんがいたから生きてこれた。

…そういえば

今日、お姉ちゃんは僕に話があったからうちに来たけど、本来なら今日はこの家に来なくていい日だ。

…だったら…

だったら、もしこのまま僕が死んじゃっても、お姉ちゃんが責められることは無いはずだ。

そもそも、お姉ちゃんが誰かに言わなければ、この家に来ていたことすら知られずに済む。

その場にいなかった人間を誰が責めようか。

…良かった

お姉ちゃんが叱られないで済むなら、良かった

こんな場面なのに、そんなことを思った。

そして、自分のことより彼女のことを心配する自分を少し誇らしく思った。

咳からの生理的な物か、それとも他の理由か、涙が溢れる。

ああ、僕、本当にお姉ちゃんのことが好きだったんだなあ。

なんとも甘く幸せな感情に包まれながら、僕の意識は途絶えた。


終わり

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