第3話 りー君の不安なお家

「駄目…」

反射的にこの一言が出た。

今日、お姉ちゃんが僕の家に来るなりした話はとんでもない内容だった。

クジで学校行事の委員になってしまった。

来週からしばらくお姉ちゃんは僕の家に来れない。

だから学校行事が終わるまで僕がお姉ちゃんの家に通うようにしてほしい、なんて。

そんな…。

お姉ちゃんの家のお姉ちゃんの部屋で2人きり、というなら喜んで行くけど、お姉ちゃんが在宅していないお姉ちゃんの家に行くなんて絶対嫌だ。

「そ、それ…もう決まっちゃったことなの…?

お姉ちゃんの家で家族会議して、そう決まったの…?」

「いいえ、今日、学校のホームルームで委員になったばかりだから、まだ家ではこの話してないの。

まずはりー君と話してから、と思って…」

申し訳なさそうな表情をしているお姉ちゃんの返事を聞いて、僕はホッとした。

なんだ、家族で決めたことじゃないんだ。

それなら

「な、なら…今までみたいにお母さん達から学校に言ってもらって、委員やらなくていいようにしてもらおうよ…!

病気の親戚のお世話の為なら、先生もクラスメイトも、許してくれるよ…!」

わざと心細そうな、泣きそうな表情をして、お姉ちゃんの腕にすがりつく。

すがりついた拍子に、お姉ちゃんの高校のレトロなデザインのセーラー服のそでに触れた。

僕も来年からお姉ちゃんと同じ高校に通うんだ。

そしてまた小中学校の頃のように毎日2人で登下校するんだ。

お姉ちゃんは先に高校を卒業してしまうけど、大学だって同じ学校に行くんだ。

そして大学を卒業したら僕達は結婚するんだ。

いとこは結婚できるんだよ。

お姉ちゃんはこれからも、僕を心配してお世話してよ。

一生。

死ぬまでずっと。

ずっと僕とお姉ちゃんの幸せな時間が続いてほしい。

たかが学校行事なんかのために僕達の時間が途切れるなんて許せない。

なのに

「りー君が私の家に来てくれたら、ご飯のお世話もしてあげられるし、発作が起きてもうちのお母さんが気付けるでしょ?

それに今の季節に発作が起こった事は今まで無かったし」

「で、でも…僕、お姉ちゃんの家族とそんなに仲良しじゃないし…居心地、悪いよ…」

演技ではなく、本当に涙がにじんできた。

「りー君、1ヶ月位の間のことだから、お願い」

やんわりと、でも、はっきりと言われる。

1ヶ月位って、長いよ。

1ヶ月もお姉ちゃんと会えないの?

「…お姉ちゃん、やっぱりお母さん達から学校に言ってもらおうよ。

委員なんて、お姉ちゃん以外の人でもいいでしょ…?」

僕はお姉ちゃん以外の人じゃ駄目なんだよ?

「…でも私、委員とか、そういうのやってみたいの」

「お姉ちゃんは、僕より学校行事の方が大事なの…?」

僕の言葉にお姉ちゃんはグッと詰まった。でも

「そういう訳じゃない…でも、りー君も大きくなったし、私がそんなに心配しなくても、もう1人でも大丈夫でしょ?」

嫌だ、嫌だ。

お姉ちゃんじゃなきゃ嫌だ。

今さら僕を見捨てないで。

「大丈夫じゃないよ!今まで通りお姉ちゃんが家に来てよ!」

そして僕は、言うべきではなかった一言を言ってしまった。

「お金だって払ってるじゃん!」

「…」

言ってしまってから、ハッとした。

ドッと冷や汗が噴き出す。

言ってはいけないことを言ってしまった。

それがいつから、どういう経緯で始まったのかは知らない。

でも十中八九、親同士の話し合いで決まったことには違いなかった。

お姉ちゃんが僕の親におねだりしたことではなかったはずだ。

お姉ちゃんの意志は関係の無いことだ。

なのに言ってしまった。

おそるおそる、お姉ちゃんの顔を見る。

「…」

「…」

お姉ちゃんは、キョトンとした顔をしていた。

黒目がちな瞳が見開かれている。

…僕とお姉ちゃんって、結構顔が似てるな。

こんな場面なのに、頭の片隅でそんな呑気なことを思った。

お姉ちゃんのキョトンとした顔に、ジワジワと驚きと疑念が染み出てきた。

僕は察し、理解した。

ああ、僕の想定以上に言うべきではない言葉だったのだ。

お姉ちゃんは言った。

「…お金って、なんのこと…?」

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