第24話 想いを新たにして(4)

 春美から聞いた話しの中で、正樹には、もう一つ疑問を抱くことがあった。

 それは、裕介は何故、手紙を渡してほしいと春美へ連絡したのに、それを預けぬまま自殺をしたのかである。


 普通に考えれば、人に願いを申し入れたのならば、相手の応えを待つはずなのに、裕介は志半ばで命を絶った。


「それは、裕介がメッセージを送った後に、春美先輩が引き止めるような返信をしたから、頼んでも無理だと思ったんじゃないか?まぁ、勝手な予想だけど……」


 その疑問について純一郎が答えると、正樹はそんなに単純なことなのかと、首を傾げる。


「でも、裕介だって、自殺するから手紙を渡してくれなんて伝えた後に、春美先輩から、『分かりました。受け取りに行きます』なんて返事が来ると思うか?引き止められることは想定内だろ?本気で死にたいと思ったら、誰かを呼び出すような真似をしないはずだろ」


 純一郎は、「確かにそうだな……」と言うだけで、それについての回答をせず、言葉を失くすことで他へ委ねる。


「そう考えると、もし、私が裕介の立場だったら、なるべく人と接触するのを避けたいわよね……そうなると、手紙も何処かへ置いてから自殺を図るかな……」


 陽子が話すと、純一郎はまるで自分も同じ考えであったように同調しているが、正樹と茂雄も、その推理は適応だと思う。


「たとすれば、それを何処に置いたかだよな……でも、ゲームじゃあるまいし、宝探しみたいに隠すかな……俺なら、飛び降りる時に、靴と一緒に置くとか、昨日の手紙と同じように、下駄箱に入れるとか……あ、でも先輩の家は避けるかなぁ、ポストとかだと、家族に見られる可能性があるから……とにかく、必ず春美先輩の目に付くようにするけどな」


 茂雄の推理は最もだが、その流れだとすれば、今更になって手紙が出てくることはあり得ないと、正樹には思えた。


「真相は藪の中……ってやつか」

「そうだな……それに、そんなに簡単なことなら、とっくに春美先輩が見つけているはずだからな」


 正樹はレモンサワーを口にすると、氷が溶けて薄まった酒の味が、ぼやけた謎と同じに思える。


 起きた事が昨日、今日の話ではないから、簡単に解決するとは思っていなくても、明日も明後日も、春美はこの件について苦悩することを考えれば、正樹は胸を締め付けられる思いである。


「まだ諦めるのは早すぎないか?まず、裕介の立場になって考えることが間違っているんじゃないか?だって、俺たちは、裕介と同じ苦しみを味わっていないんだ。だったら、同じ立場なって考えるんじゃなくて、俺たちでは考えもしないこともあるだろ?」


 純一郎の言うことは正論にも聞き取れたが、要点を摘めば根拠は見えないので、茂雄は言ひ掛かる。


「じゃあ、その考えもしない事って、何だよ」

「それが分からないから、考えもしないんだろ」


 揉め合いになりそうな二人を見ると、陽子は、『今日はこの二人か……』と思いながら話に割って入り、言い合いを止めた。


「まぁ、まぁ、ジュンの言っていることはよく分からないけど、確かに諦めるのは早すぎるよ。それに、何も手紙の事だけ考えるんじゃなくて、一番は春美先輩が、これから悩まずに済む方法を考えるべきじゃない?」


 陽子が話すと二人も口を噤んだが、正樹は打開策を求めているのであって、押し黙ることを望んではいない。


「だから、その悩んでいる原因が、手紙のことじゃないのか?」


「そうかもしれないけど、それだけとも限らないわよ。手紙のこと以外だって、考えられる事はあるはずでしょ?」


 陽子は全くもって正しいことを言っているが、それを頭だけは最善策だと認めても、正樹の心が晴れはしない。


「そもそも、手紙っていうのが引っかかるんだよな……俺たちの世代で、人に手紙なんて書くか?しかも女同士ならまだしも、男が男に渡す手紙だぜ?俺はそこを考える必要があると思うんだけど……メールでもなく、SNSを使うわけでもなく、手紙が都合よかった理由は何なのかだよな……」


 まるで手品の種でも見破ろうとする純一郎の話しだが、今まで論議した中では一番的を射ているように聞こえると、他の三人が一斉に顔を見合わせた。


「ちょっと……それを思ってたなら、何でもっと早く言わないのよ!」


「は?だから言っただろ、俺たちが考えもしないこともあるって」

 純一郎は、あたかも初めから話していたような口振りで、陽子に言い返す。


「言われてみれば、そうだよな……スマホだって持ってたし、家にはパソコンだってあっただろうから、手紙にする必要なんてないんだ。どう考えてもメールとかの方が簡単だったはずなのに、しかも態々、春美先輩に頼んだのは何でだろう……」


 新たな解決策が見つかったように思えても、それを考え始めれば実際は謎が一つ増えただけであったが、それでも正樹にとっては大きな進歩だった。


 結局、その場で謎が解決することはなく、課題を残して四人は居酒屋を出た。

 その後は、何処に寄り道することもなく家に帰った正樹は、今日、病室で春美から聞いたことを、経過報告のノートに記した。


 春美がこの事を、他の誰かに話すつもりは無いのかもしれないが、精神的な疲労が続けば、病気を進行させる原因になるのではないかと思った正樹は、春美が裕介の相談相手になっていたことから、自殺現場に居合わせていたことまでをノートに書いた。


 正樹には病気を治すことはできないし、医学的な判別もできないが、医師である北原を頼り、協力することが自分の役目だと思う。


 今までは、春美のために自分ができること、春美が悩んでいるのが辛い自分、苦しんでいる春美を見たくない自分……と、結局は何処か自分のことを組み込んで考えていたが、本当に彼女を想うとは、喜びも、悲しみも、苦しみも、全て同じ気持ちになることではないのかと、新たな気持ちを持ち始めていた。


《マサキ:もう寝たのかな?おやすみ。もうすぐ桜の咲く季節だよ》


 経過報告を書き終えると、正樹は裕介宛のメッセージを送った。

 送り先は春美かもしれないが、裕介からメッセージが届くようになってから、その言葉に心を支えられていたのは、紛れもない事実である。


 たとえ嘘であったとしても、これが人を幸せにする嘘であるなら、春美にも幸せと思える嘘にしたい。

 裕介宛に送ったメッセージには、正樹のそんな想いが込められていた。

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